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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
六章「追憶の連鎖」
28/49

1.

 十字を形作る、広々とした大陸の中心部――<央都アウレリア>。

 中世風の街並みをした拠点の西地区にはVRMMO初心者のための施設がずらりと揃っている。


 その一つ、<図書館>のカウンター前に、紺色の衣服を着た<剣士>のプレイヤーが存在していた。他のプレイヤーは昼食中なのか見当たらず、真昼の図書館ロビーは閑散としている。


 そもそも、聴覚の一部を失っている剣士には、街の喧騒が聞こえない。

 今や、アバターの知覚する音声の範囲は限られてしまっているのだ。



「このメダル、鑑定できますか?」



 青年は、思考操作でインベントリから黄金のメダルを取り出す。それをNPCに差し出すと、鑑定を依頼した。


 銀縁の眼鏡をかけ、司書の格好をした女性は、翼を広げた守護竜の紋章を確認すると、驚きを隠せない様子だった。



「これは……上級転職章でございますか。

 未だ上級職は解禁されていないというのに……」


「上級職?」



 おうむ返しに問うたシウスに、司書は神妙な顔つきで頷く。

 細い指でそっとメダルをカウンターに置くと、饒舌じょうぜつに語り始めた。



「<クロスガイア>は多くの基本職を備えておりますが、それらは基礎に過ぎません。経験を積み、LVが上昇し、次のステップへ進むための準備が整った暁には、より上位の職業へ転職が可能となるのでございます」



 確かに、<剣士>や<狩人>が基本・・職というからには、発展系があったとしても不思議はない。


 返却された円形の金属板をまじまじと見つめる。黄金の守護竜は、雄々しく翼を広げていた。



(飛竜の召喚に必要なアイテムかと思ったが……)



 転職が解禁されていない現段階では、無用の長物でしかない。


 シウスとしては、残念な鑑定結果だった。ここで飛行手段を入手できたならば、行動範囲は飛躍的に拡大していたのである。


 それは攻略速度のアップに留まらず、仲間達の追跡を振り切る道具にもなりえたはず。当てが外れた以上、ぐずぐずしてはいられない。


 ノイエとゼフィラの思考力・洞察力は折り紙つきだ。二人の才媛は既にシウスの離脱に気付いている可能性もある。


 フリードとて、ユーニスタでじっとしているかどうか。フレンド一覧は全削除したため<ボイスチャット>は繋がらない。それを不審に思って、央都まで探しに来ないとも限らないのだ。



「……鑑定、ありがとうございました」



 女性のNPCに礼を言い、シウスは早足でロビーを進む。


 昼食は後回しにして、早急に遠出の準備をしなければならない。

 これからの行動方針の決定も重要な課題だ。



「――シウス様、どうかお待ちを」



 不意に、カウンターから出て来た司書がシウスを呼び止めた。


 プレイヤー個人のアバターネームをNPCが把握しているなど、普通はありえないことだ。びっくりして、勢いよく振り返ってしまう。


 女性は眼鏡の位置を片手で調節し、真っ直ぐこちらと目を合わせた。

 怜悧さを感じさせる視線に晒され、ひどく居心地が悪い。



「我々NPCが提示可能な情報は、微々たるものでございます。

 しかし、あなた様ほどのトッププレイヤーとなれば、話は別……」



 知的な風貌の司書は、青年を安心させるように言う。


 その声には、人工知能とは到底思えない温かみがあった。

 困惑のあまり、どう応じるべきか判別がつかない。



「我々は<クロスガイア>の円滑な運営を望んでおります。

 言うなれば、あなた様はNPC一同の光。助力は惜しまぬつもりです」


「……貴方達は運営側の存在では?」



 NPCの不可解な発言に、つい刺々しい口調になる。


 運営は、数千人規模のプレイヤーをサーバに閉じ込めデスゲームを実施した敵だ。NPCを通じて、攻略を妨害することもあり得る――


 シウスの不信を感じ取ったか、女性司書は嘆息した。

 そして、決定的な事実を言い放つ。

 


