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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
六章「追憶の連鎖」
31/49

4.

 枯葉の敷き積もった林間を青粕毛あおかすげの一角馬は駆け抜ける。

 しなやかな筋肉から生み出される脚力は、サラブレッドの如く、エリアボスに爆発的な加速をもたらした。


 直線上には、腰までの黒髪を首の後ろで束ねた<錬金術師>。

 水色のローブに包まれた小柄な肢体が、眼前の暴力に萎縮いしゅくする。


 角を突き立てながらの突進が、容赦なく少女に襲い掛かり――



「――これだから、ユニコーンは嫌いなんだ」



 紺色の服を着た青年の振るう両手剣が、無造作に四脚を払った、

 己の速度によって、灰色の馬身はもんどり打ってひっくり返る。


 敵の醜態しゅうたいを、ふんと鼻であしらい、剣士は大剣を消した。

 思考操作でショートブレードを呼び出すと、その切っ先を馬に向ける。



「純潔の乙女にしか心を開かないとか、どんな性癖だ?

 スレイプニルやグラニ、ペガサスに土下座して謝れ!」


「……馬って土下座できるの?」



 冗談が腸捻転ちょうねんてんを起こしたような発言に、背後のハルが突っ込んだ。

 仮想のエリアボスに、現実の伝承を当てはめるのはかわいそうである。


 シウスは意図的にそれを無視すると、剣を掲げて走り出した。

 一角馬はすでに体勢を立て直している。刀身と螺旋を描く穂先が、真っ向から激突する。



「<パワーブレード>!」



 大地を鳴動させ、打ち砕くほどの一撃が、幻想の獣に襲い掛かった。

 粒子状の白光が火花を散らして儚く消える。


 灰色の馬身は額の角で刃を受け止めると、スキルの衝撃を利用して後方へ跳躍した。瞬間、その体躯がぶれ、無数に分身し始める。シウスとハルを包囲するように灰色の影は増殖し、遂には五十を超えた。



「……また増えた」



 辟易へきえきとした様子で眉をひそめ、水色のローブを纏う錬金術師は呟いた。

 この分身魔法にどれほど苦しめられたことか。


 本物を見破れなかったせいで、せっかく生成した攻撃アイテムを無駄に消費してしまったのである。はっきり言って大赤字だ。



「臆病者が……」



 一方、吐き捨てるように剣士はこぼす。<ボマー・ストラス>といい、<ファントム・ユニコーン>といい、正面からかかって来いというのだ。

 

