3.
西暦2105年4月26日、午前9時12分。
央都が誇る白亜の王城は、朝の日差しを浴びながら街並みを見下ろしている。一月前と比較して、道行くプレイヤーの絶対数は少ない。
東・南・北――大陸の各方面に潜むエリアボスが討伐された影響だ。
先駆者が切り開いた道をそのまま辿るだけならば、誰でもできる。あたかも、コロンブスの卵のように。
中世を髣髴とさせる王城の一室には、六十人近いプレイヤーが集合していた。大人数で会議を行うため、NPCに事情を話し、フロアを一時的に借り受けたのである。
魔法動力の照明の下、長大な机に手製の地図を広げ、侃々諤々と議論が交わされる。言い争っているのは、<狩人>の少女と<重戦士>の大男だ。
「そこまで難しく考えるこたぁねぇぞ、もやしっ娘。こっちはプレイヤーの解放っていう大義名分を持ってる。この人数に詰め寄られたら、運営も流石に白旗を上げるだろ」
「お話になりませんね。相手にはGM権限という切り札があるのです。
そう簡単に降伏するとは思えません」
エーギルの発言に、ノイエは異を唱える。
骨ばったところのない人差し指が地図上に踊り、大陸中央部やや左――アウレリア西の郊外でぴたりと止まった。
「こちらの人数は<ギガントマキア>の約半分です。必勝を期するならば、相手方に攻め込ませ、防衛戦を展開するのが最善でしょう。具体的な方策としては――」
「待ちたまえ、ノイエ君。クリス氏がゲームマスターというのは、あくまで最悪の場合であって、確定情報ではないのだよ? 私は、戦闘を前提とするのは避けるべきだと思う」
和装の青年・ヤマセは慎重な意見を述べた。
誤解でいがみ合った挙句、要らぬしこりを残したのでは堪らないのだ。
「キルケ君のテレポートリストを共有してサルデニアに赴き、話し合いの場を設けるのが先ではないかね? 拠点内がPK禁止である以上、危険度は低いはずだ」
「相手が運営なら、仕様なんて関係ないわよ。本気で殺しに来られたら、あたし達はどうしようもないわ」
三角帽子の<魔法使い>は、楽観論に釘を刺す。一般のプレイヤーが何人集まったところで、システムの壁は越えられない。この場の全員がサルデニアへ行くのは、極めてリスクが高いだろう。
「ここは我が、使者として様子を探って来ようかの。我が帰らなければ、相手に戦闘の意志ありと見なせるであろう?」
古風な喋りの<占術師>は、自分の身を犠牲にするような提案をする。
その危険性に、たまらずキルケが悲鳴を上げた。
「だっ、駄目ですよ!? あなたはクリスに警戒されてるはずです!
使者ならあたしがやりますから!」
「――それは絶対にならぬ」
ゼフィラの発した声は、容姿とは裏腹に威厳すら感じさせた。
アンバランスな迫力に、一同は水を打ったように静まり返る。
「そなたは唯一、本物の<ギガントマキア>のメンバーなのだぞ。
己の重要性をわきまえよ」
「ううっ……了解です」
どういうわけか、キルケは黒衣の少女に全く頭が上がらない。
まるで、かつて仕えたギルドマスター・<聖騎士>ヘカテーを相手にしているようで、すごすごと引き下がる。
そこへ、白衣の少女が臆することなく割って入った。
「重要性ならば、あなたとて同様でしょう。このメンバーの中で、あなたは最高の火力を有する後衛なのですよ?」
「むっ……魔弾の射手がそれを言うか。LVはそなたの方が上であろうに」
ゼフィラは半眼で仲間を見やりつつ、メニュー画面から<パーティー>を選択した。
透明な空間投影ディスプレイに文字が綴られる。
『ノイエ <狩人> LV47
ゼフィラ <占術師> LV45
キルケ <魔法使い> LV36』
――途端に、一団の空気ががらりと変わった。
「LV47に45!? どんだけレベリングしてんだよ!?」
「……可愛い顔して俺より10以上高いぞ。あの二人、何者なんだ?」
「CBテスターか? いや、それにしたって……」
「あたしのLVが低く見えるじゃないですか!? 消して下さい!」
晒し者にされた<魔法使い>が慌てて叫ぶと、編成画面は消失する。
