3.
長々と続く石段を踏みしめ、シウスとハルは歩みを進める。
土砂降りの豪雨はぴたりと止まり、天からは日の光さえ差し込みつつあった。
あたかも、台風の目に入ったかのような静寂が、二人を包む。
紺色の剣士と水色の錬金術師は互いに無言のまま、手にした傘を閉じ、思考操作で<アイテムインベントリ>に収容する。
上方を見やる青年の瞳には、水滴を滴らせる朱色の鳥居が映った。
央都の北部に位置するリムノレイアより、さらに北へ3キロ。
新たなエリアは拠点同様、和風の景観を誇示していた。
「<メドラウト大社>?」
額束代わりの空間投影ディスプレイに表示された施設の名称に、ハルが疑問符を浮かべる。「大社」にもかかわらず片仮名が混在しているのは不可解なのだろう。
「ライオネル、イヴァンに続いて、メドラウトか。
もっと有名どころがあっただろ……悪趣味すぎるぞ」
他方、シウスはその不吉さに眉をひそめる。
鉱山・海中宮殿・大社の名称には、法則性を見出すことができた。
「何の話?」
「これらは全て、円卓の騎士の名前です。
アーサー王伝説は知っていますよね?」
「……全然」
この手の話題には疎いらしく、ハルは首を横に振った。
最近の子は知らないのかな、などと爺臭い感想を抱いた自分に苦笑し、シウスは説明に移る。
「三人の中で一番有名なのは、メドラウト……モードレッドでしょう」
鳥居をくぐって境内へ上がりながら、「悪い意味で」と剣士は付け足した。
モードレッドは、円卓の崩壊とブリテンの滅亡に大きく関わっている。
「円卓が真っ二つに割れた原因は、ランスロットと王妃グィネヴィアの不倫ですが、密会の現場を押さえたメンバーの一人がモードレッドです」
その結果、アーサーは最も信頼した騎士であるランスロットと戦わざるを得なくなり、ガリアへ出兵する。留守を預かったモードレッドは、王が不在の隙を突いて謀反を起こし、王位を簒奪した。
そして、カムランの戦いでアーサーとモードレッドは相打ちとなる。
「要するに、悪役?」
「……簡単に言えば、そうです」
やや遅れて、黒髪の少女も境内に上がって来る。その直球な物言いに、青年はため息をついた。
物語を繙けば、モードレッドがアーサーを憎むのは当然だ。
モードレッドの母親・モルゴースは、コーンウォール公・ゴルロイスとイグレーンの娘であり、アーサーは父王・ウーサーがイグレーンを奪って身ごもらせた不義の子である。
父親違いの姉弟であるアーサーとモルゴースの間に生まれたのがモードレッドであり、これまた不義の子なのである。
マーリンが「5月1日生まれの子供が王国を滅ぼす」と予言したことで彼は海に流されたが、奇跡的に助かり、円卓の騎士としてアーサーの前に戻って来る。
その後、予言通り、モードレッドは王国を滅ぼしたのだ。
(昼ドラもびっくりの展開だからなぁ……)
デリカシーの無さに定評があるシウスも、そこまでは話さなかった。
仮に話していれば、ノイエあたりに怒られること請け合いだろう。
「とにかく、社の名前としては不適切でしょう」
「……円卓マニア」
「いえ、後世の創作が多すぎて、あまり好きじゃないです。
ランスロットの存在なんかは、後付けだとはっきりしていますし」
広々とした境内に敷かれた石畳の先――前方に鎮座する社殿建築を眺め、返答する。
朱を基調とした鮮やかな色彩。五つの鈴からは紅白の布が垂れ下がる。
大型の拝殿は、見る者を圧倒するような雰囲気があった。
<クロスガイア>のベースはギリシャ神話だと思っていたが、和洋折衷のつもりだろうか。グラフィックの出来は見事だが、運営も節操がない。
(アーサー王伝説とギリシャ神話だったら、似たような話があるが……)
クロノスは父王・ウラノスを倒し、神々の王となるが、息子・ゼウスによって倒された。また、クロノスはレアと、ゼウスはヘラと結婚しているが、どちらも姉弟である。
