2.
「それで、決着はどうなったのですか?」
銀髪の少女は、貴族のような優雅さを漂わせながら紅茶に口をつけた。
味が気に入らなかったらしく、「微妙ですね……」などと批評までする有様だ。その仕草は堂に入っており、この場が大衆食堂であることを忘れさせる。
「いやいや! 決着云々より、こいつの無茶を気にしようよ!?」
「いつものことではないですか。一体、どこを気にしろと?」
親指でシウスを指しながら言うフリードに、ノイエは首を傾けて応じた。
もはや、剣士がその程度の無茶を行っても、全く気にならない。感覚が完全に麻痺してしまっているのだ。
「お前、いい相棒持ったなぁ……」
「そうだな……。愛想尽かされないのがおかしいくらいだ」
鍛冶師は隣の剣士の方を向いて、感慨深く言った。
友人に同意しつつ、シウスは今までの行動を思い返す。
出会い頭の背負い投げ、女子トイレや娼館の調査、生き埋め覚悟の特攻、敵対プレイヤーへの脅迫――ぱっと思いつくだけでもこれだけある。
(うーん、我ながらひどすぎるな……)
難しい顔で唸る相棒に、ノイエは呆れてため息をこぼした。
妙な方向に逸れた話題を軌道修正すべく、ゼフィラは頬杖をつきながらシウスを促す。
「……先程、引き分けと申したな。ならば、時間切れか?」
「ええ。俺がヘカテーさんと打ち合ってたのは二十分くらいですけど、
その間にダイダロス側が攻勢に出まして。ダイダロスを脱出して応援に
駆けつけた時には、イカロス内外で乱戦になってました」
「確か、<ギガント>がイカロスの傍に伏兵を配置してたんだよな。
しかも、総大将をほったらかして全軍で突撃なんて、読めねーわ」
二人は四年前の結末を回顧する。
自軍の拠点が強襲にさらされたダイダロス側は、拠点の防衛を放棄して進軍し、イカロス近郊に身を潜める伏兵と共に一大攻勢を仕掛けた。
総大将・ヘカテーが持ちこたえている間に敵の拠点を陥落させようと、短期決戦を挑んだのである。
対する<青枝>のマキロイも、自ら剣を振るって騎士団を鼓舞した。
総大将でありながら最前線に身を置き、勇猛果敢に戦ったのだ。
さらに、強力無比なレジェンドスキルの遣い手であるシウスが帰参したことで、イカロスの陥落は免れたものの、戦線は膠着状態に陥った。
そして、タイムリミットと相成ったのだ。
「……何故、相手の総大将を討ち取ることを優先しなかったのですか?」
そんな二人の説明に、ノイエは頭に疑問符を浮かべた。
シウスの行動が合理的でないように思われたのだ。
「時間がないのは分かっていたのでしょう?
それなのに撤退するなんて、あなたらしくありません」
尤もな発言である。引き分けになるよりは勝敗を決したい、と思うのが人情というものだろう。
シウスがダイダロスに留まり、ヘカテーを倒していれば、イカロス側の勝利だった。
「それは、そうなんですけど――」
シウスは痛いところを突かれ、しばしの間、沈黙する。
百面相をしながら自分の中で考えを整理すると、力なく語り始めた。
「――現実の戦争ならば、敵の総大将を討っても、拠点が深刻なダメージを
受ければ敗北に等しい。だから、あの時俺は、瀕死の勝利より痛み分けを
取るべきだと思ってしまったんです……」
「…………」
ノイエとゼフィラは、俯いた状態の剣士をまじまじと見つめた。
まるで、軍隊の司令官のような考え方に、びっくりしてしまったのだ。
彼がどれほど<ラビリンス・ファンタジア>に入れ込んでいたのか、その事実だけで明白だった。
「<外道剣士>ってのは、阿呆みたいに強いって理由で付けられた
二つ名じゃない。考え方が正道からかけ離れてるって意味だ。
……ま、あのPvPに関わった奴しか知らないだろうけど」
くつくつと笑いながら、フリードはおかしそうに言う。
シウスは顔を上げると、不満そうな表情で反論した。
「面白おかしく脚色した話を吹聴してたのはお前だろ!
おかげで、リーダーも最後まで誤解したままだったじゃないか!」
「え? あれってわざとやってたのかと……」
思いがけない事実にフリードが驚く。
予想通りの反応に、シウスは己の額に片手をやって嘆息した。
◆
「……昔話もいいですけど、パーティー会議、始めますよ?」
始める前から疲れた様子で、シウスは<スケッチブック>を開く。
示されたのは<ライオネル鉱山>の簡易マップだ。
しかし、マップには細長い一本道と小部屋がいくつかあるだけで、非常に狭い範囲しか書き記されていない。特異な点は、鉱石の採取ポイントのみだ。
「未だにエリアボスが見つからないんですよね……」
「おう。だから俺も安心して素材を取りに行けるんだが――」
「――討伐ボーナスは得られぬな……。
RPGの鉄則からして、ボスの撃破がクリア条件に関連しているのは
間違いなかろう。つまり、鉱山は一種のダミーということか?」
黒衣の占術師が言う通り、<ライオネル鉱山>はプレイヤーを惑わすために、運営が用意したエリアなのかもしれない。
一方、ユーニスタのさらに東は、断崖絶壁で閉ざされている。
ロープを用いて降りようとしたプレイヤーも存在するが、長さが全く足りずに断念したと聞く。
おそらく、浮遊魔法や飛竜などの召喚生物――飛行手段を手に入れない限り、先には進めないのだろう。
そうなると、次に打つべき手は限られてくる。
「今まで俺達は、大陸東方面の攻略に主眼を置いて来ましたが、目線を変える時期かもしれませんね……」
「残り三方面への進出ですか。
……<ヒュドラ>が討伐されて以来、プレイヤーの関心は東に集中し、他のエリアの探索が疎かになってしまいましたものね」
剣士の提案に白衣の狩人が応えた。
一度、アウレリアに帰還して、北・南・西のいずれかの方角に進み、行動範囲を拡大しようというのである。
「そんじゃ、どの方角へ向かうか、これでも振って決めるか?」
鍛冶師はアイテムインベントリから、鉛筆を一本取り出して机に置く。
武具の大まかなデザインを決める際に使っているものだろうか。
あまりにいい加減な選定方法に、ノイエがため息をついた。
「フリードさん……これは試験ではないのですよ?」
「うん? そう悪く言うものでもなかろう。
鉛筆転がしには、100年以上の歴史があるのだぞ?」
<占術師>が言うと、本当なのかどうか判別がつかない。
苦笑いしつつ、六角柱の鉛筆をつまんで回転させる態勢に入った。
死亡時のペナルティがあるとはいえ、拠点での復活は元通りなのだから、いちいち悩むのは馬鹿らしいと思ったのである。
「ありゃ? まじでその気になっちまった」
「ちょっと待って下さい! そんな適当な――」
「ふふ……面白くなってきたではないか」
その場のノリで言った冗談が採用され、フリードは笑って誤魔化した。
思わぬ展開に慌てふためき、制止しようとするノイエの腕を、ゼフィラが掴んで邪魔をする。
三者三様の反応を前に、シウスは鉛筆を回して運命の輪を描いた。




