5.
<山麓都市サルデニア>郊外。戦闘は既に始まっていた。
頭だけの怪物は、小惑星の落下を想起させる勢いを以て襲来する。
咄嗟に和装の青年が腕を薙ぎ、全員に退避を促す。街一つを噛み砕き、飲み干したあぎとは、容易に地面を抉り取った。
「危ねぇ……! お前ら、食われるんじゃねぇぞ!」
「やれやれ。即死級の攻撃とは、ほんに容赦のないことよ……」
大男の注意喚起に、鴉のような黒装束の少女がため息をこぼす。
衝撃でぐらりと軋む大地。プレイヤー達は必死で踏ん張り、各々の武器を携え、敵へと刃を向けた。
「空を飛ばれてはこちらが不利だ! 奴を地上に釘付けにする!」
「おおっ!」
思考操作で呼び出した苦無を片手に、<忍者>ヤマセが先陣を切る。続けとばかりに前衛職――<剣士>や<騎士>が一斉に疾走した。
首より下が存在しない狼は、ほとばしる霧状の魔力を変質させ、数多の弾丸を形成する。五十もの小さな球体が、接近する戦士達を爆散させんと超高速で放たれた。
「飛び道具だと……!?」
予想外の遠距離攻撃に、ヤマセの足が止まり――
「<レギオンスナイプ>!」
――どす黒い魔力の弾丸と、分裂する矢が空中で激突した。
連鎖的な爆発が、和装の青年の眼前で炸裂する。
思わず後方を振り返れば、銀糸の長髪が風に揺らめく。
白衣の少女は攻撃スキルを緻密に制御して、味方への誤射を避けつつ、敵の魔弾を全て撃ち落としていた。
「の、ノイエ君か? 見事というべきか、何というか……」
「……むしろ怖いぞ。本当に何者なんだ、あの子」
神業じみた腕前に、一同は呆然と立ち尽くすばかりだ。
<狩人>は澄み切った青い瞳を鋭くして、よく通る声で叫ぶ。
「そのまま走って下さい! あの程度ならば迎撃できます!」
「程度」の定義は不明瞭だが、戦場ではどうでもいいことだ。
少女の提言に従い、前衛陣が狼の下へ駆ける。巨体までは、あっという間に到着した。
「<パワーブレード>!」
「続きます! <ペネトレーション>!」
威力に優れる渾身の剣技と、高い貫通性を秘めた槍技が閃いた。
近接戦闘職のメンバーは、一気果敢に狼の頭を攻め立てる。
頭だけの怪物は、サイズ差を活用してプレイヤーの攻撃を振り払うと、指揮官たる<忍者>に狙いを定め、煩わしげに牙を剥いた。
「――<シャドウスティッチ>!」
しかし、スキル名の宣言と共に投擲された苦無が、狼の影に突き刺さることで巨体の動きを停止させる。ヤマセは職業由来の身のこなしで、その場を素早く飛び退いた。
「今だ! 全員離れたまえ!」
体勢を立て直しながら声を張って、味方に合図を送る。
前衛陣が狼の飛翔を妨げている間に、後衛陣はスキルの準備を完了させていた。
「――タイミング合わせてっ! <フォトンブラスト>!」
「<プロミネンスコール>!」
「<ブルームシュート>!」
キルケが魔法の本より召喚した、吹きすさぶ光線の嵐を皮切りに、恒星の如き極大の赤光や、かぐわしい芳香を宿す一矢が乱れ飛ぶ。後衛陣は、この一撃に全ての火力を集中させた。
20メートル級の頭部は、巨体故にそれらを躱すのが不可能だ。
毛筋ほどの慈悲もない、必殺の連携攻撃が魔物に殺到する。
眩い光の渦が血肉を切り裂き、紅蓮の灼熱が霧状の魔力を蒸発させ、薄紅色の矢が獣の眼球に突き刺さる。
――直後、圧倒的な閃光が山麓を真っ白に染め上げた。
前衛陣は地に伏せて煙塵をやり過ごし、後衛陣は盾を装備したメンバーの後方に隠れる。光が収まるまでは、数秒を要した。
「げほっ……多少は効いたか?」
「そう願いたいものだが、どうだろうね」
エーギルは砂ぼこりにむせるも油断なく大盾を構える。ヤマセも冷静な見解を述べた。
ユーニスタでの失敗から学んだことは多い。ここは、慎重になりすぎるくらいがちょうど良いと判断したのだろう。
案の定、頭だけの巨大なシルエットが、煙塵の対面側で不気味に蠢く。
プレイヤーの鼓膜が破れんばかりの咆哮と同時に、異形の獣は大質量を利用した突進を繰り出して来た。
