1.
十字を形作る、広々とした大陸の中心部――<央都アウレリア>。
中世風の街並みをした拠点の西地区にはVRMMO初心者のための施設がずらりと揃っている。
その一つ、<図書館>のカウンター前に、紺色の衣服を着た<剣士>のプレイヤーが存在していた。他のプレイヤーは昼食中なのか見当たらず、真昼の図書館ロビーは閑散としている。
そもそも、聴覚の一部を失っている剣士には、街の喧騒が聞こえない。
今や、アバターの知覚する音声の範囲は限られてしまっているのだ。
「このメダル、鑑定できますか?」
青年は、思考操作でインベントリから黄金のメダルを取り出す。それをNPCに差し出すと、鑑定を依頼した。
銀縁の眼鏡をかけ、司書の格好をした女性は、翼を広げた守護竜の紋章を確認すると、驚きを隠せない様子だった。
「これは……上級転職章でございますか。
未だ上級職は解禁されていないというのに……」
「上級職?」
おうむ返しに問うたシウスに、司書は神妙な顔つきで頷く。
細い指でそっとメダルをカウンターに置くと、饒舌に語り始めた。
「<クロスガイア>は多くの基本職を備えておりますが、それらは基礎に過ぎません。経験を積み、LVが上昇し、次のステップへ進むための準備が整った暁には、より上位の職業へ転職が可能となるのでございます」
確かに、<剣士>や<狩人>が基本職というからには、発展系があったとしても不思議はない。
返却された円形の金属板をまじまじと見つめる。黄金の守護竜は、雄々しく翼を広げていた。
(飛竜の召喚に必要なアイテムかと思ったが……)
転職が解禁されていない現段階では、無用の長物でしかない。
シウスとしては、残念な鑑定結果だった。ここで飛行手段を入手できたならば、行動範囲は飛躍的に拡大していたのである。
それは攻略速度のアップに留まらず、仲間達の追跡を振り切る道具にもなりえたはず。当てが外れた以上、ぐずぐずしてはいられない。
ノイエとゼフィラの思考力・洞察力は折り紙つきだ。二人の才媛は既にシウスの離脱に気付いている可能性もある。
フリードとて、ユーニスタでじっとしているかどうか。フレンド一覧は全削除したため<ボイスチャット>は繋がらない。それを不審に思って、央都まで探しに来ないとも限らないのだ。
「……鑑定、ありがとうございました」
女性のNPCに礼を言い、シウスは早足でロビーを進む。
昼食は後回しにして、早急に遠出の準備をしなければならない。
これからの行動方針の決定も重要な課題だ。
「――シウス様、どうかお待ちを」
不意に、カウンターから出て来た司書がシウスを呼び止めた。
プレイヤー個人のアバターネームをNPCが把握しているなど、普通はありえないことだ。びっくりして、勢いよく振り返ってしまう。
女性は眼鏡の位置を片手で調節し、真っ直ぐこちらと目を合わせた。
怜悧さを感じさせる視線に晒され、ひどく居心地が悪い。
「我々NPCが提示可能な情報は、微々たるものでございます。
しかし、あなた様ほどのトッププレイヤーとなれば、話は別……」
知的な風貌の司書は、青年を安心させるように言う。
その声には、人工知能とは到底思えない温かみがあった。
困惑のあまり、どう応じるべきか判別がつかない。
「我々は<クロスガイア>の円滑な運営を望んでおります。
言うなれば、あなた様はNPC一同の光。助力は惜しまぬつもりです」
「……貴方達は運営側の存在では?」
NPCの不可解な発言に、つい刺々しい口調になる。
運営は、数千人規模のプレイヤーをサーバに閉じ込めデスゲームを実施した敵だ。NPCを通じて、攻略を妨害することもあり得る――
シウスの不信を感じ取ったか、女性司書は嘆息した。
そして、決定的な事実を言い放つ。
「いいえ。この度の事態は我々の策略ではございません。
――運営にとっても、予想外だったはずであります」
「――――!」
人工知能の発した言葉は、驚くべきものだった。
しかし、NPCの立ち位置は運営側。信用するのは早計だ。
シウスは慎重に言葉を選びながら質問を続ける。
「運営がデスゲームを開催したのではないという証拠は?」
「現在、<クロスガイア>にはゲームマスターがダイブしております。
