3.
高々とした宮殿のアーチを抜け、黒衣の少女は都庁内へ入った。
フロアの壁面や天井には、明色で描かれた異国風の文様が見て取れる。奥には案内役の女性NPCが一人立っていた。
ゼフィラは<ボマー・ストラス>の討伐ボーナスを確認した方が良いと思い、この場には似つかわしくないスーツ姿のNPCに話しかける。
「少し良いか。ギルドの設立とアイテムの保管はどこで行うのだ?」
「ギルドの設立を希望される方は、あちらの階段から二階へどうぞ!」
NPCはにっこり微笑むと右手で階段の在りかを示した。
左方には彼女の言う通り、フロアを上下に貫く螺旋階段がある。
「アイテム・クレジットの保管は地下倉庫にて可能となっております!
なお、<海上都市パルマ・ロッサ>の都庁地下には、探索可能なエリアが存在しますので、ぜひ挑戦してみて下さい!」
「……拠点に、ダンジョンとな?」
――それでは、まるでLFの迷宮都市ではないか――
口に出しかけた言葉を必死で飲み込んだ。
万が一、仲間に聞かれでもしたら大変なことになってしまう。
そんなゼフィラの内心など知る由もなく、NPCは説明を続ける。
「倉庫、および探索エリアに赴かれる際にも階段をお使い下さい!
地下においては、転移ポイントをお使いになることも可能です!」
「ふむ……」
パルマ・ロッサの転移ポイントへの登録は済ませたが、地下ダンジョンのそれも登録しておいて損はないだろう。<テレポート>は本当に便利なのだ。
ゼフィラはNPCの案内に従って、螺旋階段へ向かった。
段差を降りる度にカツンと小気味よい靴音が響く。都庁の地下までは、すぐに辿り着いた。
四角形の広間に扉が二つ。一つには空間投影ディスプレイで<倉庫>、もう一つには<イヴァン海中宮殿>と表示されていた。
パルマ・ロッソは地下宮殿の上に建てられた拠点なのだろう。海中から現れたあの演出は、プレイヤーによって宮殿の封印が解かれた――そんな意味合いが含まれていたのかもしれない。
(まあ、どうでもいいや……)
クリエイターの脳内設定に思いを馳せている場合ではない。
フロア中央に敷かれた青い菱形のプレートを踏む。同時に渦を巻く光がゼフィラを包み、肩までの金髪を輝かせた。
「システムウィンドウ」と呟いて、音声認識でメニュー画面を呼び出す。<テレポート>の一覧には、しっかりと<イヴァン海中宮殿>が載っていた。
(ダンジョンはみんなで探索すればいいよね。あとは、倉庫かな)
表記を頼りに<倉庫>の扉へ触れた。ピッと効果音がして、アバターは一瞬の内に転移する。
――あっという間に、ゼフィラは殺風景な物置へ移動していた。
倉庫という名称の割には、さほど広くなかった。運営は、プレイヤー個人の扱うものが広大すぎても意味がないと判断したのだろう。
そもそも、<クロスガイア>は仮想世界であるが故に、空間の位相をずらしたり、拡張したりできるのだ。見た目はあまり当てにならない。
「預けるもの……ないなぁ……」
インベントリ内には<占術師>が装備不可能な武具がいくつかあった。
しかし、どうせ売るのだから<倉庫>に預けても仕方がない。アイテムショップのメニューに「倉庫から売る」という項目がなければ二度手間になる。
クレジットを預けるのは、ショップの品を確認してからでいい。
そろそろ装備を新調する時期だ。カラーリングは自在なので、ゼフィラのイメージを崩すことは避けられる。
(シウス君も上着の色を変えてたけど……)
紺色のカラーリングは、LFで初めて出会った時と同じものだ。
おそらくは、好きな色なのだろう。
推測を止め、倉庫から退出。メニュー画面で時刻を確認する。
(……まだ時間はあるし、ショップを探してみようか)
高火力のエリアボスとの戦いで、HPポットは底をついている。調査のついでに回復アイテムの補給と装備の購入をしてもいいだろう。
今後の予定を立てつつ螺旋階段を上り、ゼフィラは地上へ戻るのだった。
◆
<都庁>を後にしたゼフィラは、幸運にも<武具屋>をすぐに見つけることができた。
入店しようとすると、白衣の狩人がカウベルを鳴らして扉を開くところだった。鉢合わせになり、ゼフィラは一端後ろへ下がる。
「あ、ゼフィラさん。あなたもショップに?」
「うむ。そなたも装備の新調か」
ノイエは笑顔を浮かべており、随分と機嫌がいいようだった。
納得のいく武具を手に入れられたのかもしれない。
「はい。ようやく和弓が手に入りました」
ゼフィラの内心を悟ったように、ノイエは思考操作で得物を取り出す。
呼び出されたのは、全長1.7メートルはありそうな大弓だった。
美しい光沢を放つ黒い漆塗りの一品で、握りの上には細割の竹のような物質が巻かれている。彼女が今まで使っていた洋弓とは違って、非対称的な形状だ。
「それは確か、重籐弓といったか?」
「その通りです。これで、狙いを外すことも少なくなるはず……」
(――――え?)
とんでもない発言に、ゼフィラは一瞬、思考停止してしまった。
ノイエの狙撃は信じ難い精度を誇る。「魔弾の射手」とは世辞ではなく、本心からの賞賛だ。
<ボマー・ストラス>との戦闘でも、決め手は彼女のスキルだった。
上空を高速で飛び回る移動標的を撃ち落とすなど、クレー射撃の選手を連想させる腕前である。
それなのに、ノイエは今まで狙いを外していたと言うのである。
これが驚かずにいられようか。
(ノイエちゃんって、やっぱりシウス君の相棒なんだ……)
<外道戦士>の相方が普通のプレイヤーに務まるはずがなかった。
それに、シウスはかつて一戦交えた時より遥かに腕を上げている。
今の彼と自分の操るヘカテーが戦えば、十中八九負けてしまうだろう。
あの人間離れした戦闘に着いて行ける時点で、彼女も同類なのである。
「――何か、失礼なことを考えていませんか」
「はて? 我は知らぬ」
とぼけながら、心拍数の上昇を自覚する。こんなところにまで察しの良さを発揮しないで欲しかった。誤魔化すために、話題の転換を試みる。
「ときに、<占術師>の装備は売られていたかの」
「……後衛職の武具が充実していたようなので、おそらくは」
<鉱山都市ユーニスタ>のショップには前衛職の装備が多く並んでいた。
拠点ごとに違うのは景観だけではないということか。
「それは重畳。都庁の地下にダンジョンが見つかったのでな、攻略を行うのならば装備の強化はいずれ必要になろう?」
「街の中に、ですか。<ライオネル鉱山>とは異なるパターンですね」
ノイエの言う通り、ユーニスタと鉱山は離れた位置にある。
尤も、エリアを探索する手間が省けたのだから、歓迎すべきことだった。
「わたしは他の施設も回ってみます」
「承知した。また後ほど会おう」
銀髪を靡かせて、白衣の少女は路地裏に消えて行く。
ゼフィラも新たな装備を購入すべく、カウベルを鳴らして武具屋の扉を押し開いた。