「――<イージスガード>!」
建造物の倒壊、あるいは地響きにも似た音。
神話にて、魔除けの能力を持つと謳われる盾スキルが、間一髪のところで狼の頭を受け止めていた。
小惑星の落下を個人で受け止めているような情景。
片目を潰された怪物が、残る眼を血走らせてエーギルを睨む。
白髪の大男は、敵のHPバーが六割を切っているのを確認して、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「はっ、割と効いてんじゃねぇの。このまま押し切ってやらぁ!」
大盾を振り回し、巨体の運動エネルギーを強引に逸らす。異形は勢いのあまり、地面を削り取りながら滑走した。
首が魔力を噴射して向き直る暇に、一同は陣形を整える。
ノイエは前方に注意を払ったまま、隣のキルケに質問した。
「キルケさん。先程、気になることを仰りましたが、あれに見覚えが?」
「ええ。奴の造形はヴァーリのボスと一緒です。ただ、あんな大きさじゃなかったし、体もしっかりついてたのに……」
「それで、第二形態ですか」
ずれた三角帽子の位置を調節して「ラスボスは変身する」と<魔法使い>が定説を語る。<狩人>は納得の意を返し、和弓に矢をつがえた。
「おい! どうなってんだ、あれ!?」
不意に、味方の一人が驚愕の声を上げた。
何事かと考えるまでもなく、あり得ざる事実に気付き、ノイエは表情をこわばらせる。隣のキルケも顔色を失っていた。
――何故か、狼の頭上に浮かぶHPバーが完全に満たされている。
「あいつ、回復してるぞ!? どうなってんだ……!」
「魔法……いや、パッシブスキルか? こりゃ随分と厄介だな」
「うーむ、先の攻撃で倒れぬ堅牢さだけでも脅威だというのに……」
仲間の相談を余所に、怪物は霧状のどす黒い魔力に混じって、何らかの物体を排出する。一つではなく、複数の人型――アバターを。
意識を失っているらしく、無造作に放り出されたプレイヤー達はぴくりとも動かない。まるで、本物の屍を思わせる風体である。
「はぁ!? 中から人って、獅子舞じゃあるまいし……!」
「――なるほど。ようやく事態が呑み込めて来ました」
半ば錯乱状態のキルケに対し、ノイエは双眸に理解の色を浮かべた。
白い少女の明晰な頭脳は、情報をパズルのように組み合わせていく。
「意味が分かりませんよ!
どうしてエリアボスからプレイヤーが出て来るんですか!?」
ユウナギの疑問も無理はない。
率直な感想に、青い瞳の<狩人>は推測を交えつつ応じた。
「あれが拠点を襲撃した際、滞在していた<ギガントマキア>のメンバーを食らい尽くしたと仮定すれば、央都に情報が伝わらなかったのも頷けます。回復は、取り込んだプレイヤーのHPを吸収した結果でしょう」
「限界までHPを奪い、必要なくなれば廃棄か。むごいことを……」
特異かつ残酷な能力に、ゼフィラが吐き捨てるような口調でこぼす。
怪物は己の耐久力に加え、予備の生命力を確保していたのだ。
「つまり、敵は少なくとも百人分のHPをストックしているということか。
攻撃自体は通じているが……何とも厳しいね」
導き出された結論に、ヤマセは辟易とした様子で首を横に振る。
ともすれば、自軍が弱気になりかねないと考えたのか、エーギルが鼓舞するように、鋼鉄製の大盾を地面に叩き付けた。
がしゃり、と目が覚める金属音にびっくりして、視線が集まる。
「ここまで来たら関係ねぇ。ジリ貧だろうがやってやるさ」
「……非常に不本意ではありますが、同感です。彼らを救出しないことには、話し合いもできません」
ノイエは弓を引き絞り、とても嫌そうな顔で賛同する。
他方、首より下が存在しない狼は、天を仰いで遠吠えをした。
びりびりと大気を鳴動させる高音に、一同が反射的に身構え――
――突如、地中を引き裂き、どす黒い魔力の槍が顕現する。
汚濁した穂先が、ノイエの右肩を易々と穿つ。白と黒の粒子が飛散し、長大な魔力の槍は少女を宙の彼方まで運び、その肢体を磔にした。
