1.
近代的な建造物が特徴の拠点<鉱山都市ユーニスタ>において、ひときわ目立つ高層ビル――都庁前に七人のプレイヤーが整然と並んでいた。
その中心に立つ、白いマントを羽織った茶髪の青年は、大きく息を吸い両腕を広げる。まるで、これから何かを宣言するかのように。
「皆様! どうか我々の話を聞いて下さい!」
突然の嘆願に、都庁前を歩くプレイヤー達は何事かと足を止める。
ラフな格好をした赤毛の鍛冶師――フリードもその一人だった。
エリアボスの討伐によって都庁でアイテムの保管が可能になったと知り、持ちきれない素材アイテムを預けにやって来たのである。
(……何やってんだ、あいつら?)
見慣れない七人のプレイヤーは都庁の自動ドアを塞ぐように立っていた。フリードからすれば邪魔者でしかない。
白昼堂々、公衆の面前で一体何を言おうとしているのやら。
長くなりそうな雰囲気なので、都庁の対面側の日陰に移動し、腕を組む。
暇を持て余しているのか、周囲にはそこそこの数のアバターが集まりつつあった。
――目を閉じてうとうとしていれば、勝手に話が終わっているはずだ。
フリードがそう考えていた矢先、茶髪の青年は衝撃的な一言を発した。
「昨日、我々は<ボマー・ストラス>の討伐に成功いたしました!」
(――はぁ!?)
眠気が一気に吹き飛んだ。青年は明らかな嘘を堂々と述べていたのだ。
先程、フリードはシウスと<ボイスチャット>で連絡を取った。シウス、ノイエ、ゼフィラの三人は<クルト湿原地帯>を抜け、新たな拠点に辿り着いたと聞いている。
道中、<ボマー・ストラス>との遭遇戦になり、苦戦の末に討伐したということも。
それなのに、都庁前の青年は自分達がそれを成し遂げたという。
(まさか、忠が嘘を……? ――いや、ありえん。
あのバトルマニアが戦果を捏造するわけがないわな)
フリードは戦いに関してあれほどシビアな男を他に知らない。
やはり、都庁前の青年が嘘をついていると考えた方が自然だった。
「実は<アーマード・ヒュドラ>を討伐したのも我々なのです。
しかし、皆様に余計な混乱を招くのではないかと思い、今まで
秘匿していたのです。……本当に申しわけありませんでした」
(嘘こけ! どの面下げて言ってやがる!?)
フリードの内心を知らず、青年は頭を下げ、不特定多数のプレイヤーに謝罪する。都庁前に立ち止まった人々は、驚愕の虚実にざわめいていた。
(野郎、忠の戦果を掠め取るつもりか……)
悪質な売名行為に怒りがふつふつと込み上げる。
特に、復活と蘇生は友人が命がけで手にした討伐ボーナスだ。一歩間違えれば、フリードはかけがえのない仲間を永遠に失っていた。
何も知らない卑怯者が彼の覚悟を土足で汚すなど、絶対に許せない。
(だが、何故このタイミングで演説を始めたんだ?
討伐者が名乗りを上げないことは、前から話題になってたはず……)
<ヒュドラ>の討伐はデスゲーム開始からわずか二日目のことである。
驚異的な攻略速度に誰もが度肝を抜かれ、討伐者にすり寄って甘い汁を吸おうと躍起になっていた。故にシウスは討伐を秘匿したのだ。
現在はデスゲーム開始から二十五日目。嘘を整える時間を考慮しても、遅いと言わざるを得ない。
「しかし、我々の実績は皆様にも理解していただけたかと存じます。
その上で、提案があるのです」
フリードの思索を余所に、白マントの青年は演説を続ける。
「我々のギルド<ギガントマキア>に力を貸してください!」
「――ギガントマキア!?」
思いがけない固有名詞――<ラビリンス・ファンタジア>の巨大ギルドの名に、大声で反応してしまった。
茶髪の青年を含む七人のプレイヤーがフリードの方を見る。その顔は、気色が悪くなるほどの満面の笑みだった。
「……貴方もLFから移って来たプレイヤーですね。ならば話は早い。
我々と共にこのゲームを終わらせましょう!」
「勝手に決めんな! だいたい、<ギガント>のマスターはヘカテーだろ!
お前なんか知らねーよ!」
右腕を横一線に振って拒絶するフリードに、青年は一つ頷いた。
「ヘカテーは先代のギルドマスターです。彼女はMMOを引退しました」
「あの<聖騎士>が引退? そんなことが――」
「リアルの都合だそうです。データ消失のショックもあると思いますが。
……今はこの私、<剣士>クリスがギルドマスターです」
先代を悼むように、白マントの剣士・クリスは宣言した。
しかし、にわかには信じ難い話だ。
ヘカテーはシウス、マキロイと並ぶLF三強の一人だった。フリードはそう確信している。
いくらLFが突発的にサービスを終了したとはいえ、彼女が簡単にVRMMOを離れてしまうとは考えられなかったのである。
(こいつ、本当に<ギガント>の新しいマスターなのか?)
違和感を覚えたフリードは、揺さぶりをかけてみることにした。
LFの古参プレイヤーならば確実に知っていることを訊く。
「お前、四年前の<ダイダロス攻防戦>は知ってるか?」
「……<青枝>と引き分けたPvPですか?
昔のことには、あまり興味が湧かなくて……詳しくは知りません」
――あり得ない回答だ。
ヘカテーをあれほどまでに追い詰めたのはシウスしかいない。彼が撤退を選ばなければ、彼女は自らが総大将を務める大規模PvPで、初の敗北を喫していたはずだ。
(そのことも、<外道剣士>の誕生も知らない奴が新しいマスター?
――絶対ありえねーだろ。こいつ、どう見ても偽物だ)
フリードは遠目にクリスの顔をじろりと眺める。白い剣士の顔は変わらぬ笑顔だが、うわべだけを取り繕ったまがい物のようだった。
この青年がエリアボスの討伐を表明したのは、ギルド結成に箔を付けるためだろう。LF二大ギルドの一つ<ギガントマキア>の名を騙ったのは、LFからCGに移ったプレイヤーを取り込むのを容易にするためか。
LFのプレイヤー総人口は一万八千人から一万九千人だった。1パーセント程度がCGに移って来たと仮定しても、およそ二百人。
VRMMOは、そのリアルさ故に経験がものをいう。
ベテランの確保は効率良く戦力を増やす手段としては上策だろう。
「あの、私の顔に何か付いてます?」
「……別に」
フリードは茶髪の青年に向かって歩き出す。すまし顔の大嘘吐きを一発殴ってやろうかと思ったが、あいにく拠点内はPK禁止区域だ。
クリスが偽物のギルドマスターだと糾弾することもできるが、それを証明する方法がない。<クロスガイア>の世界にヘカテーはいないのだ。
この場では、気付いていないふりをするのがベターな選択だった。
「攻略するのはいいが、無理はするなよ。
お前は<聖騎士>でも<外道剣士>でもないんだから」
「はい?」
お前には、ヘカテーやシウスほどの力はない――言外に嫌味を残して、フリードはクリスの横を通り抜ける。
開いた自動ドアの向こう側、都庁内のロビーは想像より涼しかった。
(素材を保管したら、忠に連絡すっか。
俺に引っかけを食らう程度の男とはいえ、窮鼠猫を噛むって言うし)
自分は頭脳労働担当ではないのだ。嘘つき剣士への対応は頼れる仲間と一緒に考えればいい。
楽観的な見通しを立てて、フリードはNPCに<都庁>の詳しい説明を求めるべく受付へ向かうのだった。




