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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
四章「落日の残片」
19/49

3.

 大陸のほぼ中央に位置する<央都おうとアウレリア>より南に10キロ。

 広がる景色は、実にのどかな湿原だった。


 色鮮やかな緑色のこけが一面に広がり、ノンアクティブのモブ――タンチョウやハクセキレイが、水辺に留まっている。


 弁当・水筒を持参し、ピクニック、あるいはバードウォッチと洒落込むには、これ以上ないロケーションだ。



 そんなエリア、<クルト湿原地帯>のど真ん中から、黒いもやが巨大な円柱状に立ち上っていた。


 まるで、その一画だけを隔離するような魔法の力は、エリアボスとの戦闘を示すサインに他ならない。戦っているのは、三人のプレイヤーだ。



「軍師っ! かの九頭竜くずりゅうも、このように強かったのか!?」


「大体こんな感じでしたよ! ――ノイエさん上っ!」


「デルタ……狙いが定まらない……!」



 切羽詰まった様子で二人の少女と青年が言葉を交わす。


 浮遊する水晶球を掌に浮かべた黒衣の少女は、汗で頬に張り付いた金髪を煩わしそうに払い除ける。


 空に向けてロングボウを構えた白衣の少女は、銀色の長髪を乱して焦りの叫びを上げた。


 チェインシャツに紺色の上着の青年は、大剣を構えて強襲に備える。その表情に、普段の穏やかさは欠片も残っていない。


 三人共、HPバーは半分を切っていた。HPポットを使わないのは、既にインベントリ内のそれを使い切ってしまったからである。



「要塞の次は戦闘機かよ……運営め、いい趣味してやがる……!」


「言っている場合ですか!? ――また来ます!」



 ノイエの警告通り、湿原の上空から漆黒のシルエットが急降下して来る。シウスは両手剣を下段に構え、カウンターの体勢を取った。


 超高速で垂直落下したのは、鳥類の巨体だった。

 両爪の代替に湾曲した剣を三本ずつ付け、目元は鮮血のように赤い。


 造形こそからすのそれだが、金属質の腹部は白く、対照的に翼は黒い。

 そもそも、全長10メートル、翼開長20メートルもある鴉は存在しない。


 エリアボス<ボマー・ストラス>は、まさに天空の覇者だった。



「<レイジングソード>!」



 黒い彗星すいせいが繰り出す爪と、2メートル級の大剣が激突する。


 ――瞬間、シウスは紙風船のように軽々と弾き飛ばされた。


 湿原を転がってどうにかダメージを受け流したが、スキルが相手に全く通用しないことに歯噛みする。完全な力負けだ。



(ちいっ! まともに剣を振ることすら……!)



 内心で舌打ちをしつつ、ゆるい足元を確認する。


 苔の生い茂った大地は柔らかすぎて、全力で踏み込んで斬撃を放つことが不可能だ。威力の減衰した剣が、エリアボスの脅威になることはない。


 現状、シウスはおとりくらいにしかなっていない。足場を気にせずに戦える後衛の二人に期待したいところだが――



「<デルタスナイプ>!」


「<フレイムスフィア>!」



 三本の速射と赤熱する火球が<ボマー・ストラス>に追いすがる。

 しかし、怪鳥は鋭い旋回であっさりそれらを振り切り、反撃に移行した。


 ばさり、と羽ばたきが一つ。

 それだけで、大量の黒い羽根が驟雨しゅううの如く地上に降り注ぐ。



「――――かわせ!」 



 シウスは礼儀をかなぐり捨てて、パーティーメンバーに命じた。

 即時、百近い破砕音が連続で鳴り響く。


 鉄の羽根は地表に触れた直後、一つ一つが必殺の破壊をまき散らした。

 それは、爆撃機による空襲そのものである。



「くっ……攻撃範囲が広すぎる……!」



 剣士の合図で回避に専念した後衛陣は、完全に回避するには至らず、さらにHPバーを減らしていた。


 このまま戦い続けれは、初の拠点復活を味わうことになりかねない。

 PKと違って装備は失われないが、インベントリの中身とクレジットの半減は避けたいペナルティだ。


 <クロスガイア>には、未だアイテム倉庫も金融機関も発見されていないのだから。



「――<ブルームシュート>!」



 シウスが考えている間に、敵の速度に目が慣れたのか、狩人のスキルが遂に空中の<ボマー・ストラス>を射抜いた。


 装甲はさほど堅牢ではないのか、敵のHPバーが一気に半分を切る。



「それでこそ魔弾の射手よ! このまま我が仕留めてくれる!」



 ゼフィラは追撃の魔法スキルを発動しようと水晶球を天に掲げた。

 収束する魔力が徐々に高まり、明確な攻撃性を帯びて行く。


 ――それと同時に、異形の大鴉は姿を消した。



「なっ……! いずこへ――」


「――ゼフィラさん!」



 シウスは黒衣の少女を強引に脇に抱え、横っ飛びに跳躍した。

 突風と共に、直前まで彼女のいた地点に六本の裂傷が刻まれる。

 

