2.
アウレリアの西地区を駆け、シウスは拠点の外へ向かう。
その道すがら、色とりどりの衣服を着たアバターが散見された。
ギルドメンバーを募集する者、独り腕組みして施設の壁にもたれる者、仲が良さそうな男女のペア、笑いながら話し合う大人達。
誰も彼も緊張感に欠けている。<クロスガイア>のサーバに閉じ込められている現状を、本当の意味で理解しているのか、実に疑問だ。
復活の解禁は、プレイヤーに安心を与えると思っていた。
しかし、これほどの平和ボケを誘発するとは、想像を超えている。
サービス初日――デスゲーム開始日にダイブしていたプレイヤーの大半は、間違いなく日本人だ。その穏やかな国民性が悪い方向へ働いている。
錯乱して暴動を起こしたり、やかましく騒がれるよりはマシだが、今のシウスにはどのみち聞こえない。
(ちっ……まだアウレリアに留まってんのかよ。
この人数が攻略に参加すれば、どれだけ楽に脱出できるか)
彼らとすれ違うたび、シウスは内心で舌打ちをした。
まず、仲間達に目撃証言を与えたくはない。央都で聞き込みをされれば自分の向かった方角を特定されてしまう。
それに、死亡時の拠点復活が解禁されて一か月近く経つのに、未だ最初の街に腰を据えている怠惰さが、ひどく気に食わない。
お門違いも甚だしいと分かってはいるが、やはり不満は感じてしまう。
彼らは、攻略を進めるプレイヤー達に罪悪感を覚えないのだろうか。
誰かがクリア条件を満たすまで、この街でじっとしているのだろうか。
NPCすら事態の収拾に努めているというのに、何様のつもりだ。
まさか「私はAI以下の人間性しか持ち合わせていないゴミです」と、アピールをしているのか――
(……落ち着け。他人に当たり散らしてどうする。
この人達にも、それぞれ抱える問題があるんだ)
自制するよう、己に言い聞かせる。
このところ、アバターの感覚異常に精神が掻き乱されている。冷静さを取り戻さなければ、このゲームはクリアできない。
優先すべきは仲間を確実にリアルへ帰還させること。他のプレイヤーはおまけに過ぎないのだ。いっそのこと、刺身のツマとでも思えばいい。
(怒る暇があったら、これからのことを考えろ……)
現状、シウスは大陸西方面に向かうつもりだ。
<図書館>で入手した情報によれば、央都の西部には<ヴァーリ山脈>というエリアがあるらしい。名前からして険しそうなエリアだが、それを今日中に越えることができれば、仲間との距離を大きく稼げるはず。
単独行動である以上、エリアボスとの戦闘は回避した方がいい。
死亡して、拠点に逆戻りするわけにはいかないのだ。
走りながら、最終確認のため「システムウィンドウ」と呟く。
野営のための道具はアイテムインベントリの中に収納してある。食糧と水、ポットの補充も万全。装備の耐久値も<武具屋>で回復させた。
所持クレジットは、海中宮殿の探索によって潤っている。
少人数での戦闘のおかげでLVも着実に上がっていた。
(よし、行ける。あとは時間との勝負だ)
メニュー画面を閉じて前を向く。拠点の外まで、あと僅か。
――そこまで来て、大勢のプレイヤーが目に飛び込んできた。
(何だ……?)
