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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
八章「天壌の約束」
40/49

4.

 雲間から覗く太陽が、青々とした山脈に影を描く。

 大陸の景観は、中央部を離れるに連れて自然の色を濃くしていた。


 大地に敷かれた青い菱形のプレート上に、渦を巻く閃光が走る。

 一瞬の後、出現したのは白衣を纏った<狩人>だった。追従するように、続々とプレイヤー達が転移を完了する。



「…………!」



 そして、誰もが言葉を失った。

 眼前に広がる光景は、それほどまでに常識を外れていた。



「これは、一体……」



 絞り出すような声でノイエが呟く。

 彼女は、確かに<テレポート>から<山麓都市さんろくとしサルデニア>を選択した。

 しかし、到着したのは拠点とは呼べないほど荒廃した場所だった。


 <ヴァーリ山脈>のふもとに位置するのどかな街は、隕石の落下を受けたかのように大部分をえぐり取られていた。


 木造りの家屋は無残に倒壊し、地面に開いた大穴の周囲には土砂が堆積する。長大な羽根状の部品――風車の一部だろう――が地に突き立つ姿はどこかもの悲しさを感じさせる。


 転移ポイントが生きているのが、もはや奇跡だった。

 まるで局地戦の舞台になったかの如き惨状に、白髪の大男が嘆息する。



「なあ、本当に街が消えたってのか? 集団幻覚なんてオチは――」


「残念ながら、それはないだろう。

 私達全員のアバターが同時に異常を生じるなど、天文学的な確率だよ」



 和装の青年・ヤマセは、かぶりを振って否定の意を返す。

 一度は見間違いかと思い、央都に帰還して応援を要請した。だが、何度確認したところで、目の前の事実は変わらない。


 謎の事態に一同が立ち尽くす中、黒衣に身を包んだ<占術師>は建造物の残骸――半円状に削り取られた材木を眺め、険しい顔をする。



「この痕跡……咬傷こうしょうか? あまり考えたくはないが……」


「あの、何か分かったんですか?」



 背後から控えめに訊かれ、ゼフィラはゆっくりと振り向いた。

 修道服の女性・ユウナギに「私見だが」と前置きをして語り始める。



「これは、生物のもたらした破壊のように思う。

 破損部の直径から逆算して、例えるならば、恐竜かの」


「きょ、恐竜って――まさか、エリアボスが拠点内に!?」


「分からぬ。されど、モブがこのような惨劇を引き起こすとは考え難い。

 そなたの申す通り、エリアボスの所業やもしれぬな」



 少女は肩までの金髪をかき上げ、冷静に分析する。

 その落ち着きぶりに寒気を感じ、<僧侶>は一歩後退した。


 拠点の崩壊という異常事態に遭って、何故平然としていられるのか。

 ユーニスタで助けてもらった時、かの剣士に向けた呼称も混乱に拍車をかける。


 ――もしかすると、彼女は本物の軍人なのではないだろうか――


 ユウナギは独り的外れな想像を膨らませ、戦慄していた。

 そんなことは知る由もなく、ノイエは今後の行動方針を提示する。



「<ギガントマキア>のメンバーを探しませんか。サルデニアが機能不全に陥った以上、他の拠点に避難していると思われます」


「同感だ。この場で何があったのかを問いたださねば」


「つーか、既にアウレリアあたりに駆け込んでんじゃねぇか?

 こんなぶっ飛んだ事件、噂にならない方がおかしい。騒ぎが大きくなる前に、さっさと片付けちまおうぜ」



 ゼフィラの賛同に、エーギルが顔をしかめて補足する。


 彼の言う通り、拠点が崩壊したという事実が公になれば、プレイヤー間に余計な憶測がはびこることになりかねない。早急に事態を収拾するのが望ましいだろう。


 ノイエがヤマセを視線で促す。

 その意図を汲み取り、<忍者>は一つ頷いてメンバーを見回した。



「手分けして彼らの捜索にあたるとしよう。アウレリアは私が担当する」


「それなら、俺はユーニスタだな。嬢ちゃんはどうするよ?」



 不本意な呼称に、銀髪の少女は嫌そうな表情をする。

 とはいえ、今は仲間同士だ。答えないわけにもいかなかった。



「……わたし達は南方面、パルマ・ロッサを担当します。一緒に来る人はわたしとゼフィラさんのテレポートリストを共有して下さい」


「じゃあ、あたしも手伝いますね」



 発見されて日の浅い<海上都市パルマ・ロッサ>に、<ギガントマキア>のメンバーがいる可能性は低いが、ノイエは念のため人員を募った。

 呼びかけに応じ、キルケを始めとした女性プレイヤーが集まる。



「残るは北か。なんか当てはないのかよ?」



 <重戦士>の問いかけに、<忍者>は少し考えるそぶりを見せた。

 <林泉都市りんせんとしリムノレイア>が発見されたのも、つい最近なのである。



「……そういえば、ハルが大陸北方面にいたな。ユウナギ、彼女に連絡を入れてくれ。一緒にいるという友達にも協力してもらおう」


「――は、はいっ! <システムウィンドウ>!」



 ユウナギは恋人の声で、ようやく思考の海を抜け出した。

 音声認識でメニュー画面を呼び出して、<ボイスチャット>を選択する。


 恋仲の二人に気を遣ったのか、ハルは別行動中だ。

 定期的に連絡をくれる上、友人とパーティーを組んでいるようなので、それほど心配はしていなかった。

 


