4.
上着を激しくはためかせ、剣士の体は雲を貫く。
紺色の流星の如く真っ逆さまに落下しながらも、腕を十字に交差させ、防御姿勢を取った。眼下の大地はどんどん接近して来る。
(今のHPで耐え切れるか……!?)
<フローズンスフィア>の冷気によって、地面は硬く凍結している。
踏み込んでスキルを放つ際は在り難かったが、不時着するには最悪のコンディションだ。
しかし、もはやどうすることもできなかった。
宙に浮かんだ人間など、まな板の鯉である。運を天に任せるしかない。
「――シウスさん!」
「――軍師!」
白と黒の少女が、下方より声を張り上げる。
青年の落下点に入って、その体躯を受け止めようというのだ。
「無茶だ! 避けろ!」
右腕を横に振るって退避を促すが、ノイエもゼフィラも聞き入れない。
意地でもシウスを死なせまいと、決死の覚悟で地上に立つ。
――そして、衝突の時。
「…………!」
狩人と占術師は、己の体を投げ出して青年を受け止めた。
勢いを殺し切ることはできなかったが、衝撃は多分に減る。
そのまま、三人は絡み合いながら凍土に叩き付けられた。
しばしの暇が過ぎる。
だが、誰も拠点に転送されない。どうやら、持ちこたえたようだ。
「……あっ」
「……どうした? 魔弾の――」
ノイエが思わず漏らした声に、ゼフィラが問おうとして、止めた。
自分達の状態が、見るに堪えないものだと気付いたのだ。
「軽いけど、二人は勘弁してください……」
青年は、苦痛をありありと感じさせる声で、控えめに言った。
腹部に乗られて呼吸がままならないのか、顔色がひどく悪い。
少女達はもつれた際に、シウスを思い切り下敷きにしていた。
ノイエとゼフィラは顔を見合わせると、慌てて青年の上から退く。
「……俺も大概ですが、貴方達も無茶ですよ。
それで助かった以上、文句は言えませんけど」
シウスはやっとの思いで身を起こすと、仲間に半眼を向けた。
白衣の少女は、醜態が恥ずかしかったのか、赤面して顔を逸らす。
黒衣の少女は、頬を掻きつつ、照れを隠すように言った。
「冷や冷やさせおって……。そなた、どれだけ落下が好きなのだ。
これで二度目ぞ。<残酷な剣士のシウス>とでも名乗るつもりか?」
「好きでやってるわけじゃないですよ!
そもそも、貴方が考えた作戦でしょう!?」
目を細めてくすくすと笑うゼフィラに、シウスはむくれて反論した。
青年は神話になれず、窓辺から飛び立てば怪我をしてしまう。
「……ここまで来ると、疑わしいですね。
落とし穴のこと、忘れたとは言わせませんよ」
ノイエは今更ながらに<アスプ古代遺跡>の件を持ち出した。
彼女自身にも一因があるとは夢にも思っていないのだ。
(この子、相変わらず根に持つなぁ……)
シウスは大きなため息をつくと、体を捻って背後を窺う。
相棒に射殺された漆黒の怪鳥は、荒れ果てた湿原に亡骸を晒していた。
エリアボス<ボマー・ストラス>の巨体からは、白い粒子状の光が天に立ち上っている。消滅するまで、さほど時間はかからないだろう。
剣士は勝利を祝うべく、長い銀髪の少女に向けて右の親指を立てた。
「ナイスキル。流石は<クロスガイアの白い死神>」
「……それでは字面が悪かろう。
むしろ、<白色電光戦闘ノイエ>というのはどうだ?」
「あなた達のネーミングセンスには着いて行けません……」
ミリタリーチックな二つ名を勝手に付けられて、ノイエは呆れの吐息をこぼさずにはいられなかった。
◆
西暦2105年4月21日、午後0時15分。
夜営を一つ挟み、シウス達は<クルト湿原地帯>を踏破した。
新緑の大地を抜けたその先には――瑠璃色の大海原。
澄み渡る蒼穹には、旋回するカモメの群れが鳴いている。
「――――!」
思いがけない絶景に驚いて、一行は駆け出した。
勢いよく岩場を飛び降りると、砂浜の感触が足裏から伝わって来る。
幾度となく打ち寄せる白波は、間違いなく海のそれだった。
「海なんて、久しぶりに見ました……」
「うむ。この地に来てより、陸ばかりであったからの……」
潮風に身を任せ、感慨深い様子で二人の少女が呟いた。
仮想空間に閉じ込められて、既に三週間以上が経過しているのだ。
現実世界が恋しくなったとしても、無理はない。
「いい景色ですけど――行き止まりですね。
新しい拠点も見つかりませんでしたし」
「た、確かに。失念していました……」
青年の冷静な指摘に、銀糸の髪を持つ少女は、はたと我に返る。
「しかし、我らは南へ一直線に湿原を抜けたのだぞ?
