2.
「なるほど。そういうことでしたか」
<央都アウレリア>東地区・宿屋。一階の歓談スペース。
まばらな人影の中、円形のテーブルを囲って四人のプレイヤーがソファに座っている。
その中の一人、長い銀髪の少女は、青い瞳を伏せると、紅茶のカップをテーブルに置く。かちゃりと小さな音を立てて、水面に波紋が広がった。
「あのさ、あたしが言うのもあれだけど……信じるの?」
<ギガントマキア>を内部から調査していた<魔法使い>は、三角帽子の上に疑問符を浮かべる。
眼前の<狩人>――ノイエは、キルケの話を当然のように信用した。
LF出身の<鍛冶師>と、クリスと戦った<占術師>ならばともかく、あまりにも話が早くて、逆に戸惑ってしまったのである。
ノイエは苦笑いと共に、今までの経緯を語る。
「わたし達は、<剣士>クリスが偽物のギルドマスターではないかと、当初より疑っていました。<ヒュドラ>と<ストラス>を討伐したのは、わたし達ですので」
「……奴らがユーニスタで演説をした時点で、嘘に気付いてたわけね。
だったら、あたしと一緒に来てくれればよかったのに」
キルケは思わずため息を吐いた。
頼りになる同志の存在を見逃していたとは、実に口惜しい。
二日足らずとはいえ、独りで敵情を内偵するのは、非常に気を遣う作業だった。クリス達にばれてしまえば、即刻、排除されていたのだから。
「それはともかく、これからの行動方針は重大ぞ。
我らの選択は、全プレイヤーの生命に直結するかもしれぬのだ」
今更、過去を顧みても始まらないと、ゼフィラが前を向く。
議論すべきは、<ギガントマキア>への対処だ。
そして、それはデスゲームを打開する鍵になる可能性もある。
「じゃあ、ここは一発、突撃取材でもするか?
なんでデスゲームを開催したんですかー、ってな感じで」
「馬鹿正直すぎるわよ……笑われたいの?」
いきなり極端な方策を提示したフリードに、キルケは頭を抱えた。
そもそも、相手がまともに取り合うわけがないし、どんな罠を用意して待ち受けているかも分からない。
「取材云々は置いておくとしても、いずれは直接対決しなくてはならないでしょう。騙された<ギガント>のメンバーとの、大規模な戦闘を想定しておく必要があるかと」
「であれば、流石に我らだけでは戦力不足と言わざるを得ぬか。
せめて軍師が健在ならば、まだ勝機もあるのだが……」
ノイエの冷然とも取れる指摘に、ゼフィラは表情を曇らせた。
クリスが何らかのシステム権限を有しているのは間違いない。
それだけでも厄介なのに、百人以上のベテランプレイヤーを相手に正面からぶつかったのでは、敗北は火を見るよりも明らかである。
如何に白と黒の少女が腕利きでも、継戦能力は有限だ。
ドッペルゲンガーとの戦闘が、それを如実に物語っている。
「――軍師って誰? 強いの?」
ふと、会話に含まれた聞き慣れない固有名詞に、キルケが首をひねる。
「シウスのことだよ。……別行動中だけどな」
「うっ……<外道剣士>までこの世界にいるのね……」
忌まわしいアバターネームに、<魔法使い>は反射的に腹部を抑える。
四年前の<ダイダロス攻防戦>で、彼のグラムに串刺しにされた恐怖は、未だ拭い去ることができない。
あの廃人が味方であれば、確かに心強いのだが、PTSDを発症しかねないのである。彼がこの場にいなくて、キルケは心底ほっとした。
ぶんぶんとかぶりを振って、苦い記憶を封印すると、<魔法使い>は恐縮した様子で訊く。
「そ、それで、味方になってくれそうな人はいるの? 悪いけど、あたしにはいないわ」
台詞を聞くや否や、白衣の<狩人>と黒衣の<占術師>は視線を合わせた。
互いの脳裏に、アルベルトの一件がよぎる。
「一応の当てはあるが、魔弾の射手は?」
「わたしは嫌です。一度ならず二度までも、あの男の力を借りるなど。
前回は状況が状況だったために、仕方なく共闘したのです」
きっぱりとした拒否が返って来る。
ゼフィラは<狩人>と<重戦士>の確執を深紅の眼で盗み見ていたため、ノイエの言う「あの男」がエーギルのことだとすぐに分かった。
「そうは申すが、今回とて予断を許さぬ状況であろう。
ここは虚栄を捨て、万全を期すのが肝要ではないかな」
「…………」
諭すような正論に、むっとして押し黙るノイエ。
戦力不足は銀髪の少女も自覚するところだ。
だが、己を否定した相手を仲間に迎えることには根強い抵抗感がある。
白髪の大男以外の戦力が欲しい――それがノイエの本音だった。
仲間の内心を汲み取り、フリードは「システムウィンドウ」と呟く。
空間投影ディスプレイから触れるのは<ボイスチャット>だ。
「そんじゃ、とりあえずヤマセさんに連絡入れるわ。
あの人なら、俺達の提案を理解した上で協力してくれるだろ」
「うむ。頼んだぞ」
藍染めの衣装の青年――<忍者>ヤマセの性格からして、無下に断ることはしないだろう。加えて、彼の恋人・ユウナギの助力も期待できる。
