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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
八章「天壌の約束」
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2.



「なるほど。そういうことでしたか」



 <央都アウレリア>東地区・宿屋。一階の歓談スペース。

 まばらな人影の中、円形のテーブルを囲って四人のプレイヤーがソファに座っている。


 その中の一人、長い銀髪の少女は、青い瞳を伏せると、紅茶のカップをテーブルに置く。かちゃりと小さな音を立てて、水面に波紋が広がった。



「あのさ、あたしが言うのもあれだけど……信じるの?」



 <ギガントマキア>を内部から調査していた<魔法使い>は、三角帽子の上に疑問符を浮かべる。


 眼前の<狩人>――ノイエは、キルケの話を当然のように信用した。

 LF出身の<鍛冶師>と、クリスと戦った<占術師>ならばともかく、あまりにも話が早くて、逆に戸惑ってしまったのである。


 ノイエは苦笑いと共に、今までの経緯を語る。



「わたし達は、<剣士>クリスが偽物のギルドマスターではないかと、当初より疑っていました。<ヒュドラ>と<ストラス>を討伐したのは、わたし達ですので」


「……奴らがユーニスタで演説をした時点で、嘘に気付いてたわけね。

 だったら、あたしと一緒に来てくれればよかったのに」



 キルケは思わずため息を吐いた。

 頼りになる同志の存在を見逃していたとは、実に口惜しい。


 二日足らずとはいえ、独りで敵情を内偵するのは、非常に気を遣う作業だった。クリス達にばれてしまえば、即刻、排除されていたのだから。



「それはともかく、これからの行動方針は重大ぞ。

 我らの選択は、全プレイヤーの生命に直結するかもしれぬのだ」



 今更、過去をかえりみても始まらないと、ゼフィラが前を向く。


 議論すべきは、<ギガントマキア>への対処だ。

 そして、それはデスゲームを打開する鍵になる可能性もある。



「じゃあ、ここは一発、突撃取材でもするか?