 シウスの触覚は誤魔化せない。光学迷彩だろうが幻影だろうが、実体がそこにあるならば、大気振動から敵の位置を逆算できる。


 二股に割れたひづめで地を叩き、数十頭のエリアボスは同時に動き出した。

 相手の感覚が一般のプレイヤーを超越していることなど知る由もない。


 二人のアバターを幻惑するように入り乱れ、突進を繰り出し――



「<サイクロンエッジ>!」



 ――あえなく、輪舞する刃に撃ち落とされた。



「…………」



 意味不明の光景に、少女は両手で頭を抱えた。瞳と同じ紫色のリボンで結ばれた黒髪が、くしゃくしゃに乱れてしまう。


 何がどうなっているのだ。自分があれほど苦しんだ分身攻撃が、シウスには全然通用していない。


 アルベルト一味に捕縛されていた時、ユーニスタ郊外で彼の戦闘を見たことはある。そのときから強いと思っていたが、今の迎撃には度肝を抜かれたと言っていい。


 <ファントム・ユニコーン>の幻影は実物と同一の姿をしている。

 些細な差異があったとしても、視界の悪い森林を高速で走り回られたら判別するのは至難の業だ。



「<アーマーブレイカー>!」



 だというのに、青年は迷うことなく大剣を突き出した。

 神速の刺突が一角馬の腹部を貫き、白い飛沫状のエフェクトが生じる。


 あわれ灰色の体躯は樹海の大木にはりつけにされた。


 酷薄な剣士の姿は、かの串刺し公・ヴラド3世を想像させる。

 死に物狂いでもがくエリアボスの耳に、無常の宣告は届くだろうか。



「<タイタンスマッシュ>!」



 馬耳東風――春を告げる東風が吹いたところで、馬は何も感じない。

 しかし、己の死刑を告げる言葉は最低限、聞き入れるべきだった。


 両手剣は瞬間的に質量を増す。剣士は巨大化した鋼を強引に薙ぎ払い、骨肉を断ち切った。一角馬の苦悶の叫びが、空しくエリアに木霊する。



「えぐい……」



 まるで、目の前で桜肉をさばいているようだった。流血表現は淡雪の如く置換されているが、未だ幼い錬金術師には刺激が強すぎる。



「楽にしてやろう」



 ハルが目を逸らした隙に、青年はエリアボスの首をね飛ばした。





「素材アイテムの採取ですか。

 つまり、このエリアは錬金術師にとっての鉱山なんですね?」


「それに近い。そろそろ、蘇生アイテムが生成できてもいい頃」


「解禁されたのに、まだ見つかってませんからね。

 ポットの回復量も物足りなくなって来ましたし……」



 二人のプレイヤーは並び立って、夕暮れの樹海を進む。


 どちらも黒髪であり、一見、年の離れた兄妹を思わせる容姿だが、血の繋がりはもちろん皆無だ。そも、アバターに血液は流れていない。


 剣士はちらりと隣の錬金術師を見やる。

 紫色のリボンで束ねられた黒髪が、尻尾のように揺れていた。


 淡い水色の衣装に包まれたハルの背丈は、己の肩ほどまでしかない。

 こんな小さなプレイヤーがエリアボスと一対一で戦っていたのだから、大した気概である。


 先の戦いは、相性の良さが如実に味方した上での勝利だ。

 生産職の彼女がシウスの到着まで持ちこたえた事実は、評価に値する。



(俺の都合に巻き込みたくはないが……)



 思惑を悟られぬよう、内心でため息をつく。


 ハルに同行の許可を求められたシウスは、一度は断ろうとした。

 しかし、拠点へ帰還した彼女に仲間が聞き込みをすれば、居場所が一発でばれてしまう。結局、申し出を受けるしかなかった。



「……シウス、あれ」



 青年の事情を知らず、少女は淡々とした口調で前方を指差した。

 視線をやると、茜色の夕日が樹海の出口より差し込んでいる。


 どうやら、<エポナ大森林>を踏破したようだ。夜営を挟むこともなくエリアを攻略できたことに、シウスは一つ息を吐く。


 光差す木立を抜けた先に、見えたものは――



「……神社?」



 夕闇に浮かぶ拠点の景観は、日本古来の建築様式を示す。


 森厳しんげんとした神門の両脇には、それぞれ像が控えている。

 左側に獅子、右側に狛犬。二匹は互いに向き合っていた。


 低い段差をいくつも越え、シウスとハルは像の間を抜ける。

 雄大な神門をくぐり抜けると、風景はさらに広がりを増した。



「に、日本庭園? どうなってんだ、これ……」



 自然豊かな街は、まるで平等院の浄土式庭園を拡大したかのようだ。

 建築物はもれなく日本家屋であり、魔法の光を宿した石灯籠いしどうろうが五重塔をライトアップする。


 極楽浄土を再現した泉の上には、朱色の大鳥居が浮かんでいる。

 あたかも厳島のシンボルが、そのまま仮想空間に転移したようだった。


 <林泉りんせん都市リムノレイア>。

 連綿と続く伝統を、深いおもむきと共に表す拠点は、二人の心をとらえて離さない。



「……絶景。これだけいい仕事ができるくせに、

 運営は何でデスゲームなんて開いたのか、理解不能」


「…………」



 ハルの素直な感想に、NPCの言葉を回顧する。

 眼鏡の司書は、シウスの問いを否定した。

 

 ――この度の事態は我々の策略ではございません――


 MAS社――株式会社マイクロ・エース・システムズは、業界でも大手のオンラインゲーム企業だ。

 昔からグラフィックの美しさには定評があり、忠が<クロスガイア>に惹かれた理由の一つはそれである。


 事実、VR空間の出来の良さは、初日の時点で感じたことなのだ。



(そうだ、アイテム課金に頼らなくても、十分な利益を出せる。

 <クロスガイア>には、それだけの魅力があるはずなのに……)



 司書の言うことはもっともだ。運営がデスゲームを実施したという論拠は、運営チームを自称するメールだけ。そんなもの、簡単に偽造できる。


 一度は賭博を疑い、その説は脆くも崩れ去った。

 次なる可能性は、今まで浮かんで来なかったが――



(黒幕は、MAS社に責任を押し付けようとしている、とか?)