「…………っ!」
ノイエは脱出しようともがくものの、上腕骨に連結する肩甲骨を串刺しにされては、弓を引くどころか短剣を取り回すことさえ難しい。
「ノイエさんをピンポイントで……!?」
槍が掠めた名残で、三角帽子がぱさりと落ちる。
頭だけの怪物は、真っ先に誰を排除すべきか知っていた。
<魔法使い>が敵の行動ルーチンに悲鳴を上げる中、<重戦士>と<占術師>はスキルを放つ体勢に入る。
「どけっ! <シールドチャージ>!」
「<サンダースフィア>!」
地を裂いて出現したどす黒い槍の柄に、大盾の突進と雷を宿す水晶球が激突した。衝撃で罅割れた柄が砕け、連鎖的に魔力の槍が霧散する。
天にさらわれた少女は、重力に従って落下を始め――それを待ちわびていたかの如く、狼の頭は飛翔した。
「ノイエ君を食べるつもりか……!?」
「糞が……! 何でもいいから奴を止めろ!」
焦りを帯びたエーギルの声に、後衛陣が魔法と弓矢で足止めを試みる。
ゼフィラも水晶球を操作するが、槍の破壊で雷の威力は減衰しており、異形には全く通用しない。
巨体は妨害を意にも介さず、ノイエの下に到達する。
ブラックホールを連想させる大口が開き、びっしりと生えた牙は今にもきめ細かな新雪の肌を食い破らんとして――
「――避けてぇぇぇ!」
ロールプレイをかなぐり捨てた絣の絶叫が、郊外に残留した。
◆
紺碧の影は伝令の神・ヘルメスの如く空を翔る。
右の掌に握る暖色の立方体――攻撃アイテム<フレアキューブ>を、すれ違いざまに狼の側頭部へ投げつければ、瞬時に具現した大熱量が破裂し、怪物の飛翔を微かに止めた。
その刹那、刀工・三条宗近が、稲荷神の相槌を得て鍛え上げた宝刀――<小狐丸>の鯉口が切られる。超音速の抜き打ちが四度、返す刃と合わせて八度の斬撃が、コンマ数秒の間に標的を切り刻んだ。
規格外の早業に、堪らず異形の獣が距離を開ける。
影は刀をインベントリに収納すると、墜落の最中にある白銀の妖精を、しっかと両腕で抱き留めた。
「……遅い、ですよ」
少女は斬撃に対して――ではなく、合流に対して苦言を呈した。
たったの四日しか離れていないにもかかわらず、永劫の時が過ぎ去ったかのような感覚。
それでも、ノイエは彼の体温を記憶している。
触れ合う肌から伝わる熱は、いつかの決意を明瞭に回顧させた。
「わたしがどれだけ心配したか、分かりますか?」
紺碧のサマーコート。その生地を引っ張り、青年に問いかける。
しばしの沈黙。返事の遅さに耐え切れず、勝手に激情任せの台詞が口をついて出ていた。
「わたしがどれだけ心細かったか、分かりますか……!? こんな苦しい思いをするくらいなら、約束なんてしなければ良かった――全部、嘘だと伝えておけば良かったって、毎日のようにうなされるんです……!」
半泣きになって、ぐずぐずに煤けた気持ちを吐露する。
絶対に知られてはならなかったことなのに、堰を切って溢れた言葉は、どうやっても止まってくれない。
死ぬのが怖い。独りが怖い。見放されるのが怖い。
取り繕えぬ臆病さが、目標とする人の前で晒される。
――それなのに、シウスは困ったように笑うだけ。
「俺達の関係は、ある種の共依存だったのかもしれませんね……」
「きょう……?」
「貴方は偽の約束を本当にしようとして、俺はその決意に便乗した。
互いが互いを必要としているのに、実際は、全然噛み合っていない」
青年は両足首から伸びる羽根状の魔力を操り、大地に降下した。
蝙蝠を想像させる禍々しい双翼は、<剣士>とはかけ離れている。
「でも、俺の考えは変わりませんよ。このゲームをクリアするって、もう決めてしまいましたから」
一拍おいて、シウスは有無を言わさぬ口調で告げた。
「最期まで付き合ってもらいます。例え貴方でも、嫌とは言わせない」
「……嫌では、ありません。最後まで、ご一緒させて下さい」
再度の約束は、涙をたたえた満面の笑顔と共に果たされた。
さらなる致命的な齟齬をはらんだまま、戦いは終局へと向かう――




