4.
「くっ……」
ちかちかと明滅する視界の中で、シウスはどうにか身を起こす。
エリアボスの強烈な打突を受けたアバターは軽々と吹き飛ばされ、拝殿を突き抜けて、棟続きの本殿にまで達していた。
体中に纏わりついた、砕けた木材を無造作に払い除ける。
粒子状の白光となって消えて行くそれに見向きもせず、剣士はすぐさま戦力分析を開始した。
(パワーもスピードも、今までの敵とは段違いだ。
あの子を気遣う余裕はない。殺す気で戦わなければ……)
ハルが憧憬を抱こうと、「強さ」の実態は醜悪だった。
アルベルトを貶め、オズマを見捨たように、シウスは今、仲間を討とうとしている。
誰かを、何かを犠牲にしなければ結果を手に入れることができない――それは、如何に綺麗に取り繕ったところで、張りぼての強さだ。
こんな体たらくでは、博孝には一生追いつけない。
シウスは苦虫を噛み潰したような顔で、突きを受けた胸部をさする。
(時間がどれだけ残されてるかも分からないってのに……)
フリードに作成してもらったチェインシャツは、損傷度が耐久限界値を超え、無残に破損していた。
とはいえ、チェインシャツを着込んでいなければ、心臓を貫かれて即死だった。装備だけで済んだのは、不幸中の幸いである。
(拠点復活からの再戦も視野に――いや、弱気になるな。精神面で負けていたら話にならん)
HPバーが全回復するまで、思考操作で上級ポットを使い続ける。先の一撃で残存した剣士のHPは、一割にも満たなかった。流石はエリアボスと言うべきか、驚異的な攻撃力だ。
<ボマー・ストラス>も高火力だったが、<トランス・ダーキニー>はそれ以上の打撃力を備えているようである。
(防具をスケイルメイルに変えれば、重さで余計にスピード負けする。
苦しいが、このまま行くしかない。残る問題は――)
思考を遮るように、淡い色彩のシルエットが本殿に突っ込んで来た。
今度は、無防備に食らうことはしない。エリアボスが袈裟切りに振るうタルワールを、ショートブレードが迎え撃つ。
「はあぁぁっ!」
「…………」
刹那、二つの刀身が交差し、激突の衝撃が本殿を鳴動させる。
互いに鎬を削りながら、剣士と女神は相対した。
(やはり、膂力は向こうが上か。細い腕して、理不尽な……)
神使の狐が取り込んだのは、生産職のアバターだというのに。
じりじりと押し込まれ、シウスは表情を曇らせた。
――時を同じくして、青年の視界が揺らぎ、仮想の空間は蜃気楼の如く頼りないものへと変貌する。
「な、何だ……!?」
驚いて、バックステップで<トランス・ダーキニー>と距離を取る。
シウスが周囲を見回すと、明らかな異常事態が発生していた。
唐突に発生したノイズがエリアを侵食しており、本殿の内装に影響していたのである。
(どうなってやがる……! まさか、奴のスキル――違うか。
プレイヤーの視界を歪めるなんて、いくらなんでもあり得ない)
念のためにメニュー画面から<ステータス>を確認するが、状態異常にかかった様子はない。おそらく、これは仕様外の現象だ。
<クロスガイア>のサーバ、およびシステムに、問題が起こったのか。
あるいは、アバターの感覚再現が壊れてしまったのか。
ゆらゆらと陽炎の如く歪んだ景色の中、剣士は気分を落ち着けるように息を吐く。
(ここまで来たら、どうでもいい。手と足がついてりゃ万々歳だ)
半ばやけくそになりながら、シウスは敵へと突貫した。
味覚、聴覚、視覚が故障しようと、剣を振るうことはできる。
最悪、触覚だけになろうとも構わない。
(完全に戦えなくなる前に、奴の首を落とす!)
