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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
七章「夢幻の深化」
35/49

4.

「くっ……」



 ちかちかと明滅する視界の中で、シウスはどうにか身を起こす。


 エリアボスの強烈な打突を受けたアバターは軽々と吹き飛ばされ、拝殿を突き抜けて、棟続きの本殿にまで達していた。


 体中に纏わりついた、砕けた木材を無造作に払い除ける。

 粒子状の白光となって消えて行くそれに見向きもせず、剣士はすぐさま戦力分析を開始した。



(パワーもスピードも、今までの敵とは段違いだ。

 あの子を気遣う余裕はない。殺す気で戦わなければ……)



 ハルが憧憬しょうけいを抱こうと、「強さ」の実態は醜悪だった。

 アルベルトをおとしめ、オズマを見捨たように、シウスは今、仲間を討とうとしている。


 誰かを、何かを犠牲にしなければ結果を手に入れることができない――それは、如何いかに綺麗に取り繕ったところで、張りぼての強さだ。


 こんな体たらくでは、博孝ひろたかには一生追いつけない。

 シウスは苦虫を噛み潰したような顔で、突きを受けた胸部をさする。



(時間がどれだけ残されてるかも分からないってのに……)



 フリードに作成してもらったチェインシャツは、損傷度が耐久限界値を超え、無残に破損していた。


 とはいえ、チェインシャツを着込んでいなければ、心臓を貫かれて即死だった。装備だけで済んだのは、不幸中の幸いである。



(拠点復活からの再戦も視野に――いや、弱気になるな。精神面で負けていたら話にならん)



 HPバーが全回復するまで、思考操作で上級ポットを使い続ける。先の一撃で残存した剣士のHPは、一割にも満たなかった。流石はエリアボスと言うべきか、驚異的な攻撃力だ。


 <ボマー・ストラス>も高火力だったが、<トランス・ダーキニー>はそれ以上の打撃力を備えているようである。



(防具をスケイルメイルに変えれば、重さで余計にスピード負けする。

 苦しいが、このまま行くしかない。残る問題は――)



 思考を遮るように、淡い色彩のシルエットが本殿に突っ込んで来た。


 今度は、無防備に食らうことはしない。エリアボスが袈裟切りに振るうタルワールを、ショートブレードが迎え撃つ。



「はあぁぁっ!」


「…………」



 刹那、二つの刀身が交差し、激突の衝撃が本殿を鳴動させる。

 互いにしのぎを削りながら、剣士と女神は相対した。



(やはり、膂力りょりょくは向こうが上か。細い腕して、理不尽な……)



 神使の狐が取り込んだのは、生産職のアバターだというのに。

 じりじりと押し込まれ、シウスは表情を曇らせた。



 ――時を同じくして、青年の視界が揺らぎ、仮想の空間は蜃気楼の如く頼りないものへと変貌する。



「な、何だ……!?」



 驚いて、バックステップで<トランス・ダーキニー>と距離を取る。

 シウスが周囲を見回すと、明らかな異常事態が発生していた。


 唐突に発生したノイズがエリアを侵食しており、本殿の内装に影響していたのである。



(どうなってやがる……! まさか、奴のスキル――違うか。

 プレイヤーの視界を歪めるなんて、いくらなんでもあり得ない)



 念のためにメニュー画面から<ステータス>を確認するが、状態異常にかかった様子はない。おそらく、これは仕様外の現象だ。


 <クロスガイア>のサーバ、およびシステムに、問題が起こったのか。

 あるいは、アバターの感覚再現が壊れてしまったのか。

 

 ゆらゆらと陽炎の如く歪んだ景色の中、剣士は気分を落ち着けるように息を吐く。



(ここまで来たら、どうでもいい。手と足がついてりゃ万々歳だ)



 なかばやけくそになりながら、シウスは敵へと突貫した。


 味覚、聴覚、視覚が故障しようと、剣を振るうことはできる。

 最悪、触覚だけになろうとも構わない。



(完全に戦えなくなる前に、奴の首を落とす!)



