4.
西暦2105年4月22日、午前8時54分。
朝日を浴びる鐘楼に見下ろされながら、剣士は大剣を振るっていた。
防具をインベントリに収納し、ズボンにシャツ一枚と身軽になっている。
青年はひどく緊張した面持ちで、迷いを多分に含んだ太刀筋にはいつもの鋭さは欠片もない。広場の虚空を切り裂く音も、どこか寒々しい。
「……何をやっておるのだ、軍師。
鍛錬にしても、根を詰めすぎであろうに」
古風な喋りに、両手剣がぴたりと止まった。
全身から汗を流しつつ、シャツ一枚の青年は声の発生源へ体を向ける。
片手を腰に当てて、黒衣の占術師は広場の入り口に立っていた。
その深紅の眼は「心底呆れた」と言わんばかりに細められている。
「ゼフィラさん。こんな朝っぱらからどうしたんですか?」
「……もう9時を回ろうというのに、朝っぱらとはどういうことだ。
そなたがチャットの呼び出しに応じぬから、我自ら来たのだぞ?」
「9時――って、済みません! 全然気付いてませんでした!」
メニュー画面で時刻を確認したシウスは、焦りを露わにして深々と頭を下げた。連絡に気付かないほど集中していたのだ。時間を忘れるのも無理はない。
「そなた、いつから修練を始めたのだ?」
「えっと……6時くらいだったと思います」
発言が確かならば、シウスは三時間近く剣を振るっていたことになる。
しかし、青年は呼吸一つ乱しておらず、まだまだ余裕がありそうだ。
LVアップによってアバターの性能は向上するが、それにしても大した持久力である。<クロスガイア>の再現度を気合で跳ね除けているとでもいうのか。
(今更だけど、うちのメンバーっておかしいよね……)
ノイエといい、シウスといい、ほとんど人間をやめている。
彼らのアバターが機械で構築されていても、ゼフィラは全く驚かない。
パーティー上限人数が六人のCGを半分の人数で攻略しているのだから、自然に力がつくのは理解できる。だが、限度というものがあるだろう。
――自分は、今後も彼らに着いて行くことができるのだろうか――
不意に浮かんだ疑問に、気分が沈む。答えはノーだ。
ゼフィラは――否、絣は自分にVRMMOの才能があると思っている。
頼れる大人の女性プレイヤー・<聖騎士>ヘカテーを七年間演じ続け、大勢の仲間を率いて<青枝>と互角に戦えたのだ。間違いではない。
しかし、現在の仲間二人と比べれば、どうしたって見劣りする。不慣れな後衛職というハンデはあるが、前衛職のアバターを使ったとしても今のシウスと肩を並べて戦うのは無理だ。
――このままでは、いずれ追い付けなくなる。
「それだけは避けないと……」
「何か言いました?」
青年の声に心臓が飛び上がったような気がした。
シウスはすでに大剣を消しており、こちらの顔を不思議そうに見ている。
また彼の前でボロを出してしまった。考えすぎるのはよくない傾向だ。
「――いや、何でもない。パーティー会議を始めるとしようぞ」
「あの……会議、少し遅らせてもらえますか。汗臭いままでは……」
「うむ。そのように、我から魔弾の射手に伝えておこう」
「重ね重ね済みません」と恐縮しきりの剣士に、ゼフィラは微笑む。
小さなこととはいえ、仲間から頼りにされるのは気分がいい。
「忘れたのか、軍師。我らの間に礼は不要だろう?」
「――――?」
繰り返す台詞に、シウスは一瞬きょとんとする。
やがて、王城で一度聞いた言葉だと思い至ったのか、剣士は陽だまりのように穏やかな笑顔を返して来た。
◆
<海上都市パルマ・ロッサ>の宿屋は高級感が漂う作りになっていた。
床一面に敷き詰められた絨毯も、煌びやかなシャンデリアも、ゼフィラには馴染みがない。
自室にさえ、華美な装飾が施されているのだ。
ゼフィラは昨日からずっと、自分が場違いな気がしてならず、落ち着けない状態が続いていた。
座っているソファの柔らかさが、奇妙に思えてしまう。テーブルに置かれている紅茶の注がれたティーカップ一つさえ、高価に感じられた。
「今回の議題は、ユーニスタに現れたプレイヤー集団についてです」
他方、白衣の少女は生き生きとした様子で会議を始める。
歓談スペースの雰囲気に飲まれていないどころか、水を得た魚のようだ。