人数こそ分からぬものの、GMルームへのアクセスは頻繁に行われ、
デスゲームの終了条件を探っている模様であります」
司書は「NPCといえども、閲覧可能な情報は限定的」という。
要するに、デスゲームを実施するなら、GMを巻き込むのはおかしいということだろう。一理あるが、工作員として、運営の人間がCGにダイブしている可能性は残る。
「ログアウトや外部へのメールは?」
「どちらも数時間ごとに試みられております。
……ですが、成功する気配すらございません」
それが本当ならば、GMはずっと仮想空間にいることになる。
プレイヤーへの行き届いた配慮があるとはいえ、VR空間にダイブし続けるのは苦痛だ。それを承知の上で、工作員を買って出るだろうか。
――情報は集まって来た。そろそろ切り込んでもいい頃合いだ。
「討伐ボーナスの通知を行っているのは誰ですか?」
仕様の更新を告げるメールはエリアボスを倒すたびに届いている。
一度目は復活・蘇生の解禁。二度目はギルド・倉庫の解禁。
彼女は先程「上級職の解禁」と言った。
つまり、次なる討伐ボーナスを把握していることに――
「――それは誤解でございます」
シウスの考えを否定して、NPCはため息を吐いた。
一拍おいて、どこか言いにくそうに口を開く。
「元々、上級転職章は課金アイテムなのであります。
<クロスガイア>はサービスを開始したばかりで上級職は仕様外。
探索可能なエリアも制限された状態でございました」
眼鏡をかけた司書の暴露に、シウスは呆気にとられた。
一般的なMMOにおいて、転職は珍しいシステムではない。それが有料とは、運営の姿勢を疑ってしまう。
忠がダイブした時、CGは無料期間だった。
基本料金が無料のネットゲームが後々アイテム課金制度を導入するのは、1世紀前からの伝統のようなものである。
しかし、MAS社ほどの大手オンラインゲーム会社が、そんながめついことをするとは、心底萎える話だ。企業である以上、利益を上げなければならないのは分かるが、ユーザーの心は離れてしまうだろうに。
「……データが不完全だから、上級職は解禁されていない。
ユーニスタやパルマ・ロッサの先にも、進むことができないと?」
「……それは判断しかねます。現在の<クロスガイア>は
運営の手を離れたも同然。どのような改造が施されているか……」
――運営を騙り、デスゲームを実施した真の黒幕はCGのデータを改変したかもしれない――
(あり得るな……今までのエリアボスは異様に手ごわかった……)
LFのトッププレイヤーだった自分をあれほど苦戦させたのだ。
VRMMO未経験者が六人がかりで戦っても、討伐は非常に厳しい。
それは、初心者を意識したCGの方針に反している。
(そういえば、ドッペルゲンガーを倒した後、メールが来なかったな)
あれから、仕様の更新を告げるメールは来ていない。つまり、己の影は単なるイベントボスだったのだ。今後、転職が可能になれば、倒した意味も出てくるか。
黒幕に踊らされているようで癪にさわるが、アバターの強化は攻略の役に立つ。感覚異常の回復も、あるいは期待できるか。
有益な会話だった。シウスは女性司書に深く頭を下げる。
NPCは、ここで初めて、口元を隠しながら笑みを浮かべた。
「シウス様は律儀でございますね。AIに対して礼を尽くすなど……」
「人間ですから。俺も、貴方も」
笑顔で応えた青年への返答は、優雅かつ恭しい一礼。
単純にプログラムされたものではない、心を宿した所作だった。
「我々は、あなた様を全力で支援することを約束いたします。
――どうか、ご武運を」
いい意味での誤算に苦笑し、眼鏡の似合う知的な司書に背を向ける。
まだ、希望は残されているのだ。立ち止まっている場合ではない。
彼女の台詞通り、<クロスガイア>に存在する全NPCが味方になったとすれば実に心強い。信用しすぎるのは危険だが、助言を求めるのはありだろう。
(真の黒幕か……本当にいるんだったら、覚悟しておけよ……)
――<外道剣士>が、必ずその首を貰いに行く――
姿の見えぬ敵に闘志を燃やし、シウスは新たな一歩を踏み出した。