ユウナギの妹・ハルは幼すぎるため、当然だが除外する。
「ひどい綱渡りになりそうね……」
「いつものことです。慣れて下さい」
「ノイエちゃんが言うと洒落にならねーんだけど」
暗い見通しに眉をひそめるキルケと、泰然自若としたノイエ。
対照的な二人の姿に、フリードはおのずと嘆息するのだった。
◆
どこまでも暗く、深い闇の中に、自我だけが浮いている。
元より、五感は持ち合わせていない。第六感など、あるはずもなく。
それなのに、何故。己の存在を認識するのか。
他者の存在なくして、どうして自分自身を証明できるのか。
――きっと、夢を見たからだろう。
燦然と輝く、幸福な過去。二度と還らぬ、塵芥の日々。
遠い背中に向かって走る少年の姿は、己と重なって見えた。
独りではない幻を、いつまでも追いかけていたかった。
ずっと傍にいて、自分の名前を呼んで欲しかった。
――だから、今度こそは醒めない夢を願うのだ。
叶うならば、あの少年と話がしたい。
それは夢よりも遥かに素敵で、満ち足りた現実に違いないから。
◆
「……ん?」
気付けば、シウスは薄暗い室内の中にいた。
腕組みをして壁にもたれ、立ったまま眠っていたようだ。
きょろきょろと辺りを窺えば、木造のカウンターが見て取れる。
作業台には、色鮮やかな液体で満たされたフラスコや、小さな結晶状の物質が入ったビーカーが載っていた。
青年は対面側の壁に近寄り、勢いよくレースカーテンを引く。
窓から覗く景色は、夕暮れに染まる日本庭園を想起させた。
(リムノレイアか。エリアボスを倒した後、戻って来たんだな)
ここは林泉都市の<工房>のようだが、前後の記憶が曖昧だった。
「先程見た夢の影響だろうか」と、あくびをしながら考察する。
――瞬間、聞き覚えのある簡素な効果音。
背後の気配に振り向くと、粒子状の光が弾ける。
水色の衣装を纏った<工房>の主が、認証を終えて転移していた。
ようやく、シウスは状況を思い出す。
(ああ、防具が壊れて使えなくなったから、この子に依頼したのか)
タルワールの一撃を受けたチェインシャツは、修復不能なレベルの破損を生じていた。故に、防具の新調を決めたのである。
<錬金術師>の作成可能な防具は、魔力を込めた衣服や装飾品だ。
頑強さこそ<鍛冶師>のそれに劣るものの、魔法スキルへの耐性などは優れている。重量も軽いので、シウスの戦闘スタイルには合致していた。
「……寝不足?」
きょとんとした顔で、ハルが短く問う。
シウスはカーテンを閉め直すと、悩ましい様相で返事をした。
「うーん、寝不足というか、寝ぼけですね。変な夢は見るし……」
「またアバターがおかしくなった?」
ぺたりと椅子に座りながら、心配そうに訊く少女。
革靴を履いた真っ白な脚が、落ち着きなくぷらぷらと揺れている。
「いえ、それは大丈夫です。今はすこぶる快調ですよ」
シウスは笑って否定の意を返した。
感覚異常の原因は、まさに推測通りだったのである。
(性能が足りてないのに、無理に動かせば、ああなるわなぁ……)
発端は、アバターの性能が忠の操作に追いつかなくなったことだ。
<クロスガイア>のアバターデータは、リソースの大部分を、現実に酷似した再現度を保つために使用している。その関係で、基本職が発揮可能な性能は限定されていたのである。
にもかかわらず、忠はエリアボスとの戦闘で、アバターの限界を超えた操作を行い続けた。結果、肉体と自我の齟齬を埋めるために、システムが再現度を一部省略し、リソースを他に回したのだ。
<トランス・ダーキニー>との戦闘中、反応速度が回復したのは、視覚の再現度を削った分、アバターに余裕が生まれたからなのである。
「転職が解禁されたおかげで助かりました。これでしばらくは安心です」
現在、シウスは上級職への<クラスチェンジ>を果たしている。
感覚異常の根本的な解決にはなっていないが、再びアバター性能が不足するまでは大丈夫だろう。
「でも、それはあなたの意識が普通じゃない証拠」
「…………」
「もう戦わない方がいい。現実どころか、CGでさえ生きられなくなる」
ハルの諫言は尤もだった。
常人ならば、そもそもこのような問題は起こり得ない。
碓氷忠の自我は、人間の枠から外れつつある。
ひょっとすると、最近見る奇妙な夢は、その象徴か。
(――人間じゃ、ない?)
不意に、奇天烈な憶測が、意識の隅で産声を上げる。
「デスゲーム=賭博説」や「サイバー攻撃説」とは比べ物にならない、気違いじみた妄想。
それでいて、つじつまが合っているのだから性質が悪い。
シウスは思わず眉間にしわを寄せて唸った。
「当たってたらどうする……宇宙人と交信するようなもんだぞ……」
「……毒電波?」
「違います――って、よくそんな古い言葉知ってましたね!?」
百年前の死語に、シウスは全力で突っ込んだ。