オイディプスはテバイへの旅の途中、父王・ライオスを、それと知らず殺してしまう。その後、スフィンクスを退治してテバイの王となった彼が妻としたのは、己の母であるイオカステだった。
神話に造詣が深いノイエがいれば、より詳細な議論を交わすこともできるのだが、現状では不可能だ。
無いものねだりをしていると、表情に出ていたのか、ハルが怪訝そうな様子で訊いて来る。
「また難しい顔してる。悩み?」
「……倫理観の差異について考えていただけです」
「意味が分からない」
「多分、分からない方がいいと思います」
茶を濁して、探索を再開する。
(……何もないみたいだな。本殿を探すか)
拝殿に近づいて、つぶさに観察してみても、特に変わった様子はない。
しかし、見覚えのある造りをしていた。おそらく、シウスはこの拝殿のモチーフを、直接目にしたことがある。
神社仏閣と言えば京都だが、中学時代の修学旅行で一度訪れたきりで、なかなか思い出せない。
――そんな思索を、少女の声が中断させる。
「あ、狐……」
振り返った青年の目に、白い毛並みをした一匹の狐が飛び込んできた。
ノンアクティブのモブなのか、狐は境内の中央で、じっと動かない。
どこから出て来たのやら、とシウスは内心で首をかしげる。
一方、ハルはしゃがみこんで、狐と目を合わせていた。
(――白い狐?)
微笑ましい光景だというのに、シウスは猛烈に嫌な予感がした。
記憶を呼び起こすべく、思考が回転を始める。
(狐……野干……ジャッカル……っ荼枳尼天か!?)
ようやく、モチーフに行き着き、慌てて背後の建築物を再確認する。
細部の造りが異なる上、外拝殿が存在しないが、この内拝殿は――
(伏見稲荷大社!? それなら、あの狐は……!)
錬金術師の少女が、頭をなでようと白い狐に手を伸ばす。
神仏習合思想において、荼枳尼天と同一視される稲荷神――宇迦之御魂神の使いに。
「そいつから離れろ!」
「え……?」
必死の叫びも空しく、ローブから覗く小さな掌が、神使に触れた。
――瞬間、溢れ出す閃光が境内を包み込み、炸裂する。
突発的に生じた暴風に煽られながら、シウスはショートブレードを呼び出して戦闘態勢を取った。
(ドッペルゲンガーと同じパターン……迂闊だった……)
事前の注意喚起を怠ったことを悔やみながら、眼前を睨み付ける。
収束する光の内側からは、何かが現れようと蠢き――
――ふわりと、淡い水色の薄絹が翻った。
地面と触れ合うほどに伸びた黒髪。右の掌に握られたタルワールが陽光を照り返し、禍々しい輝きを放つ。
羽衣を纏う肢体は、強制的に成長させられており、少女には似合わない妖艶さを醸し出していた。
無機質な紫の瞳は、剣士の驚愕をそのまま映す。
仲間だったはずの存在に刃を向けられ、シウスは唇を噛んだ。
「どこまでも悪趣味な……!」
剣を携えた水色の女神――それが、錬金術師のなれの果て。
荼枳尼天が稲荷信仰を取り込んだように、宇迦之御魂神の使いはハルを取り込み、アバターを変質させた。
このボスを倒せば、彼女は無事に戻って来るのだろうか。
撃破と共に、プレイヤーの意識まで消滅してしまうのでは――
――否、それ以前の問題だ。
(俺は仲間を切れるのか……?)
断ち切ったはずの迷いが、激しく再燃し始めた。
想定外にもほどがある事態に、思考が上手く纏まらない。
「…………」
自我を奪われ、敵となった少女は、その隙を見逃さなかった。
エリアボス<トランス・ダーキニー>は曲刀を構え、疾風の如く境内を駆け抜ける。
石畳から伝わる振動で、青年が我に返った時には、全てが遅すぎた。
(不味い!)
迷いとアバターの不調という二重苦に苛まれたシウスに、凶刃を避ける術はない。女神のタルワールは、容赦なくシウスの心臓に狙いを定め――
――白色のエフェクトが、粉雪のように舞い上がった。