「ハル、聞こえる?」


『……何か用? 今、忙しいんだけど』



 無愛想な返事は、紛れもなく妹のそれである。

 フレンド間通信の向こうには、<錬金術師>の仏頂面があることだろう。



「ちょっと協力して欲しいことがあるの。できれば、お友達にも」


『内容による。のろけ話だったら、断固拒否』


「違います! ただの人捜し!」


『……つまらない。早く話して』



 マイペース極まりない応答に、ユウナギはため息をついた。

 仮初の世界でも、彼女の性格は現実そのままである。上手く友人を作ることができたのは、幸運という他ない。



「……央都の西に新しい拠点を見つけたんだけど、その拠点が破壊されていてね。何があったのか知りたいから、目撃者を捜して――」


『目撃者って、<ギガントマキア>?』


「えっ!? そ、そうだけど、どうして……」


『友達に聞いた。ギルドマスターは、多分偽者だって。……そういうことなら、こっちでも捜しておく』



 ぷつり、と<ボイスチャット>が一方的に切られた。

 思いのほか、妹が事情に詳しくて、<僧侶>は困惑してしまう。



「どういう友達なの……」



 情報屋でも営んでいるのか。はたまた、LF出身の高LVプレイヤーか。

 頼りになるのは確かなようだが、そのような人物が、ハルと行動を共にしている理由が分からない。



「どうかしたのかね?」


「いえ……何でも。ハルは協力してくれるみたいです」


「そうか。ならば、私達も捜索を――」



 和装の青年が号令をかける――その刹那。

 ヤマセとユウナギの間。大地が砂煙を上げて爆発した。



「きゃあっ!?」


「くっ、何だ!? 地面がいきなり……!」



 降り注ぐ土砂から<僧侶>をかばいつつ、<忍者>は周囲を確認する。

 すると、プレイヤーの近くで爆発が連続し、一同はすぐさま警戒態勢を取っていた。



「敵襲? ったく、誰だか知らんが、この忙しい時に……」



 <重戦士>は職業専用装備の大盾を構えながらぼやいた。

 とぼけた台詞に、白衣の<狩人>が和弓を握りしめて突っ込みを入れる。



「何を馬鹿な……ここは拠点ですよ。プレイヤーの戦闘行為は制限されているのですから、相手の正体など――」


「……っ! 上を見よ!」



 皆まで言う前に、黒衣の<占術師>が細い指で空を差した。

 雲海を引き裂いて、「何か」が姿をあらわにする。


 ――瞬間、プレイヤーに動揺が広がった。

 


「なんだあのデカいのは!?」


「はははっ、あれがエリアボスか! 結構歯ごたえがありそうだな!」


「あり得ねぇ……いくら強力ったって、限度があるだろ……」



 十人十色の反応を背景に、敵性存在は全貌を見せた。


 それは、日食の如く陽光を遮る、巨大な狼の頭だった。

 首より下は存在せず、どす黒い霧状の魔力が血飛沫のように絶えず噴出している。獰猛さをありありと示す獣の瞳は、眼下のプレイヤーをぎらりと睨み付けていた。



「あれはヴァーリの……まさか、第二形態ってこと!?」



 「ラスボスじゃあるまいし……」などと呟く三角帽子の<魔法使い>は、敵に見覚えがあるようだ。


 頭部だけで20メートルはありそうな狼は、ブラックホールを連想させる大口を開き――直後の咆哮。



「オオオォォォ――――!」



 地平を揺るがす、爆音のようにけたたましい叫びが、山麓に響き渡る。

 同時に発生したすさまじい衝撃波が、プレイヤー達に襲いかかった。



「むう……恐竜かと思えば、あやつが元凶というわけか」


「ならば、射殺すまでのこと。まずは場所を変えましょう。PK禁止エリアでは、こちらからの攻撃ができません」



 金と銀の髪が、激しい風に煽られてなびく。

 強敵を前にしても、二人の少女は動じない。この程度の修羅場は、既に幾度も経験している。



「ふ、相変わらず頼もしい。それでこそ魔弾の射手よ」


「くす、かなめはあなたの魔法です。今回ばかりは全力でお願いしますね」



 薄い笑みすら浮かべ、互いに認め合う<狩人>と<占術師>は並び立つ。

 それを目の当たりにして、エーギルは肩をすくめ、ヤマセは苦笑した。


 ――自分達には、戦女神が二人もついているのだ。敗北などあるはずがないではないか――


 しかし、エリアボスには欠片かけらも通じぬ理屈である。

 敵意むき出しの怪物は、大量の獲物に向かって一直線に降下した。


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