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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
七章「夢幻の深化」
34/49

3.

 長々と続く石段を踏みしめ、シウスとハルは歩みを進める。

 土砂降りの豪雨はぴたりと止まり、天からは日の光さえ差し込みつつあった。

 あたかも、台風の目に入ったかのような静寂が、二人を包む。


 紺色の剣士と水色の錬金術師は互いに無言のまま、手にした傘を閉じ、思考操作で<アイテムインベントリ>に収容する。

 上方を見やる青年の瞳には、水滴を滴らせる朱色の鳥居が映った。


 央都の北部に位置するリムノレイアより、さらに北へ3キロ。

 新たなエリアは拠点同様、和風の景観を誇示していた。



「<メドラウト大社>?」



 額束がくづか代わりの空間投影ディスプレイに表示された施設の名称に、ハルが疑問符を浮かべる。「大社」にもかかわらず片仮名が混在しているのは不可解なのだろう。



「ライオネル、イヴァンに続いて、メドラウトか。

 もっと有名どころがあっただろ……悪趣味すぎるぞ」



 他方、シウスはその不吉さに眉をひそめる。

 鉱山・海中宮殿・大社の名称には、法則性を見出すことができた。



「何の話?」


「これらは全て、円卓の騎士の名前です。

 アーサー王伝説は知っていますよね?」


「……全然」



 この手の話題にはうといらしく、ハルは首を横に振った。

 最近の子は知らないのかな、などと爺臭い感想を抱いた自分に苦笑し、シウスは説明に移る。



「三人の中で一番有名なのは、メドラウト……モードレッドでしょう」



 鳥居をくぐって境内けいだいへ上がりながら、「悪い意味で」と剣士は付け足した。

 モードレッドは、円卓の崩壊とブリテンの滅亡に大きく関わっている。



「円卓が真っ二つに割れた原因は、ランスロットと王妃グィネヴィアの不倫ですが、密会の現場を押さえたメンバーの一人がモードレッドです」



 その結果、アーサーは最も信頼した騎士であるランスロットと戦わざるを得なくなり、ガリアへ出兵する。留守を預かったモードレッドは、王が不在の隙を突いて謀反むほんを起こし、王位を簒奪さんだつした。


 そして、カムランの戦いでアーサーとモードレッドは相打ちとなる。



「要するに、悪役?」


「……簡単に言えば、そうです」



 やや遅れて、黒髪の少女も境内に上がって来る。その直球な物言いに、青年はため息をついた。


 物語をひもとけば、モードレッドがアーサーを憎むのは当然だ。


 モードレッドの母親・モルゴースは、コーンウォール公・ゴルロイスとイグレーンの娘であり、アーサーは父王・ウーサーがイグレーンを奪って身ごもらせた不義の子である。


 父親違いの姉弟であるアーサーとモルゴースの間に生まれたのがモードレッドであり、これまた不義の子なのである。


 マーリンが「5月1日生まれの子供が王国を滅ぼす」と予言したことで彼は海に流されたが、奇跡的に助かり、円卓の騎士としてアーサーの前に戻って来る。


 その後、予言通り、モードレッドは王国を滅ぼしたのだ。



(昼ドラもびっくりの展開だからなぁ……)



 デリカシーの無さに定評があるシウスも、そこまでは話さなかった。

 仮に話していれば、ノイエあたりに怒られること請け合いだろう。



「とにかく、やしろの名前としては不適切でしょう」


「……円卓マニア」


「いえ、後世の創作が多すぎて、あまり好きじゃないです。

 ランスロットの存在なんかは、後付けだとはっきりしていますし」



 広々とした境内に敷かれた石畳の先――前方に鎮座する社殿建築を眺め、返答する。

 

 朱を基調とした鮮やかな色彩。五つの鈴からは紅白の布が垂れ下がる。

 大型の拝殿は、見る者を圧倒するような雰囲気があった。


 <クロスガイア>のベースはギリシャ神話だと思っていたが、和洋折衷のつもりだろうか。グラフィックの出来は見事だが、運営も節操がない。



(アーサー王伝説とギリシャ神話だったら、似たような話があるが……)