シウスは思わず足を止める。急ブレーキに、靴と地面が擦れ合って、小さな熱と砂埃を生じさせた。
一団は央都の西端にたむろしており、目測で百人は存在しそうだ。
大半は男性プレイヤーだが、女性プレイヤーもいくらか見て取れる。
謎の集まりを不審に思っていると、一人のアバターがシウスに気付いて、ぶんぶんと手を振る。鉄の軽装を纏った少年は元気よく話しかけて来た。
「こんちわー! 久しぶりっていうか、十日ぶりっすか?」
「オズマさん? 正確には十二日ぶりですけど。
……それより、一体何なんですか、この集団は」
<騎士>オズマに会うのはアルベルトの一件以来だ。懐かしいと言うとおかしいかもしれないが、ずいぶん長い期間、離れていた気がする。
考えてみれば、ヤマセとユウナギ、エーギル、クラレットもそうだ。
彼らは今、どこで何をしているのだろう。あの時人質に取られた水色のローブを着た少女――ハルは息災だろうか。
シウスの思索を知らず、少年騎士は軽い調子で返す。
「ああ、これ? <ギガントマキア>のメンバーなんすよ。
ユーニスタで人員を募集してて、俺も参加しました!」
「…………!」
「今から<ヴァーリ山脈>の攻略に向かうっす。ボスと戦うのは
初めてだけど、剣士の兄ちゃんがいるなら絶対大丈夫だよな!」
青年が攻略に加わるためにやって来たと勘違いしたのだろう。
オズマは「心強い」と言わんばかりに、にこにこ笑っている。
一方、シウスは全く笑えなかった。
全ては黒衣の占術師・ゼフィラの予言通りに進んでいる。
(山脈のボスを討伐して、信用を確固たるものにするつもりか……)
ユーニスタでLF二大ギルドの一つ・<ギガントマキア>の再設立を宣言した<剣士>クリスは、偽者のギルドマスターの可能性が極めて高い。
彼の狙いは、巨大ギルドの名声を利用して、LFのベテランプレイヤーを大量に呼び込むこと。フリードも、そう確信していた。
四年前の<ダイダロス攻防戦>を回顧する。
<ギガントマキア>のギルドマスター・<聖騎士>ヘカテーはシウスと一対一の勝負を望み、近衛に手出しをさせなかった。
夕闇に包まれる宮殿前での決闘は、最高に心が躍った。
彼女は本物の女傑だった――シウスは今でもそう思っている。
だが、クリスはシウス達の戦果、エリアボスの討伐を騙る卑劣漢だ。
あの高潔な<聖騎士>が、そんな男を後継者にするわけがない。
(オズマさん、完全に騙されてるな。情報操作が裏目に出たか……)
別行動中だったのか、LF出身の強者・エーギルまでは取り込まれずに済んだらしい。最悪の事態は避けられたものの、年若いプレイヤーの善意を踏みにじるとは、<剣士>クリスにはつくづく反吐が出る。
シウスは少年騎士をどうにか説得しようと頭を悩ませる。
(エリアボスの討伐を話すか――駄目だ、リスクが高すぎる。
ここで、<ギガント>の連中に敵視されるのは危険だ……。
俺がクリスを偽者と看破していることを知られたくはない)
しかし、有効な策が見つからない。今の<ギガントマキア>が嘘で塗り固められたものだという、決定的な証拠はないのだ。
エリアボスの討伐を行ったのがシウス達だと暴露しても、居直られたらそれまでだ。そして、<聖騎士>ヘカテーはCGにいない。
(この場で<ギガント>を解散させるのも無理となると……。
クリス達、主要メンバーの信用を失わせる策を考えるべきか?)
策と言っても、彼らを惨敗させることくらいしか思いつかない。
敗戦のショックに乗じて暴露を行えば、少しは説得力が増すはずだ。
この手法は、証拠に基づく裁判ではなく、ディベートに近い。
事実と虚実を正面からぶつけ合うのではなく、大衆に自分を信用させ、相手を信用できないように話を持っていくのである。
(つまり、LFのベテランを含む相手に大勝する必要がある。
その上クリスを討論で打ち負かすとなると、かなり難しいな……)
不安材料はそれだけではない。アバター・シウスの不調もある。
今後、感覚異常がどの程度の早さで進行するかは予測ができない。
そんな状態で仲間から隠れつつ、<ギガントマキア>に対処するなど、どう考えても無謀である。
(……今は距離を置く。済まない、オズマさん)
初心者の少年一人助けられない自分が嫌になる。
<図書館>の司書はシウスを光に例えたが、この体たらくでは、むしろ消えてなくなりそうな影法師と言うべきではないのか。
不意に、工房でフリードに掛けられた、慰めの言葉が脳裏をよぎる。
――<外道剣士>も万能じゃねーってことだ――
「……俺は他にやることがあるんで。討伐、頑張って下さい」
「えっ? ちょっと、待って――」
自分自身の情けなさに、これ以上は耐えられなかった。
オズマを見捨てて、踵を返す。少年騎士は頭に疑問符を浮かべ、シウスを呼び止めた。
彼を無視して来た道を全力で逆走する。央都の景色は濁り切った激流のように通り過ぎて行った。
どうして、自分は万能のヒーローではないのだ。仮初の世界なのだから、その程度の夢は抱いてもいいはずなのに。
(俺は普通のVRMMOプレイヤーでしかない……)
分かり切った事実に唇を噛み締める。
これから向かうのは大陸北方面だ。予定とは違うが仕方ない。
消費した時間を取り戻すべく、シウスはアウレリアを疾走した。