都会よりも中世風の背景が似合うとは思っていたが、想像通りである。
今のノイエは<狩人>というより、王侯貴族のお姫様だった。
「<ヒュドラ>と<ストラス>の討伐を騙り、サービスを終えたLFの巨大ギルドの名前を使って仲間を募る――彼らの目的は何なのでしょう?」
「ふむ……単純に考えると、己の勢力を拡大し、他のプレイヤーより優位に立とう、という腹積もりではないか?」
ゼフィラとしては、<ギガントマキア>のネームバリューを利用されるなど絶対に御免である。可能ならば、即刻やめて欲しい。
ノイエとて、自身の功績を盗まれたのだ。腸が煮えくり返っているに違いない。
「目的が何であれ、俺は彼らのやり方が汚くても、名誉欲に目が眩んでいても、攻略の役に立つなら歓迎します」
剣士は無表情のままコーヒーカップに口を付ける。
ただ一人、素っ気なく語るシウスだけが例外だった。
CGの攻略に命をかけている青年からすれば、他のプレイヤーに名誉を傷つけられようが、痛くも痒くもないのだろう。
有能ならばそのまま泳がせ、無能ならば殺して今後の糧とする。
相変わらず、狂的にドライな方針だ。
(シウス君ならそう言うと思ったけど……残念)
腹立たしいプレイヤー集団をこてんぱんにやっつけて欲しい――それがゼフィラの本音だった。
シウスがその気になれば、クリスとかいう虫けらは二度と立ち直れないほど徹底的に叩き潰されるはずである。
<ギガントマキア>を踏みにじった詐欺師が無様に切り伏せられるのを想像すると、昏い愉悦を覚えてしまう。
そんな黒衣の少女の内心を知らず、シウスは言う。
「ただ、フリードの話を聞く限り、CGの自治を任せるには頼りない。
彼らが無闇に肥大化して、権勢を振るうようなことになれば、こちらも
ギルドを結成して対抗することになるでしょう」
「そうなる前にクリア条件を満たすのが最良ではありますが、長期的には
その方向性で問題ないと思います」
ノイエも今は静観することを選ぶらしい。偽者達を撃滅するように仲間を誘導するのは難しくなった。ここは我慢だ。
「おそらく、彼奴らは大陸の北方面か西方面へ進出するであろうな。
増強した戦力を用いて、エリアボスを一体でも討伐すれば、大衆は誰も彼奴らの戦歴を疑わなくなる」
「なるほど。嘘を真実にする――大いにあり得ますね」
「仮に討伐を失敗したなら、俺達の杞憂だったと」
ゼフィラの推測にノイエとシウスも賛同する。
シウスが言うように失敗してくれれば、クリス達は信用を失い、求心力もガタ落ちだ。まがい物の<ギガントマキア>も自然消滅するだろう。
――とりあえず、現状の整理はこんなところか。
二人に目をやると、首を縦に振ってくれた。話が早くて助かる。
「そろそろ、都庁地下の探索に移りましょう。鉱山と同様にボス
がいない可能性もありますが、経験値は無駄にはなりませんから」
「うむ。――システムウィンドウ」
メニュー画面から<テレポート>の一覧を展開し、仲間に触れさせる。
すると、透き通った空間投影ディスプレイが青白く発光した。
これで二人のリストにも<イヴァン海中宮殿>が登録されたはずだ。
「では、参ろうか」
黒衣の占術師は渦を巻く閃光を放った。白衣の狩人もそれに続く。
少女達は宿屋から一瞬で消失した。
◆
「このままじゃ不味い。あの二人相手にどこまで隠し切れる……?」
がらんとした歓談スペースに、不安をはらんだ剣士の声。
臆病ごと飲み干すようにコーヒーをあおる。苦みは全く感じなかった。
<ボマー・ストラス>との戦い以降、アバター・シウスは明らかな不調を訴えている。今まで無理をさせたつけが回って来たのかもしれない。
この状態で意識が肉体に回帰しても、碓氷忠には何らかの後遺症が残る可能性がある。
それ以前に、上手く肉体に戻れるかさえ不明瞭。だとしても――
「――せめて、三人だけでも無事に返す」
アルベルトとその一味を生贄にしようとした自分が、命を惜しむなど許されない。
ノイエ、明憲、そして、ゼフィラ。
大切な仲間達は、必ず現実世界に送り届けてみせる。
独りぼっちで悲壮な決意を固めると、シウスは転移の光を発した。




