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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
七章「夢幻の深化」
36/49

5.

 霞みがかった意識を覚醒させたのは、現実味あふれる空腹だった。

 まぶたを開くと、高い天井が瞳に飛び込んで来る。

 背には木材の硬い感触が付き纏い、寝心地が悪いどころの話ではない。


 

(背中が痛い……どうして、こんなところに寝てる……)



 長い黒髪の少女、<錬金術師>ハルは、内心で己に文句を垂れた。

 むくり、と身を起こすと、体にかけられていた服がずり落ちる。少女が着るにはサイズが大きすぎる、紺色の上着。



 ――そいつから離れろ!――



「あっ……」



 鼓膜に残響するのは、焦りを帯びた剣士の叫び。

 ハルは徐々に、意識を失う前の状況を思い出す。


 新たなエリア<メドラウト大社>に到着し、シウスと雑談をしたこと。

 境内にノンアクティブのモブらしき白い狐が現れたこと。

 そして、その狐に触れた瞬間――


 

「…………最悪」



 ハルは、思わず片手でひたいを押さえる。

 ものの見事に罠に引っかかったのだから、当然の感想だった。


 改めて周囲を確認してみれば、少女の寝かされていた本殿は、壁に大穴が開いていたり、床板が割れていたりと、ひどい有様だ。激しい戦闘が繰り広げられたことは、疑いようがない。


 あの青年は、少女が気絶している間、必死に戦っていたのだろう。

 悲しいやら情けないやら、よく分からない感情が心で渦巻く。



(今度は私が助けになるって、言ったのに……)



 実際は、何もできなかったどころか、足を引っ張ってしまった。

 ユーニスタの一件に続いて、二度目の醜態に歯噛みする。

 何の為に、この世界で生きているのか。そんな疑問さえ浮かんで来た。


 実姉を危険に晒し、兄を思わせる剣士の手を煩わせ、あげくの果てには一人で落ち込んで――現実でも仮想でも、存在意義を見つけることができない。



(私だって、誰かを支えられると思ったのに……)



 口下手な自分は、いつも周囲の人間に助けられて生きて来た。それを、在り難いことだと感謝する反面、他者の優しさに嫉妬していた。


 シウスが助力を求めてきた時、迷わず協力を決めたのは、恩を返したいと思ったからだが、その影では優越感に浸る自分がいたのである。


 あれほど頼り甲斐がある青年が、自分のような人間を必要としている。

 常に助けられる側だった自分が、初めて、助ける側に回る。


 それらの事実は麻薬のように、くらくらとする快感と甘美な充足をハルに与えてくれた。



(――でも、幻想でしかない)



 結局は、綺麗な台詞の裏側で、彼を助ける自分に酔っていただけ。

 失敗から何も学ばない己を、誰かが嘲笑しているような錯覚をした。



「全然、進歩してなかったんだ……」



 剣士の上着をぎゅっと握りしめる。微かに残る温かみとは裏腹に、心は零下にまで冷え切っていた。


 ――どんな顔をして、彼に会えばいい。何と言って詫びればいい。

 分からぬまま、目尻からこぼれた涙が、紺色の生地にぽつりと染みる。



(苦しい……誰でもいいから助けて……)



 のどを掻きむしりたくなるような不快感が襲って来る。

 拠点復活が元通りでなければ、いっそ死んでしまいたい。



「具合、悪いんですか」



 唐突にかけられた声に、はっとして、少女は顔を上げる。

 当然のように、身をかがめた剣士の心配そうな表情が、隣にあった。


 おそらくは、本殿の壁に開いた穴から上がって来たのだろう。

 外にいたということは、ハルが意識を取り戻すまでの時間を活用して、エリアの調査をしていたのかもしれない。



「エリアボスに取り込まれた上、俺が三分割しちゃいましたからね。

 アバターに異常がないか、確認してもらってもいいですか?」



 錬金術師の内心を知らず、シウスは言葉を続ける。

 口調こそ穏やかだが、内容はひどくえげつない。


 よほどの激闘だったのか、体中ほこりだらけで一見してぼろぼろだ。

 加えて、防具を失ったらしく、上半身はシャツ一枚、ズボンはところどころが破れている。



「…………」



 感覚異常を抱え、現実への帰還を諦めてまで戦っている仲間。

 辛くないはずがないのに、弱音も吐かず、愚直に前へと進んでいる。


 しかし、自分は何一つとしてできていない。剣士の想いに応えられず、単に寄生しているようなもの。


 ハルの沈黙をどう捉えたか、シウスはいぶかしげに口を開く。



「あの、やっぱり具合が――」


「――資格がない」


「はい?」


「あなたに心配してもらう資格がない……!」



 両の手で顔を覆い、水色の錬金術師は悲痛な声を上げた。

 細い指を伝って、とめどなく大粒の水滴がしたたり落ちる。



「ごめっ、役立たずでごめん……!