「いいえ。この度の事態は我々の策略ではございません。

 ――運営にとっても、予想外だったはずであります」


「――――!」



 人工知能の発した言葉は、驚くべきものだった。


 しかし、NPCの立ち位置は運営側。信用するのは早計だ。

 シウスは慎重に言葉を選びながら質問を続ける。



「運営がデスゲームを開催したのではないという証拠は?」


「現在、<クロスガイア>にはゲームマスターがダイブしております。

 人数こそ分からぬものの、GMルームへのアクセスは頻繁に行われ、

デスゲームの終了条件を探っている模様であります」



 司書は「NPCといえども、閲覧可能な情報は限定的」という。


 要するに、デスゲームを実施するなら、GMを巻き込むのはおかしいということだろう。一理あるが、工作員として、運営の人間がCGにダイブしている可能性は残る。



「ログアウトや外部へのメールは?」


「どちらも数時間ごとに試みられております。

 ……ですが、成功する気配すらございません」



 それが本当ならば、GMはずっと仮想空間にいることになる。

 プレイヤーへの行き届いた配慮があるとはいえ、VR空間にダイブし続けるのは苦痛だ。それを承知の上で、工作員を買って出るだろうか。


 ――情報は集まって来た。そろそろ切り込んでもいい頃合いだ。



「討伐ボーナスの通知を行っているのは誰ですか?」



 仕様の更新を告げるメールはエリアボスを倒すたびに届いている。

 一度目は復活・蘇生の解禁。二度目はギルド・倉庫の解禁。


 彼女は先程「上級職の解禁」と言った。

 つまり、次なる討伐ボーナスを把握していることに――



「――それは誤解でございます」



 シウスの考えを否定して、NPCはため息を吐いた。

 一拍おいて、どこか言いにくそうに口を開く。



「元々、上級転職章は課金アイテムなのであります。

 <クロスガイア>はサービスを開始したばかりで上級職は仕様外。

 探索可能なエリアも制限された状態でございました」



 眼鏡をかけた司書の暴露に、シウスは呆気にとられた。

 一般的なMMOにおいて、転職は珍しいシステムではない。それが有料とは、運営の姿勢を疑ってしまう。


 忠がダイブした時、CGは無料期間だった。

 基本料金が無料のネットゲームが後々アイテム課金制度を導入するのは、1世紀前からの伝統のようなものである。


 しかし、MAS社ほどの大手オンラインゲーム会社が、そんながめついことをするとは、心底萎える話だ。企業である以上、利益を上げなければならないのは分かるが、ユーザーの心は離れてしまうだろうに。



「……データが不完全だから、上級職は解禁されていない。

 ユーニスタやパルマ・ロッサの先にも、進むことができないと?」


「……それは判断しかねます。現在の<クロスガイア>は

運営の手を離れたも同然。どのような改造が施されているか……」



 ――運営をかたり、デスゲームを実施した真の黒幕はCGのデータを改変したかもしれない――



(あり得るな……今までのエリアボスは異様に手ごわかった……)



 LFのトッププレイヤーだった自分をあれほど苦戦させたのだ。

 VRMMO未経験者が六人がかりで戦っても、討伐は非常に厳しい。


 それは、初心者を意識したCGの方針に反している。



(そういえば、ドッペルゲンガーを倒した後、メールが来なかったな)



 あれから、仕様の更新を告げるメールは来ていない。つまり、己の影は単なるイベントボスだったのだ。今後、転職が可能になれば、倒した意味も出てくるか。


 黒幕に踊らされているようでしゃくにさわるが、アバターの強化は攻略の役に立つ。感覚異常の回復も、あるいは期待できるか。


 有益な会話だった。シウスは女性司書に深く頭を下げる。

 NPCは、ここで初めて、口元を隠しながら笑みを浮かべた。



「シウス様は律儀でございますね。AIに対して礼を尽くすなど……」


「人間ですから。俺も、貴方も」



 笑顔で応えた青年への返答は、優雅かつうやうやしい一礼。

 単純にプログラムされたものではない、心を宿した所作だった。



「我々は、あなた様を全力で支援することを約束いたします。

 ――どうか、ご武運を」



 いい意味での誤算に苦笑し、眼鏡の似合う知的な司書に背を向ける。

 まだ、希望は残されているのだ。立ち止まっている場合ではない。


 彼女の台詞通り、<クロスガイア>に存在する全NPCが味方になったとすれば実に心強い。信用しすぎるのは危険だが、助言を求めるのはありだろう。



(真の黒幕か……本当にいるんだったら、覚悟しておけよ……)



 ――<外道剣士>が、必ずその首を貰いに行く――


 姿の見えぬ敵に闘志を燃やし、シウスは新たな一歩を踏み出した。


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