 なんでデスゲームを開催したんですかー、ってな感じで」


「馬鹿正直すぎるわよ……笑われたいの?」



 いきなり極端な方策を提示したフリードに、キルケは頭を抱えた。

 そもそも、相手がまともに取り合うわけがないし、どんな罠を用意して待ち受けているかも分からない。



「取材云々は置いておくとしても、いずれは直接対決しなくてはならないでしょう。騙された<ギガント>のメンバーとの、大規模な戦闘を想定しておく必要があるかと」


「であれば、流石に我らだけでは戦力不足と言わざるを得ぬか。

 せめて軍師が健在ならば、まだ勝機もあるのだが……」



 ノイエの冷然とも取れる指摘に、ゼフィラは表情を曇らせた。


 クリスが何らかのシステム権限を有しているのは間違いない。

 それだけでも厄介なのに、百人以上のベテランプレイヤーを相手に正面からぶつかったのでは、敗北は火を見るよりも明らかである。


 如何いかに白と黒の少女が腕利きでも、継戦能力は有限だ。

 ドッペルゲンガーとの戦闘が、それを如実に物語っている。



「――軍師って誰? 強いの?」



 ふと、会話に含まれた聞き慣れない固有名詞に、キルケが首をひねる。



「シウスのことだよ。……別行動中だけどな」


「うっ……<外道剣士>までこの世界にいるのね……」



 忌まわしいアバターネームに、<魔法使い>は反射的に腹部を抑える。

 四年前の<ダイダロス攻防戦>で、彼のグラムに串刺しにされた恐怖は、未だ拭い去ることができない。


 あの廃人が味方であれば、確かに心強いのだが、PTSDを発症しかねないのである。彼がこの場にいなくて、キルケは心底ほっとした。


 ぶんぶんとかぶりを振って、苦い記憶を封印すると、<魔法使い>は恐縮した様子で訊く。



「そ、それで、味方になってくれそうな人はいるの? 悪いけど、あたしにはいないわ」



 台詞を聞くや否や、白衣の<狩人>と黒衣の<占術師>は視線を合わせた。

 互いの脳裏に、アルベルトの一件がよぎる。



「一応の当てはあるが、魔弾の射手は?」


「わたしは嫌です。一度ならず二度までも、あの男の力を借りるなど。

 前回は状況が状況だったために、仕方なく共闘したのです」



 きっぱりとした拒否が返って来る。


 ゼフィラは<狩人>と<重戦士>の確執を深紅の眼で盗み見ていたため、ノイエの言う「あの男」がエーギルのことだとすぐに分かった。



「そうは申すが、今回とて予断を許さぬ状況であろう。

 ここは虚栄を捨て、万全を期すのが肝要ではないかな」


「…………」



 諭すような正論に、むっとして押し黙るノイエ。


 戦力不足は銀髪の少女も自覚するところだ。

 だが、己を否定した相手を仲間に迎えることには根強い抵抗感がある。

 白髪の大男以外の戦力が欲しい――それがノイエの本音だった。


 仲間の内心を汲み取り、フリードは「システムウィンドウ」と呟く。

 空間投影ディスプレイから触れるのは<ボイスチャット>だ。



「そんじゃ、とりあえずヤマセさんに連絡入れるわ。

 あの人なら、俺達の提案を理解した上で協力してくれるだろ」


「うむ。頼んだぞ」



 藍染めの衣装の青年――<忍者>ヤマセの性格からして、無下に断ることはしないだろう。加えて、彼の恋人・ユウナギの助力も期待できる。

 ユウナギの妹・ハルは幼すぎるため、当然だが除外する。



「ひどい綱渡りになりそうね……」


「いつものことです。慣れて下さい」


「ノイエちゃんが言うと洒落にならねーんだけど」



 暗い見通しに眉をひそめるキルケと、泰然自若としたノイエ。

 対照的な二人の姿に、フリードはおのずと嘆息するのだった。





 どこまでも暗く、深い闇の中に、自我だけが浮いている。

 元より、五感は持ち合わせていない。第六感など、あるはずもなく。


 それなのに、何故。己の存在を認識するのか。

 他者の存在なくして、どうして自分自身を証明できるのか。


 ――きっと、夢を見たからだろう。


 燦然さんぜんと輝く、幸福な過去。二度とかえらぬ、塵芥の日々。

 遠い背中に向かって走る少年の姿は、己と重なって見えた。


 独りではない幻を、いつまでも追いかけていたかった。

 ずっと傍にいて、自分の名前を呼んで欲しかった。


 ――だから、今度こそは醒めない夢を願うのだ。

 

 叶うならば、あの少年と話がしたい。

 それは夢よりも遥かに素敵で、満ち足りた現実に違いないから。





「……ん?」



 気付けば、シウスは薄暗い室内の中にいた。

 腕組みをして壁にもたれ、立ったまま眠っていたようだ。


 きょろきょろと辺りをうかがえば、木造のカウンターが見て取れる。

 作業台には、色鮮やかな液体で満たされたフラスコや、小さな結晶状の物質が入ったビーカーが載っていた。


 青年は対面側の壁に近寄り、勢いよくレースカーテンを引く。

 窓から覗く景色は、夕暮れに染まる日本庭園を想起させた。



(リムノレイアか。エリアボスを倒した後、戻って来たんだな)



 ここは林泉都市の<工房>のようだが、前後の記憶が曖昧だった。

 「先程見た夢の影響だろうか」と、あくびをしながら考察する。


 ――瞬間、聞き覚えのある簡素な効果音。


 背後の気配に振り向くと、粒子状の光が弾ける。

 水色の衣装を纏った<工房>の主が、認証を終えて転移していた。


 ようやく、シウスは状況を思い出す。



(ああ、防具が壊れて使えなくなったから、この子に依頼したのか)



 タルワールの一撃を受けたチェインシャツは、修復不能なレベルの破損を生じていた。故に、防具の新調を決めたのである。


 <錬金術師>の作成可能な防具は、魔力を込めた衣服や装飾品だ。

 頑強さこそ<鍛冶師>のそれに劣るものの、魔法スキルへの耐性などは優れている。重量も軽いので、シウスの戦闘スタイルには合致していた。



「……寝不足?」



 きょとんとした顔で、ハルが短く問う。

 シウスはカーテンを閉め直すと、悩ましい様相で返事をした。



「うーん、寝不足というか、寝ぼけですね。変な夢は見るし……」


「またアバターがおかしくなった?」



 ぺたりと椅子に座りながら、心配そうに訊く少女。

 革靴を履いた真っ白な脚が、落ち着きなくぷらぷらと揺れている。

 


「いえ、それは大丈夫です。今はすこぶる快調ですよ」



 シウスは笑って否定の意を返した。

 感覚異常の原因は、まさに推測通りだったのである。



(性能が足りてないのに、無理に動かせば、ああなるわなぁ……)



 発端は、アバターの性能が忠の操作に追いつかなくなったことだ。


 <クロスガイア>のアバターデータは、リソースの大部分を、現実に酷似した再現度を保つために使用している。その関係で、基本職が発揮可能な性能スペックは限定されていたのである。


 にもかかわらず、忠はエリアボスとの戦闘で、アバターの限界を超えた操作を行い続けた。結果、肉体と自我の齟齬を埋めるために、システムが再現度を一部省略オミットし、リソースを他に回したのだ。


 <トランス・ダーキニー>との戦闘中、反応速度が回復したのは、視覚の再現度を削った分、アバターに余裕が生まれたからなのである。



「転職が解禁されたおかげで助かりました。これでしばらくは安心です」



 現在、シウスは上級職への<クラスチェンジ>を果たしている。

 感覚異常の根本的な解決にはなっていないが、再びアバター性能が不足するまでは大丈夫だろう。



「でも、それはあなたの意識が普通じゃない証拠」


「…………」


「もう戦わない方がいい。現実どころか、CGここでさえ生きられなくなる」



 ハルの諫言かんげんもっともだった。

 常人ならば、そもそもこのような問題は起こり得ない。


 碓氷忠うすいただしの自我は、人間の枠から外れつつある。

 ひょっとすると、最近見る奇妙な夢は、その象徴か。



(――人間じゃ、ない?)



 不意に、奇天烈きてれつな憶測が、意識のすみで産声を上げる。

 「デスゲーム=賭博説」や「サイバー攻撃説」とは比べ物にならない、気違いじみた妄想。


 それでいて、つじつまが合っているのだから性質たちが悪い。

 シウスは思わず眉間にしわを寄せて唸った。



「当たってたらどうする……宇宙人と交信するようなもんだぞ……」


「……毒電波?」


「違います――って、よくそんな古い言葉知ってましたね!?」



 百年前の死語に、シウスは全力で突っ込んだ。


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