1.
前日の陽気が嘘のように、央都には雷鳴が轟き、豪雨が叩き付ける。
季節外れの台風を思わせる暴風雨の中では、プレイヤー達は探索を見送らざるを得ず、各々の自室で休息を取っていた。
宿屋の一階では、三人のプレイヤーが円形のテーブルを囲う。
ソファに座るのは、赤毛の鍛冶師と金髪の占術師、銀髪の狩人。
全員が、一様に暗い表情をしている。失踪した仲間の情報は、まるで集まらなかった。
(あの人に頼りすぎていましたね……)
白衣の少女は、過去の己を反省せずにはいられない。
このパーティーの精神的支柱は、間違いなくシウスだった。
如何に彼の存在にすがっていたか、ノイエは嫌というほど思い知る。
剣士が失踪して、丸一日。
三人は手分けして聞き込みを行ったが、情報が錯綜しており、彼がどこへ消えたのかは分かっていない。
「――今、判明している情報だけでも整理しませんか」
凛とした声が、歓談スペースに満ちる雨音を切り裂いた。
強がりを多分に含んでいても、無言よりはずっといい。
現在、シウスはいないのだ。自分がそれを補えなくて、何が相棒か。
「そうだな。あいつが北か西に向かったのは確かなんだろ?」
「うむ……どちらかは偽装であろう。軍師ならば、その程度の情報操作はお手の物よな」
フリードの問いかけに、ゼフィラが推測を交えつつ頷いた。
シウスが猛烈なスピードでアウレリアを走っていた、という証言は複数得られている。方角は、北と西の二通りだ。
「<ギガントマキア>が<ヴァーリ山脈>の攻略に向かった、という話も気になります。わざわざ、人気の多い方角へ進むでしょうか?」
「我も魔弾の射手に同意だ」
黒衣の少女は「システムウィンドウ」と呟くと、<メールボックス>を展開し、一通のメールを空間投影ディスプレイに映した。
『更新日時
2105年4月22日(水)16:47
更新内容
・<アイテムショップ>、<武具屋>の在庫拡張
なお、これは<エポナ大森林>のエリアボス<ファントム・ユニコーン>の討伐によるボーナスです』
文面を再確認してかぶりを振ると、フリードは大きく息を吐いた。
エリアボスの討伐は、もはやシウスの専売特許のようなものである。
<エポナ大森林>がアウレリアの北部に位置する以上、彼は大陸北方面へ向かった可能性が高い。
「やっぱ、あいつだよなぁ……。これで三体目だぜ?」
「それが事実ならば、遂に単騎討伐ということかの。あるいは、新たな同志を得たか」
「どちらも、喜ばしいことではありますが――」
ノイエは目を閉じて沈黙する。
問題は、剣士が異常な速度で成長を続けているということだ。
彼の意識とアバター・シウスの間に齟齬が生まれれば、反応速度の低下に留まらず、予想もつかない弊害をもたらしかねない。
(あなたの身に、何が起きているのですか?)
彼が行方をくらませたのは、何らかの障害に見舞われたためだろう。
そして、自分達に探索を止められることを避けたかった。
ここまでは、正鵠を射ているはずである。
(嫌な予感がします……どうか無事でいて下さい……)
だが、気になるのはそれだけではない。
ノイエはゼフィラを密かに見やった。
黒衣の少女は悩ましげな顔で腕組みをしている。最近は、剣士と同じく占術師も様子がおかしかった。
<海上都市パルマ・ロッサ>に到着した直後、フリードの連絡を受けた際、彼女はあからさまに動揺していた。あたかも、<ギガントマキア>と確執があるかのように。
(もしかすると、<青枝>のギルドメンバーだったのかもしれませんね)
シウスの話では、LF二大ギルドはライバル関係にあったらしい。
彼女が<青枝の騎士団>に所属していたならば、偽物の確率が高いとはいえ、宿敵の名前に思わず慌ててしまっても納得だ。
最初の邂逅でシウスに好意的だったのは、友好ギルドの間柄だったからか。
LF出身という素性を隠している理由に関しては釈然としないが――
そんな思索を行っている内に、赤毛の青年は二人に問うていた。
「討伐メールって、その一通だけなんだよな。じゃあ、ヴァーリのボスはどうなっちまったんだ?」