しかし、プレイヤー達のざわめきは一向に収まらず、室内は騒がしさを増すばかりだった。
集合メンバーの平均LVは33から34。白と黒の少女は突出してLVが高く、戦術的価値は計り知れない。
一足早く平静を取り戻したのは、二人の才媛を知る<忍者>だった。
片手で目頭を押さえながら、疲れたような声で言う。
「君達を使者として送るのは、どう考えても人材の無駄遣いだね……。
言い出しっぺの法則ではないが、私が行こう。――エーギル氏、護衛を頼んでもいいかね?」
「おう、任せとけ!」
「わ、私も同行します……」
エーギルの快諾に、控えめに同調したのはユウナギだった。
修道服の裾を掴んだ両手は震えており、まるで不安を隠せていないが、ヤマセだけに重荷を背負わせるのは躊躇われたのだろう。
恋人の内心を悟り、和装の青年は神妙に頷いた。
「ありがとう。……キルケ君、テレポートリストを」
「気を付けなさいよ。一日経ってもあんた達が帰って来なかったら、すぐ救援に行くってことでいい?」
「ぶはははっ! その時は、お前らが来る前に終わらせてやるぜ!」
大口を叩くエーギルに苦笑し、<テレポート>の一覧を展開するキルケ。
ヤマセの指が触れると、空間投影ディスプレイは青白く発光した。
◆
会合を終えたノイエは、<王城>のバルコニーに佇んでいた。
穏やかな春風が銀糸の髪をさらりと揺らし、青い瞳には普段と変わらぬ中世風の景観が映り込む。
仮初の世界での生活も、一か月を数えようとしている。
剣と魔法のファンタジーに適応してしまった自分を再確認し、ノイエはぽつりと呟いた。
「慣れとは怖いものです」
ほう、と一つ息を吐く。集まったプレイヤーの数が予想を遥かに超えていて、少々人酔いしたようだった。
(ヤマセさんの人脈の広さは、嬉しい誤算でしたが……)
会合の立役者は、間違いなくヤマセだ。
フリードの連絡を受けた彼は、ユーニスタでの借りを返そうと奮闘し、三日で五十人以上ものプレイヤーを集めてくれたのである。
ノイエとしては、その中にエーギルがいなければ満点だった。
一緒に戦って欲しい人は、別にいる。
(……貴方は、どこにいるのですか)
目を閉じれば、瞼の裏にあの日の出会いが蘇る。
互いに誤解を抱いたまま戦い、和解の後、偽りの誓いを交わした。
遵守する気などさらさらない、口先だけの約束を。
だが、気付いた時、彼は己の目標となっていた。
背中を必死で追いかけている内に、心はどんどん傾いて、今となっては一連の騒動を自力で解決しようとまで思っている。
嘘から出た実とは、まさにこのことだ。
共に戦う中で、最後に手に入れたアイテム――翼を広げた守護竜の紋章を取り出す。未だ用途の分からぬ黄金のメダルは、ひやりと冷たい感覚を伝えて来る。
だというのに、ノイエは彼の体温が残留しているような錯覚をした。
「はぁ……駄目ですね」
軽く自己嫌悪して、回想を打ち切る。
彼の存在に縋っているようでは、デスゲームの打開など夢のまた夢だ。
三日前、またもエリアボスが討伐されたことを鑑みるに、シウスはCGのどこかで頑張っている。ノイエも負けてはいられない。
(弓の手入れでもしましょうか。戦闘中に弦が切れでもしたら、それこそお話になりませんし)
ヤマセ達が戻って来るまで自室で過ごすことに決めて、ノイエは<王城>を立ち去ろうとする。
――時を同じくして、バルコニーにキルケが飛び込んで来た。
「ノイエさん! 早く来て下さい!」
三角帽子を被った<魔法使い>は、奇妙なほど焦っていた。
<ギガントマキア>との話し合いが決裂したのかと思い、<狩人>は自然と表情を硬くする。
「使者を送ったのは失敗でしたか。早急に央都の西に防衛線を張りましょう。<テレポート>で大軍が転移して来ることも考慮して――」
「そうじゃなくて、拠点が……!」
「拠点が?」
キルケの言葉は要領を得ない。おうむ返しにノイエは問う。
解答は、にわかには信じ難いものだった。
「<山麓都市サルデニア>が消えました……!」




