1.
高層ビルの1フロア。ガラス張りの壁からは、隣の建物が良く見える。
ファンタジーらしからぬ近代的な街並みは、<鉱山都市ユーニスタ>の特徴だった。
フロアには長机と椅子が大量に並び、大勢のアバターが四角のトレイに食器を乗せて行き交う。その光景は、現実の大衆食堂に相違ない。
四人掛けの席を丁度埋め、一つのパーティーが話をしていた。
食後なのか、机の上にはティーカップが四つ。中身は紅茶とコーヒーが半々だった。
「何つーかさ、こうしてみると現実と変わんないよなぁ……」
椅子に着いて他の客を見回しながら、赤毛の青年がしみじみ呟く。
薄手のシャツにジーンズというラフな格好は、とても<鍛冶師>とは思えない。
「アウレリアからは結構離れてるからな。……40キロくらいか?」
「ふむ、東京と千葉の間がその程度だったかの。思えば、遠くまで来たものよ」
鍛冶師の隣には、チェインシャツに紺色の上着を羽織った<剣士>。
補足をしたのは対面側に座る、黒衣に金髪が映える<占術師>だ。
「…………」
占術師の隣には、妙に落ち着かない様子の<狩人>がいた。
白衣の少女は、自身の長い銀髪を弄びながら、きょろきょろと周囲を窺っている。
「どったの、ノイエちゃん。お腹痛いとか?」
「い、いえ。このような場所は初めてなので、戸惑ってしまって……」
フリードの問いかけに、ノイエはおずおずと答えた。
見るからに育ちが良さそうな彼女のことだ。いわゆる箱入り娘という存在であっても不思議はない。
「なるほど。確かに魔弾の射手にはアウレリアの方が似合うやも知れぬ。適度に着飾り、<王城>の玉座に着けば、さぞ絵になるであろうな?」
「勘弁して下さい……」
何を思い出したのか、辟易とした表情でノイエは言う。
そんな仲間に、ゼフィラは鈴の音のような声で、ころころと笑った。
「それよりもっ! わたし達、見られていませんか?」
青い瞳の少女は、声を張り上げる。
強引な話題転換ではあったが、発言そのものは事実だった。
食堂に点在するプレイヤーの目は、時々ノイエ達の方を向いている。
シウスとフリードは同じタイミングで視線を合わせ、苦笑いをした。
「そりゃそうでしょう。一般的に、リアル志向のMMOは男性プレイヤーが大半を占めます。数少ない女性プレイヤーが二人も固まってたら、目立って当然です」
「もちろん、アバターの容姿もあるだろうけどな」
ノイエのアバターは白銀の妖精。ゼフィラのアバターは黒金の悪魔。
対照的な色彩の二人は、互いが互いを引き立てる。
常識に照らし合わせた回答をした二人に、しかしゼフィラは額に手をやり、頭痛を堪えるようにして首を横に振った。
「何を申しておる……見られているのは、そなたらとて同様なのだぞ」
「いやいや、誰が好き好んで野郎のアバターを――」
「デスゲーム初日より探索を行うプレイヤーなど数えるほどしかおらぬ。大衆から見た我らは、言わば先駆者。それが四人も集まり談笑しておるのだから、耳目を惹いて当たり前だ」
ゼフィラを除いた三人が、目を丸くした。
必死で攻略に取り組むあまり、自分が他のプレイヤーからどのように思われているかなど、気にしたことすらなかったのである。
「特に、軍師。そなたには先の一件がある。あれから十日も経れば、噂も広まるというもの。悪鬼羅刹の如く思われても、致し方あるまいて」
「あちゃー。CGでも<外道剣士>爆誕か」
わざとらしく頭を抱え、フリードが茶化した。その口元は思い切り歪んでおり、随分と楽しそうだ。
他方、シウスは思惑通りに事が運んで喜ぶべきか、悪評が流布して恐れられることを嘆くべきか、内面で激しく葛藤していた。
「あの、<外道剣士>って何ですか? どう聞いてもシウスさんの渾名でしょうけど」
「ノイエさん、最近辛口すぎません……?」
シウスのLF時代を知らないノイエがフリードに問うた。
赤毛の鍛冶師は「待ってました」と言わんばかりの笑みで応じる。
「俺ら、四か月前までは<ラビリンス・ファンタジア>ってネトゲやってたんだ。ノイエちゃんの言う通り<外道剣士>ってのは、そこでのこいつの二つ名だよ」
「……まさか、他のMMOでもあのような鬼畜極まりない所業を――」
「やってませんから」
突っ込みを入れたシウスに、フリードは大笑いだ。
笑い過ぎて呼吸が苦しくなったのか、一度咳払いをする。
「けほっ……嘘こけ! <ダイダロス攻防戦>で、お前何やったよ!?」
「……あれは戦術の範囲だろ。だいたい、こっちが先手を取ったのに引き分けたんだから、実質は負けだ」
目を逸らしながら言うシウスに、ノイエとフリードが半眼を向ける。
すると、不意に対面側のゼフィラが勢いよく身を乗り出し、剣士に詰め寄った。どうやら、よほど興味をくすぐられたようだ。
「それはどういう意味だ?」
「ゼフィラさんの言う通りです。あなた、一体何をしたのですか?」
黒衣の占術師に、ノイエもすかさず同調する。
才媛二人に攻められては、流石のシウスも白旗を上げるしかない。