 すると、<ボマー・ストラス>は突如として上空に再出現した。



「な、何が起こったのですか!?」



 原理不明の怪奇現象にノイエは動揺を隠せない。


 ゼフィラを地上に下ろすと、シウスは空をにらみ付けた。

 漆黒の怪鳥は、憎たらしいほど悠々とパーティーを見下ろしている。



「ステルス――いや、光学迷彩か。今のは危なかった……」


「そ、そなた……どうやって……」



 青年は苦虫を噛み潰したような口調で呟く。

 一方、金糸の髪を持つ少女は三重の意味で驚いていた。


 剣士が了承も取らずに自分を抱きかかえたこと。

 エリアボスが姿を消して攻撃して来たこと。

 そして、剣士が初見にもかかわらず、不可視の一撃を察知したこと。


 シウスは顔をしかめて返答した。



「あいつが低空飛行する時には風の流れが乱れます。

 <クロスガイア>の再現度に助けられた形ですね」


「は?」


「……何を言っているのか、さっぱり分かりません」



 二人の少女は目を点にした。


 <ボマー・ストラス>の高速機動は、上空にいる時でさえ地上の大気を激しくかき乱しているのだ。

 先程シウスがやってのけたのは、暴風雨にまぎれた一滴の砂糖水を感知するが如き難題である。


 率直そっちょくに言って、人間にはほぼ不可能だ。

 剣士の鋭敏な感性は、もはや計算機じみた水準に達している。



「――なれば、起死回生の一手がある。耳を貸すがよい」



 ゼフィラは姿勢を正すと、二人を近くに呼び寄せた。





 大空を自由自在にかける異形の大鴉は、その姿を風景と同化させた。

 もう一度、急降下からの見えざる爪撃を繰り出すつもりだろう。


 エリアボスが光学迷彩を発動するや否や、占術師は魔法の準備に移る。


 黒衣に映える金髪が、風になびいて揺れている。

 地上の空気は相変わらず乱れっぱなしだった。



「……来るぞ!」



 しかし、剣士はかすかな大気振動の変化から、不可視の攻撃を知る。

 その合図と時を同じくして、赤い瞳の少女はスキルを発動させた。



「<フローズンスフィア>!」



 高密度の冷気が凝縮された水晶球が、湿原の一画を飛び回る。


 ――飛び回るのは良いが、ゼフィラには敵を感知する術がない。


 <ボマー・ストラス>に魔法が当たることは、あり得なかった。

 漆黒の怪鳥は、意にも介さず重力加速して地上のパーティーに襲い来る。



「もう、見えてるっての」



 シウスは両手剣を正眼に構えると、足場を確かめた。


 <フローズンスフィア>によって凍結し、全力での踏み込みに耐え得る強度を手に入れた、新緑の大地を。


 そして、己の感覚を頼りに、姿を隠した臆病者に向かって飛び出した。



「<アーマーブレイカー>!」



 凍りついたこけを踏み砕いての、全身全霊を込めた突きが火花を散らす。

 柄から伝わる手応えと、破れた光学迷彩が、全てを物語った。

 

 大剣は、深々とエリアボスの胴体に突き刺さっていた。


 それ故に、シウスは<ボマー・ストラス>の勢いに巻き込まれ、遥か上空へさらわれる。

 眼下のパーティーメンバーは、一瞬で米粒程度の大きさに変わった。



(このデカブツ、どんな馬力してやがる……!)



 強烈な風圧にさらされて、目を開けることすら困難だった。


 怪鳥は自分を串刺しにしているシウスを振りほどこうと、必死で体を回転させる。大剣の柄を掴む握力だけでは、そう長くは耐えられない。


 ――だが、それも織り込み済みだ。


 シウスは思考操作で、武装を両手剣からショートブレードに変更した。

 大剣がインベントリに収容され、支えを失った体は大地に引かれる。


 剣士にとっては、宙に浮いたその一瞬が、千載一遇せんざいいちぐうの好機だった。



「落ちやがれぇぇええ!」



 神速のショートブレードが、大鴉の片翼を切り落とした。

 バランスを取れなくなったエリアボスの巨体は、もはや空中の棺桶である。


 きりもみ回転しながら、一人と一柱は雲海に飲み込まれた。


 それは、父・ダイダロスの忠告を忘れて高く飛び過ぎたがために。

 太陽の光にろうで固めた羽根を溶かされ、海へ墜落したイカロスの姿。



「<ブルームシュート>!」



 そして、落下するだけの標的を白衣の狩人が射落とせないわけがない。


 瞬間――薄紅色の一矢が重力に逆らいつつ、蒼天を駆け抜けた。


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