 大企業に怨恨えんこんを抱く複数のエンジニアがCGのサーバをクラッキング。

 そして、数千人規模のユーザーを閉じ込め、昏睡状態に陥らせる。


 犯人が捕まったところで、セキュリティの脆弱性ぜいじゃくせいは明白だ。

 世間からはMAS社への非難が殺到し、株価は大暴落するだろう。

 そうなれば最悪、倒産もあり得るかもしれない。


 ここに来て浮上した新たな説に、シウスはうなった。

 かなり飛躍した考えだが、可能性は消し切れない。



(GMを見つけ出して、事情聴取を行うべきだな。

 共闘できるならば、それに越したことはない……)



 今回の事件がサイバー攻撃によるものかどうかは、まだ分からない。


 しかし、ゲームマスターの協力が得られれば、調査は進展する。

 NPC曰く、GMルームへのアクセスは頻繁に行われているのだ。彼らの保持する情報は、事態の打破に必ず役立つはず。



「どうした、難しい顔して」



 悩み始めた青年を案じて、少女は声をかける。

 シウスは思い切って、ハルに全てを打ち明ける決心をした。


 年若いプレイヤーを巻き込むのは情けない限りだが、己の体はいつまで保つかも定かでない。遺志を受け継ぐ存在は、どうしても必要だった。



「貴方に今までのことを聞いて欲しい」


「…………?」


「二日目に解禁された復活、エリアボスの討伐、<ギガントマキア>、

 ゲームマスター、アバター・シウスの異常。その全てを話します」



 いきなりの告白に、水色の錬金術師は目をいた。


 紺色の剣士が、いわゆるトッププレイヤーであり、攻略の最前線にいることは理解していた。しかし、彼こそが<アーマード・ヒュドラ>を討伐し、デスゲームを半分終わらせた人物だとは、想定外だったのだ。



「私は――」



 一度、口をつぐむ。この返事は、軽々しく行ってはならないと思った。

 解答は決まっている。だからこそ、きっちりと伝え切るのだ。



「私は、あなたに助けられた。あの時は怖い人かと思ったけど、あなたは今日も来てくれた。本当に、感謝してる」



 ユーニスタに拉致監禁された時、自分の人生は終わったと思った。


 姉のユウナギとその恋人・ヤマセが救出に来てくれたものの、監視員に気付かれて再び捕まった。その絶望は、今でも脳裏にこびりついている。


 ――それでも、救いの手を差し伸べる六人のプレイヤーがいた。


 シウス、ノイエ、ゼフィラ、オズマ、エーギル、クラレット。

 一番星のように光り輝く彼らの雄姿は、一生忘れないだろう。


 ハルは深呼吸して、続きを述べた。



「だから、今度は私が助けになる。何でも話して」


「……ありがとう、ございます」



 青年の声が震えていたのは、気のせいではないだろう。

 黄昏たそがれる拠点に抱かれて、二人は単なる同行者から真の仲間となった。





『FROM  運営チーム

 TITLE  仕様の更新のお知らせ


 この度は、<クロスガイア>をプレイしていただき、誠にありがとうございます。

 以下の日時において、仕様の更新がなされたことを報告させていただきます。


 更新日時

 2105年4月22日(水)16:47


 更新内容

 ・<アイテムショップ>の在庫拡張

 ・<工房>の機能拡張


 <アイテムショップ>に新たなアイテムが入荷しました。

 また、<工房>で作成可能なアイテムが増加しました。


 なお、これは<エポナ大森林>のエリアボス<ファントム・ユニコーン>の討伐によるボーナスです。


 今後とも、<クロスガイア>をよろしくお願いいたします』


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