懐かしい記憶を辿りながら、ぽつぽつと語り始めた。
「もう、四年も前の話です。長くなりますが――」
◆
西暦2101年2月1日。
<迷宮都市ダイダロス>は日本の季節通り、早い夕暮れを迎えていた。
城壁をぐるりと囲うのは、拠点を防衛すべく守りを固めるプレイヤー達。
その総数、実に一千人。これほど多くのプレイヤーが一堂に会したのは、VRMMO<ラビリンス・ファンタジア>の歴史の中でも初めてだ。
拠点内部で総大将を護衛する、精鋭部隊を含めずともこの数である。
誰もが22世紀最初の大規模PvPというイベントに心躍らせていた。
「おかしいわね……」
しかし、何事にも例外は付き物である。
LF二大ギルドの一つ、<ギガントマキア>のギルドマスターにして、ダイダロス側の総大将・<聖騎士>ヘカテーは、迷宮都市の中枢、黄昏に包まれる宮殿前で疑問の声を上げた。
「マスター、どうかしたんですか?」
「タイムリミットが迫っているのに、イカロス側が仕掛けてこない。
<青枝>のマキロイは騎士道を重んじる生粋の武人よ。時間切れによる引き分けなんて、望むかしら?」
黒髪を後ろで纏め、淡く発光する鎧を纏う長身の<聖騎士>が、側近の<魔女>に答えを返す。
対戦相手は<迷宮都市イカロス>を拠点とするチームであり、その主力は、もう一つのLF二大ギルド<青枝の騎士団>だ。
総大将は、もちろん<青枝>のギルドマスターたるマキロイである。
今回に限らず、LFの大規模PvPは、ほぼ二大ギルド同士の対決となる。二大ギルドの勢力は、他の中小ギルドに比べて大きすぎるのだ。
「それはそうですけど、こちらから出向くわけにはいかないでしょう? 拠点外での真っ向勝負になれば、<青枝>の独擅場です」
「だからおかしいの。マキロイは、自分達があからさまに有利な戦場なんて絶対に選ばない。必ず攻撃を仕掛けてくるはず……」
それなのに、イカロス側は目立った動きを見せないのだ。
このままでは、制限時間を使い切って、引き分けになってしまうだろう。
「……ん? 今、何か光りませんでした?」
<魔女>が宮殿前の夕空を見上げた。ヘカテーもそれに倣う。
確かに彼女の言う通り、煌めく金色の光が、夜空を翔る飛行機のようにこちらへ向かっているのが見えた。
――それが、急速に落下して来る。
嫌な予感に従ってヘカテーが飛び退いた瞬間、ダイダロスの宮殿前が、急降下爆撃を受けたかのように、地層ごとめくれ上がった。
大量の土砂が煙幕と化して<聖騎士>の視界を奪う。
反射的に思考操作で主武装の槍を取り出し、全力で一薙ぎする。
その勢いで巻き起こった突風が、即座に視界を回復させた。
「あ、れ……何で――」
見えたのは、背中から黄金の剣を生やした側近だった。致命的な一撃に力尽きると、その姿は消失する。
HPバーを失ったアバターは瞬時に隔離される。以後、今回のPvPに関わることはできない。
「あ、こんばんは。俺、<世界樹の木陰>のシウスです」
<魔女>を突き殺したのは、少年のプレイヤーだった。
落下の際に紺色の衣服に付着した砂埃を軽く払うと、少年はヘカテーの姿を認識し、深々とお辞儀をする。
少年の瞳には何の感慨も含まれていなかった。
女性プレイヤーをPKしたことも、自殺まがいの身投げを行ったことも、彼にとっては動揺するに値しない事柄なのだろう。
「――上空からの強襲。しかも、単騎で?」
「うちのリーダーがバフかけてくれたんで、思ったより楽でした。
スカイダイビングって、こんな感じなんでしょうかね?」
少年剣士は頭を掻きながら、ふにゃりと笑う。
ヘカテーは、自分が今、目にしているものが信じられなかった。
浮遊魔法か、飛竜といった召喚生物を用いれば、可能な戦術ではある。
しかし、この少年は遥か上空よりパラシュートも着けずに落下したのだ。
イカロスの墜死を再現したようなその愚行は、如何にVRMMOとはいえ、精神に異常をきたしても、決しておかしくない行為である。
――それなのに、どうしてこの子は、笑いながら私と話せるのだ――
「君は――私がここで仕留めるわ」
「ん……負けませんよ。一応、<木陰>を代表して来てるんで」
得体の知れないニューフェイスに、ヘカテーは最大限の警戒を以て臨む。切り札たる究極奥義・レジェンドスキルの使用も辞さない覚悟だった。
少年剣士には、端から手加減する気などないだろう。人間の形をした者を何の迷いもなく串刺しにできるのだから。
ヘカテーは両の腕で聖なる槍を握りしめ、どっしりと構える。
少年剣士は禍々しい輝きを放つ剣を片手に、自然体でいる。
激突は、直後のことだった。
「――<ゲオルギウス>!」
「――<グラム・リバーサル>!」
二人は全く同時に踏み出すと、レジェンドスキルを発動させた。
シレナを脅かす毒竜を打ち倒した必殺の投槍。
北欧の主神に一度打ち砕かれ、しかし鍛え直された黄金の魔剣。
圧倒的な熱量がダイダロスごと相手を焼き尽くさんと唸りを上げた――