その結果が行き止まりとは、妙な話よ」
他方、黒衣の少女は肩までの金髪をかき上げ、悩ましげに言った。
「ええ……。公式ホームページの情報が確かならば、この大陸の総面積は約40万平方キロメートル。俺達が50キロ程度歩いたところで、大陸の端まで到達するわけがない。計算が合いませんから」
シウスは頷きを返すと、思考操作でショートブレードを呼び出した。
砂浜に、正方形を五つ組み合わせた十字の縁取りを刻んで、説明に入る。
「この図形の一辺をそれぞれ283キロメートルと仮定すると、総面積は40万445平方キロメートルとなります。ほぼ40万ちょうどですね」
「――なるほど。大陸中央のアウレリアから大陸の端までの距離は、最低でも約420キロメートル。ここが行き止まりでは、理屈が通らない」
ノイエは説明を瞬時に理解して「最低でも」と付け加えた。
実際の大陸が仮定のような規則的な形をしているはずはないのである。
「であれば、水平線の遥か彼方に大陸が続いているということか?
見えぬ対岸へ泳いで渡るなど、いくらなんでも無謀であろう……」
大海原を眺めつつ、ゼフィラは投げやりに応じる。
彼女の言う通り、海の向こうに陸地は全く見えなかった。
ボートか船でもあれば話は別だが、そんなアイテムの存在は見たことも聞いたこともない。そもそも、<アイテムインベントリ>に収納可能かどうかすら怪しい。飛行手段も同様だ。
「一度、ユーニスタに帰還しますか?
フリードに相談すれば、何とかなるかもしれませんし……」
「拠点も転移ポイントも見つからぬのでは、また湿原を抜ける羽目になるが……背に腹はかえられぬか」
「……システムウィンドウ」
仕方なく、ノイエはメニュー画面を開き、<テレポート>を選択する。
――すると、不意を打つように地面が揺らいだ。
「なっ……地震!?」
たたらを踏むシウスは、自然現象の発生が信じられない様子だ。
それもそのはず、彼らが立っている砂浜は――
「まさか! ここはVR空間ですよ!?
サーバが物理的に揺れたとしても――」
「軍師っ! あれを見よ!」
黒衣の少女が指差した先――海面が、不自然に隆起していた。
海水を押し退けて、何らかの物体がせり上がって来たのである。
それは、半円のバリアに包まれ、水圧から保護された建築物だった。
「一つではない! 数えきれぬほど……!」
「水中から街!? そんな馬鹿げた話が――」
「あれが新しい拠点なのか!?」
パーティーの驚愕の叫びは、大波の音にかき消される。
<海上都市パルマ・ロッサ>は浮上を完了すると、三人を歓迎するかの如く、遠く離れた砂浜に向かって広々とした通路を伸ばした。
◆
『FROM 運営チーム
TITLE 仕様の更新のお知らせ
この度は、<クロスガイア>をプレイしていただき、誠にありがとうございます。
以下の日時において、仕様の更新がなされたことを報告させていただきます。
更新日時
2105年4月20日(月)15:42
更新内容
・<王城(都庁)>の機能拡張
ギルドの設立申請、アイテム・クレジットの保管が可能になりました。
なお、これは<クルト湿原地帯>のエリアボス<ボマー・ストラス>の討伐によるボーナスです。
今後とも、<クロスガイア>をよろしくお願いいたします』