 思考操作で大剣を呼び出し、スキルの発動体勢を取る。

 エリアボスは攻撃を誘っているのか、直立不動のままだった。


 「それならそれで構わない」と言わんばかりに、シウスは走る。

 鋭い踏み込みと共に、最大威力の斬撃が放たれた。



「<タイタンスマッシュ>!」



 巨大化する鋼の刀身。身の丈を優に超える鉄塊を叩き付ける。

 しかし、手応えは皆無だった。


 渾身の一撃は、あっさりと曲刀に防がれ、女神の体には届かない。

 カウンター気味に、エリアボスの左膝が繰り出される。シウスは大剣を消し、再びショートブレードを手にした。


 武装変更で強引に割り込ませた剣と、膝蹴りが衝突する。

 柄を握る右手が痺れ、青年は思わず得物を取りこぼしてしまった。


 武器と防具を失ってしまっては、丸裸同然だ。

 淡色の羽衣をはためかせ、タルワールが閃く――その前に。



「――剣術だけと思うな」



 シウスの左拳が、女神の顔面に突き刺さった。

 予想外の強烈な反撃に、エリアボスはたたらを踏んで後退する。


 剣士は右足でブレードを蹴り上げ、柄を口にくわえた。

 そのまま、体勢を崩した敵に向かって突進。狙いは首筋だ。



「――――!」



 獣のような唸り声と共に、シウスの刃が閃いた。


 <トランス・ダーキニー>は間一髪、曲刀で防御するが、シウスの勢いに押され、本殿の壁に強く背中を打ち付けた。ほんの一瞬、力が弱まる。


 無論、青年はその隙を見逃さない。両腕をエリアボスの首に巻きつけるようにして、得意の投げ技に入った。



「でやあぁぁぁ!」



 ――白光の飛沫が散る。


 ノイズが走る視界の中、<トランス・ダーキニー>の頭部が床板を叩き割った。人間ならば、頭蓋骨骨折、あるいは頸椎けいつい損傷によって、致命傷となったことだろう。


 しかし、ここは仮想空間で、相手はエリアボスだ。HPバーが無くなるまでは、決して油断をしてはいけない。


 故にシウスは攻撃の手を緩めず、大剣を呼び出して天に掲げた。



「くたばれ」



 平坦な口調は、おぞましい響きと冷酷さをはらんでいた。

 上半身を本殿の床に埋没させた、無様な格好の女神に向かって、全力の両手剣が振り下ろされる。


 ――社殿建築が根幹から粉々になるような、圧倒的な衝撃。


 先程とは立場を逆に、エリアボスの体が木造の壁を貫通して、境内へと吹き飛ばされた。めくれ上がった床板の破片が宙を舞い、消えて行く。



「……ん?」



 あっけなく斬撃を受けた女神に、青年は首をひねった。

 ここまで上手く連続攻撃が決まるとは、何かがおかしい。



(奴のスピードがにぶった? ……エリアボスが手加減を始めるわけはない。原因は何だ?)



 シウスは、打突を受ける前と後で、<トランス・ダーキニー>の動きが違っているように感じていた。前後の差異と言えば――



(俺の視覚がぶっ壊れたことくらいだよなぁ。それで奴のスピードが低下するとは――いや、待て。変わったのは、奴ではなく、俺?)



 些細な違和感は、やがて推測へと移行する。


 蜃気楼の如く不確かな視界。味覚の喪失。聴覚の欠落。

 シウスは五感の内、三つに異常を抱えているが、それが異常ではなく正常・・から来るものだとしたら――


 相手の速度が遅くなったのではなく、自分の速度が向上したのだとしたら――



「……そういうこと、なのか?」



 アバターの感覚異常について、ある可能性が脳裏に浮かぶ。

 荒唐無稽こうとうむけいな仮説ではあるが、一応の納得はできた。


 シウスは本殿の壁に開いた穴から境内に飛び出す。

 羽衣を纏う少女は何事もなかったかのように立ち上がっていた。


 敵のHPバーは残り半分以下。攻撃は、しっかりと通じている。

 剣士はショートブレードを正眼に構え、再びスキルの発動体勢を取った。



(俺の考えが確かならば……)



 呼吸を整え、石畳を蹴る。紺と水色の影が、風を切って駆けた。

 両者の踏み込みは、全くの同時。


 しかし、<トランス・ダーキニー>のタルワールが、シウスの剣よりも速く、陽光を浴びて煌めいた。


 がしゃり、と気味の悪い、無機質な金属音。

 淡い光の欠片が、粉々になって散乱する。

 

 女神の斬撃は、竜鱗で作られた重装甲・・・・・・・・・・を破壊していた。



「クロス――」



 スケイルメイルを投げつけた青年は、残骸の隙間から表情を覗かせた。

 凍てついた殺意を宿す双眸そうぼうが、少女の瞳を射抜く。



「――エッジ」



 そして、剣士のスキルは、微塵の容赦もなく絶命を具現した。


 ショートブレードの連撃が、エリアボスの首を薙ぎ、胴を断ち切る。

 三つに分かたれた女神の体は、一瞬の後に閃光を放ち、爆散した。


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