 クロノスは父王・ウラノスを倒し、神々の王となるが、息子・ゼウスによって倒された。また、クロノスはレアと、ゼウスはヘラと結婚しているが、どちらも姉弟である。


 オイディプスはテバイへの旅の途中、父王・ライオスを、それと知らず殺してしまう。その後、スフィンクスを退治してテバイの王となった彼が妻としたのは、己の母であるイオカステだった。


 神話に造詣ぞうけいが深いノイエがいれば、より詳細な議論を交わすこともできるのだが、現状では不可能だ。

 無いものねだりをしていると、表情に出ていたのか、ハルが怪訝そうな様子で訊いて来る。



「また難しい顔してる。悩み?」


「……倫理観の差異について考えていただけです」


「意味が分からない」


「多分、分からない方がいいと思います」



 茶を濁して、探索を再開する。



(……何もないみたいだな。本殿を探すか)



 拝殿に近づいて、つぶさに観察してみても、特に変わった様子はない。


 しかし、見覚えのある造りをしていた。おそらく、シウスはこの拝殿のモチーフを、直接目にしたことがある。


 神社仏閣と言えば京都だが、中学時代の修学旅行で一度訪れたきりで、なかなか思い出せない。


 ――そんな思索を、少女の声が中断させる。



「あ、狐……」



 振り返った青年の目に、白い毛並みをした一匹の狐が飛び込んできた。

 ノンアクティブのモブなのか、狐は境内の中央で、じっと動かない。


 どこから出て来たのやら、とシウスは内心で首をかしげる。

 一方、ハルはしゃがみこんで、狐と目を合わせていた。



(――白い狐?)



 微笑ましい光景だというのに、シウスは猛烈に嫌な予感がした。

 記憶を呼び起こすべく、思考が回転を始める。



(狐……野干やかん……ジャッカル……っ荼枳尼天だきにてんか!?)



 ようやく、モチーフに行き着き、慌てて背後の建築物を再確認する。

 細部の造りが異なる上、外拝殿げはいでんが存在しないが、この内拝殿は――



(伏見稲荷大社!? それなら、あの狐は……!)



 錬金術師の少女が、頭をなでようと白い狐に手を伸ばす。

 神仏習合思想において、荼枳尼天と同一視される稲荷神――宇迦之御魂神うかのみたまのかみの使いに。



「そいつから離れろ!」


「え……?」



 必死の叫びも空しく、ローブから覗く小さな掌が、神使に触れた。

 ――瞬間、溢れ出す閃光が境内を包み込み、炸裂する。


 突発的に生じた暴風に煽られながら、シウスはショートブレードを呼び出して戦闘態勢を取った。



(ドッペルゲンガーと同じパターン……迂闊だった……)



 事前の注意喚起を怠ったことを悔やみながら、眼前を睨み付ける。

 収束する光の内側からは、何かが現れようとうごめき――


 ――ふわりと、淡い水色の薄絹がひるがえった。


 地面と触れ合うほどに伸びた黒髪。右の掌に握られたタルワールが陽光を照り返し、禍々しい輝きを放つ。


 羽衣を纏う肢体は、強制的に成長させられており、少女には似合わない妖艶さを醸し出していた。


 無機質な紫の瞳は、剣士の驚愕をそのまま映す。

 仲間だったはずの存在に刃を向けられ、シウスは唇を噛んだ。



「どこまでも悪趣味な……!」



 剣を携えた水色の女神――それが、錬金術師のなれの果て。

 荼枳尼天が稲荷信仰を取り込んだように、宇迦之御魂神の使いはハルを取り込み、アバターを変質させた。


 このボスを倒せば、彼女は無事に戻って来るのだろうか。

 撃破と共に、プレイヤーの意識まで消滅してしまうのでは――


 ――否、それ以前の問題だ。



(俺は仲間を切れるのか……?)



 断ち切ったはずの迷いが、激しく再燃し始めた。

 想定外にもほどがある事態に、思考が上手く纏まらない。



「…………」



 自我を奪われ、敵となった少女は、その隙を見逃さなかった。

 エリアボス<トランス・ダーキニー>は曲刀を構え、疾風の如く境内を駆け抜ける。


 石畳から伝わる振動で、青年が我に返った時には、全てが遅すぎた。



不味まずい!)



 迷いとアバターの不調という二重苦にさいなまれたシウスに、凶刃を避ける術はない。女神のタルワールは、容赦なくシウスの心臓に狙いを定め――



 ――白色のエフェクトが、粉雪のように舞い上がった。



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