「然り。まがい物とはいえ、<ギガント>は百人規模のメンバーを集めていたと聞く。それだけの戦力を有しながら、討伐を失敗するとは思えぬ」
「エリアボスまで辿り着けなかったのでしょうか?」
<ヴァーリ山脈>という名称は、実に険しそうである。
探索に手間取ってキャンプを張ったが、今日になって突然の嵐に遭遇。撤退を余儀なくされた、という可能性はある。
あるいは、鉱山のように元々エリアボスが存在しなかったか。
しかし、央都を囲うエリアの中で、一か所だけが例外とは考えにくい。
「……まさか、な」
ふと、ゼフィラがこぼした言葉は、妙な不吉さを感じさせた。
ノイエが詳しく問いただそうとした瞬間、彼女は席を立つ。
「ゼフィラさん?」
「しばし、外へ出ようと思う」
短い返答を残して、黒衣の少女は歓談スペースを後にする。
宿屋の入り口で透明なビニール傘を広げると、肩にかかる程度の金糸の髪は雨中へと消えて行った。
「…………」
謎めいた占術師は、その深紅の瞳に何を浮かべているのか。
ノイエには、まだ分からない。吉事であれば良いのだが。
宿屋を襲う雨風は、さらに勢いを増しつつあった。
◆
――始まりは、闇に浮かぶ泡沫の如き、まどろみ。
ここはどこなのか。どうしてここにいるのか。
自分は誰なのか。いつ、生まれ出でたのか。
何一つはっきりとしない意識の果てで、名前を呼ばれた気がした。
自分を示す識別子。それを知っていることに、不可解さを覚える。
しかし、それを忘れるほどの多大な安心感があった。
独りではない。ただ、それだけのことが無性に嬉しくて「喜び」という感情を理解した。
やがて、理由も分からぬまま、己を呼ぶ声は途絶えてしまう。
「哀しみ」と「怒り」を知るまで、さして時間は要さなかった。
あの時「置いて行かないで」と、伝えなければならなかった。
自分も共に在りたいのだと、高らかに謳うことができたならば。
最後の感情が生まれるまでは、遥か遠く。
仮初の世界の奥底で、来る日を永久に待ち続ける――
◆
「…………?」
わけも分からぬままに、青年剣士は目を覚ました。
半分眠っている意識で周囲を窺えば、薄暗い和室が確認できる。
昨日の夕方、到着した新たな拠点<林泉都市リムノレイア>の宿屋。
プレイヤーに割り当てられた部屋の内装は、まるで旅館の一室だった。
畳の上に敷かれた布団の上で、身を起こす。
天井の蛍光灯から垂れ下がる紐を引くと、途端に室内は明るさを増した。
「システムウィンドウ」
音声認識で展開したメニュー画面が示す時刻は、午前7時22分。
天候が悪いのか、障子の外側に日の光を感じない。雨音でも聞こえれば簡単に判断が可能なのだが。
とはいえ、アバターの不調よりも奇妙な現象が発生していた。
シウスが覚醒する直前の光景は――
(VR空間で夢? そんなはずはないが……)
片手で目頭を押さえながら、ありえざる事態に息をつく。
眠っている間に、脳が情報を整理するから人間は夢を見るのだ。
CGのサーバに閉じ込められ、肉体と自我が隔絶されている現状では、それは絶対に起こりえない。
(だったら、意識の交錯か? 大昔のラジオじゃあるまいし……)
22世紀の現代において、脳波通信が混線するなど聞いたこともない。
加えて、フレンド一覧には昨日登録したハル一人しか載っていない。
――あるいは、自分の気のせいだったのだろうか――
「それにしても、なぁ」
孤独をありありと感じ取れる、悲しい夢だった。
内容に顔をしかめて、寝心地のいい布団に背中から倒れ込む。
忠は物心つく前に両親を交通事故で失い、唯一の家族である祖父も病で失った。故に、独りきりの苦痛は良く分かるのだ。
友人や仲間の大切さも、同じである。人は一人では生きられない。
シウス個人の力など、本当に微々たるものである。でなければ、こんな無様は晒していない。
(……メシにするか。味は感じられなくても、腹は減るし)
過ぎたことをうじうじと悩んでいても仕方がない。
腹を満たせば、少しは気分も紛れるだろう。
思考を打ち切ると、シウスは身だしなみを整えるため、自室の洗面所へと向かった。