 何もしてあげられなくてごめん……!」



 これほどまでに感情をあらわにする少女を見たのは初めてで、剣士はどう応じるべきか判別がつかず、戸惑ってしまう。



「そんなことは、決して――」


「嘘ばっかり……! いっそのこと罵ってよ! 

 お前なんかいらないって、はっきり言ってよ!」



 口をついて出た、苦し紛れの慰めは、余計にハルをみじめにさせた。

 激情に流されて、みっともなく大声でわめき散らす。



「…………」



 しばしの思索の後、シウスはズボンのポケットに左手を入れた。

 そして、泣きじゃくる少女へ返答すべく、口を開く。

 


「システムウィンドウ」



 メニュー画面が呼び出され、<アイテムインベントリ>が展開する。

 シウスはハルの隣に座りながら、空間投影ディスプレイを指差した。



「これ、見て下さい」


「…………」


「ハルさん」



 促されて、錬金術師はおずおずと、透き通った画面を確認する。

 ブレードに両手剣、各種ポット、上級転職章、野営道具、水と食糧。

 そして、見慣れない居合刀らしき武器が一振り。



「……<小狐丸>?」


「……それはエリアボスのドロップアイテムです」



 重要なのはそこではないらしく、嘆息が返って来た。

 シウスは「三条宗近なんて、知らないよなぁ」などとこぼしつつ、仕方なさそうに少女へヒントを与える。



「ここに、あるべきものが無いとは思いませんか」


「……あるべき、もの?」



 ハルは再度、インベントリを一瞥した。

 特別変わったものといえば、上級転職章くらいしか存在しない画面。



 ――アイテム生成は終わった。これ、渡しておく――



「あ……」



 不意に、自分自身の言葉を思い出す。

 冷静になってみれば、シウスの問いは実に簡単なものだった。



「ガイアの……結晶片……」



 今朝、リムノレイアの<工房>で作成して、シウスに渡したはずの蘇生アイテムが見当たらないのだ。


 ハルの理解に、シウスは頷くことで肯定の意を返す。



「あれは、所有者のHPがゼロになった時、一度だけ、HP半分の状態で蘇生させる効果がありましたよね」


「うん……相打ち狙いでも使えると思って、渡しておいた……」


「ええ。貴方の言う通り、エリアボスとの相打ちに使いました。

 <ガイアの結晶片>があったから、俺は負けずに済んだわけです」



 そこまで言って立ち上がると、シウスはハルに手を差し伸べた。

 家族の如く暖かな視線が、涙を宿す紫色の瞳と交差する。



「貴方は役立たずじゃないし、俺は貴方を必要としています。

 嫌かもしれませんけど、俺としては、これからも力を貸して欲しい」


「…………」



 ハルは、喜び勇んで剣士の手を取ろうとして――触れる寸前で止めた。

 ゆっくりと手を下ろす。シウスはあからさまに暗い表情をしていた。

 

 だが、安易に仲間の優しさにすがれば、二度と立ち直れないような気がした。一方的に寄り掛かるだけの関係になるのは、絶対に嫌だった。



「……やっぱり、駄目ですか?」


「……駄目じゃない。むしろ、大歓迎」



 故に、少女は自らの力で立ち上がった。

 今度は、青年の手を煩わせぬように。もっと強く在れるように。



「迷惑かけてばっかりだけど……頑張るから、見てて」



 ごしごしと乱暴に涙をぬぐい、前を向く。

 にじむ視界には、シウスの明るい笑みが映った。



 剣士は、思考操作でポケットに移動させた結晶片を、そっと握る。

 少女が優しい嘘に気付かぬよう、努めて平静を装いながら。

 




『FROM  運営チーム

 TITLE  仕様の更新のお知らせ


 この度は、<クロスガイア>をプレイしていただき、誠にありがとうございます。

 以下の日時において、仕様の更新がなされたことを報告させていただきます。


 更新日時

 2105年4月23日(木)11:46


 更新内容

 ・システムウィンドウの機能拡張


 メニュー画面から<クラスチェンジ(転職)>が可能になりました。

 また、一定の条件を満たすことで、上級職への転職も可能です。


 なお、これは<メドラウト大社>のエリアボス<トランス・ダーキニー>の討伐によるボーナスです。


 今後とも、<クロスガイア>をよろしくお願いいたします』


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