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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
五章「水底の真影」
22/49

2.

 四角錐の青い屋根の下、悠久の歴史を奏でて来た鐘楼しょうろうは、赤レンガの高みから街並みを見守っている。


 透き通った海水の流れる水路の上には、ゆるやかな曲線を描く石造りの橋が架かり、街の中枢である<都庁>には、豪奢な宮殿のようなゴシック風のアーチが連なる。


 観光名所の如き優麗な風景は、南海に現れた新たな拠点のものだった。


 その景色を目にも留めず、路地を駆ける人影が一つ。からすのような黒装束を纏った金髪の少女が、息を切らして走っていた。



「はぁ……はぁ……」



 少女は鐘楼しょうろうの立つ広場に到着すると、苦しげな表情で周囲を見回す。


 現在、この拠点に他のプレイヤーは二人しかいない。しかも、つい先程彼らを――仲間を置き去りにして来たのだ。


 すぐに追いつかれるはずはないが、それでも不安だった。

 今だけは、どうしても独りになりたかったのだ。



「どうして、こんな……」



 目をぎゅっと閉じて、両の拳を握りしめる。


 そこに、謎めいた風体の占術師・ゼフィラはいない。ロールプレイヤーの少女・沙上絣さじょうかすりがいるだけだ。



 <海上都市パルマ・ロッサ>に到着したゼフィラ達は、昼食を取った後、拠点の施設を確認する予定だった。


 ところが、ユーニスタのフリードから驚くべき連絡が入る。ゼフィラ達の戦果を掠め取って、ギルドの人員を集める卑劣なプレイヤーが現れたというのだ。


 そして、設立されたギルドの名は<ギガントマキア>。


 四か月前、サービスを終了したVRMMO<ラビリンス・ファンタジア>の二大ギルドの一つであり――



(私のギルドの名前を勝手に使うなんて……!)



 <ギガントマキア>はかすりが小学生の時に設立したギルドだ。


 始めは弱小ギルドに過ぎなかったが、かすりの演じる<聖騎士>ヘカテーに惹かれたプレイヤーが徐々に集まり、勢力を拡大していった。


 最終的には、<青枝の騎士団>と肩を並べるまでに至ったのである。


 ギルドマスターのかすりからしてみれば青天の霹靂へきれきだったが、多くのプレイヤーが自分を慕ってくれるのは、純粋に嬉しかった。


 現実のかすりはあまり目立つタイプの人間ではない。その自分が大勢の仲間を率いて<青枝>と雌雄しゆうを決しようというのだから、実に痛快だった。


 しかし、LFのデータは消失してしまった。

 ヘカテーのアバターデータも、<ギガントマキア>も水泡に帰した。


 かすりはLF時代、素性不明のプレイヤーで通していたため、仲間と連絡先を交換していなかった。

 だから、散り散りになった仲間を探してギルドを再結成し、他のゲームに移ろうと、捨てアカウントを取得して複数のVRMMOにダイブした。



 その最中、<クロスガイア>のデスゲームに巻き込まれたのである。



 突然の凶報に、とりあえず情報収集をしようと<図書館>に入ったかすりは希望を見つけた。

 昔、LFの大規模PvPで一度だけ戦った剣士だ。

 アバターは現実の成長に合わせて調整されていたが、基本的な造形と配色は変わりなかった。


 彼がいきなり女子トイレに突入した時は焦ったが、あれは運営の配慮を調べるためだったのだろう。


 そして、剣士が狩人と共に攻略を進めるのを盗み見て、彼にならば命運をせると感じたかすりは、アルベルトの一件を利用して己を演出し、仲間に加わったのである。



(それがバレたら終わりなのに、偽物の<ギガント>が……)



 <ギガントマキア>の名前を勝手に使われるのは業腹だ。それが卑怯なプレイヤー集団ならば、なおさら不愉快である。


 しかし、現状では対処の仕様がない。<占術師>ゼフィラと<聖騎士>ヘカテーのイメージは真逆だ。


 捨てアカウントの美少女アバターで「私が<聖騎士>ヘカテーです」と言ったところで、説得力は皆無である。笑われるのがオチだ。


 そして、仮に自分がヘカテーだと認められても、今度はシウス――LF出身のプレイヤーが問題になる。素性を隠して仲間に加わった理由を問い詰められれば、かすりの歪んだ人格が白日の下に晒されてしまうのだ。



(どっちも最悪……どうしてこうなったの……)



 前門の虎、後門の狼とはかすりの置かれた状況そのものである。


 <ギガントマキア>の栄光に固執したのは大間違いだった。

 ブログや掲示板でギルド解散を宣言しておけば、こんなことにはならなかったはずだ。



(シウス君、気付いてないよね……。口調が全然違うんだから)



 古めかしい言葉遣いのロールプレイはシウスへの対策である。

 ただ、<ダイダロス攻防戦>の話が出て、思わず反応してしまったのは失敗だった。


 それに、<ボマー・ストラス>との戦いで、シウスが高所から落下したことを「二度目」と言ってしまった。ノイエの言では事実二度目だったらしいが、ゼフィラがそれを知っているはずはないのである。


 あれは<ダイダロス攻防戦>の降下強襲と合わせて二度目という意味だ。

 LFのことを知らない設定のゼフィラが、話に聞いただけの事柄を、さも目の前で見ていたかのように語るのもおかしい。


 ――このままでは、いつ決定的なボロを出すか分からない――



「――ゼフィラさん?」


「し……軍師か。驚かせるでない」



 意中の人に背後から声をかけられて、危うく地が出るところだった。

 冷静になるよう心がけつつ、振り返る。


 自分を追って、この広場に到着したのだろう。シウスとノイエは不思議そうにこちらを見ていた。

 

 ゼフィラはフリードの連絡を受けた途端にパーティーを離れたのだ。

 不審に思われても仕方がない。



「もしかして、トイレを探してたんですか?」


「女性にそういうことをきますか、あなたは……」



 青年剣士のデリカシーに欠ける発言に、白衣の少女が突っ込む。

 いつも通りのやり取りに、ゼフィラは思わずほっとしてしまった。


 やはり、シウスは自分の正体に気付いていない。このまま蠱惑的こわくてきな少女を演じ切ってしまえばいい。



「ゴンドラは見えませんけど、この街のモチーフってベネチアですよね。

 だったら、公衆トイレも有料なんでしょうか?」


「はぁ……ベネチアの道はこれほど広くありません。人工島の貴重な土地を無駄遣いしないために、路地の幅は狭くなっているのです。

 車の乗り入れができないことは、承知しているでしょう?」



 ため息を隠せないノイエは、気持ちを落ち着けるように語った。

 おそらく、現実のベネチアを訪れたことがある彼女は、パルマ・ロッサとの相違点を肌で感じたのだ。



(いいなぁ、ノイエちゃん……ここから脱出したら、私も行けるのかな)



 かすりは日本から出たことがなかった。


 仮想の世界に閉じ込められて、はや一か月が経過しようとしている。

 未だクリアは見えて来ないが、現実への帰還が叶った暁には、海外旅行もいいかもしれない。



「とにかく、拠点の探索をしないことには始まりません。

 手分けして調査しましょう」


「うむ、魔弾の射手に賛成だ。軍師よ、集合までの時間は?」


「結構広そうですから……30分後にここで落ち合いましょう」



 しかし、今は攻略に取り組むべき時である。

 取らぬたぬきの皮算用をしている暇はないのだ。


 ノイエの提案を皮切りに、三人は当初の予定通り<海上都市パルマ・ロッサ>の調査を開始した。


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