思考操作で大剣を呼び出し、スキルの発動体勢を取る。
エリアボスは攻撃を誘っているのか、直立不動のままだった。
「それならそれで構わない」と言わんばかりに、シウスは走る。
鋭い踏み込みと共に、最大威力の斬撃が放たれた。
「<タイタンスマッシュ>!」
巨大化する鋼の刀身。身の丈を優に超える鉄塊を叩き付ける。
しかし、手応えは皆無だった。
渾身の一撃は、あっさりと曲刀に防がれ、女神の体には届かない。
カウンター気味に、エリアボスの左膝が繰り出される。シウスは大剣を消し、再びショートブレードを手にした。
武装変更で強引に割り込ませた剣と、膝蹴りが衝突する。
柄を握る右手が痺れ、青年は思わず得物を取りこぼしてしまった。
武器と防具を失ってしまっては、丸裸同然だ。
淡色の羽衣をはためかせ、タルワールが閃く――その前に。
「――剣術だけと思うな」
シウスの左拳が、女神の顔面に突き刺さった。
予想外の強烈な反撃に、エリアボスはたたらを踏んで後退する。
剣士は右足でブレードを蹴り上げ、柄を口にくわえた。
そのまま、体勢を崩した敵に向かって突進。狙いは首筋だ。
「――――!」
獣のような唸り声と共に、シウスの刃が閃いた。
<トランス・ダーキニー>は間一髪、曲刀で防御するが、シウスの勢いに押され、本殿の壁に強く背中を打ち付けた。ほんの一瞬、力が弱まる。
無論、青年はその隙を見逃さない。両腕をエリアボスの首に巻きつけるようにして、得意の投げ技に入った。
「でやあぁぁぁ!」
――白光の飛沫が散る。
ノイズが走る視界の中、<トランス・ダーキニー>の頭部が床板を叩き割った。人間ならば、頭蓋骨骨折、あるいは頸椎損傷によって、致命傷となったことだろう。
しかし、ここは仮想空間で、相手はエリアボスだ。HPバーが無くなるまでは、決して油断をしてはいけない。
故にシウスは攻撃の手を緩めず、大剣を呼び出して天に掲げた。
「くたばれ」
平坦な口調は、おぞましい響きと冷酷さをはらんでいた。
上半身を本殿の床に埋没させた、無様な格好の女神に向かって、全力の両手剣が振り下ろされる。
――社殿建築が根幹から粉々になるような、圧倒的な衝撃。
先程とは立場を逆に、エリアボスの体が木造の壁を貫通して、境内へと吹き飛ばされた。めくれ上がった床板の破片が宙を舞い、消えて行く。
「……ん?」
あっけなく斬撃を受けた女神に、青年は首をひねった。
ここまで上手く連続攻撃が決まるとは、何かがおかしい。
(奴のスピードが鈍った? ……エリアボスが手加減を始めるわけはない。原因は何だ?)
シウスは、打突を受ける前と後で、<トランス・ダーキニー>の動きが違っているように感じていた。前後の差異と言えば――
(俺の視覚がぶっ壊れたことくらいだよなぁ。それで奴のスピードが低下するとは――いや、待て。変わったのは、奴ではなく、俺?)
些細な違和感は、やがて推測へと移行する。
蜃気楼の如く不確かな視界。味覚の喪失。聴覚の欠落。
シウスは五感の内、三つに異常を抱えているが、それが異常ではなく正常から来るものだとしたら――
相手の速度が遅くなったのではなく、自分の速度が向上したのだとしたら――
「……そういうこと、なのか?」
アバターの感覚異常について、ある可能性が脳裏に浮かぶ。
荒唐無稽な仮説ではあるが、一応の納得はできた。
シウスは本殿の壁に開いた穴から境内に飛び出す。
羽衣を纏う少女は何事もなかったかのように立ち上がっていた。
敵のHPバーは残り半分以下。攻撃は、しっかりと通じている。
剣士はショートブレードを正眼に構え、再びスキルの発動体勢を取った。
(俺の考えが確かならば……)
呼吸を整え、石畳を蹴る。紺と水色の影が、風を切って駆けた。
両者の踏み込みは、全くの同時。
しかし、<トランス・ダーキニー>のタルワールが、シウスの剣よりも速く、陽光を浴びて煌めいた。
がしゃり、と気味の悪い、無機質な金属音。
淡い光の欠片が、粉々になって散乱する。
女神の斬撃は、竜鱗で作られた重装甲を破壊していた。
「クロス――」
スケイルメイルを投げつけた青年は、残骸の隙間から表情を覗かせた。
凍てついた殺意を宿す双眸が、少女の瞳を射抜く。
「――エッジ」
そして、剣士のスキルは、微塵の容赦もなく絶命を具現した。
ショートブレードの連撃が、エリアボスの首を薙ぎ、胴を断ち切る。
三つに分かたれた女神の体は、一瞬の後に閃光を放ち、爆散した。




