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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
三章「雨雲の彼方」
16/49

7.

 雲一つない満天の星空の下、中世風の王城は静寂に包まれる。

 魔法の淡い光に照らされて、浮かぶのは二つの人影。

 青年と少女は、バルコニーにたたずみ、互いに黙していた。


 仮初かりそめ天蓋てんがいを眺めつつ、シウスは思う。

 こんなに綺麗な世界なのに、何故デスゲームなどという血みどろの舞台になってしまうのかと。



(違うな。目に見える景色はいつだって変わらない。変わるのは――認識する側の人間だ)



 VRMMO<クロスガイア>にダイブした、初日のことが脳裏をよぎる。

 あの時もシウスは、気の置けない仲間の不在が悲しくて、砂を噛むような思いをしたのだ。



「計画通りには行きませんでしたね」



 沈黙を破り、隣の少女――ノイエが話しかけて来る。

 計画というのは、昼間の戦後処理のことだろう。



「まあ、仕方ないでしょう。ヤマセさんが彼らを許したのに、俺が許さないのは不自然です。あれ以上続ければ、こちらの狙いがばれていたかもしれません」



 シウスは苦笑いで応じた。アルベルトの一味を執拗に脅したのは、彼らを更生させるためではない。

 そもそも、人質救出作戦に協力したことすら、完全に正義感からの行為とは言えないのである。


 長期的に見て、自分達に利があると判断したから、シウスとノイエは動いたのだ。



「……やりすぎましたか?」


「あれくらいで丁度良いのでは? この三日間ずっと働きづめだったのですから、ストレス発散は必要でしょう」



 真顔で過激な発言をするノイエに噴出した。

 この少女は、よほど激怒しなければ、このような物言いをする人間ではなかったはずだが――



「……あなたと一緒に行動していれば、たくましくもなります」



 ぷい、とそっぽを向いて、ノイエは相棒の内心に返答した。

 相変わらずさとい少女だと、頭を掻いて脱帽する。



 ――刹那、カツンという靴音がバルコニーに反響した。



「やはり、あれは生贄であったか」



 魔法動力の照明が、闇に黄金を浮かび上がらせる。

 暗黒よりもなお暗い、鴉のような黒装束。

 爛々らんらんと光る深紅の双眸そうぼうがシウスを捉えて離さない。



「……ゼフィラさん。作戦へのご協力、感謝します」


「軍師よ、我らの間に礼は不要だ。そちらの魔弾の射手もな」



 最初の邂逅かいこうと同様に、彼女は唐突に現れた。



「先の射撃、ほんに見事であった。そなたが悪魔に魂を売っていたとしても、我は驚かぬ」



 黒衣の占術師はノイエを見やり、穏やかに微笑む。

 白衣の狩人は対照的に、むくれた顔で反論した。



「わたしがカスパールですか。それなら、あなたはザミエルですね」


「ふ、そう褒めてくれるな。照れるであろう」



 ノイエは全く褒めていないが、ゼフィラは妙に嬉しそうだ。

 そのまま二人の間を通り抜けると、央都の夜景を眺める。


 市街地の喧騒けんそうは遥か遠く、人影はまばらだった。

 今頃、ヤマセ達はエーギルやクラレットと共に、祝杯を挙げているのだろうか。



「それより、生贄とはどういう意味ですか?」



 シウスはとぼけた口調で質問する。

 金髪の少女は、バルコニーの手すりに背中を預けると、不思議そうに首をかしげた。



「そなた、あの虫けらを生贄に、たるんだ規律を引き締めるつもりだったのであろう?」


「…………」



 シウスは、すっと目を細め、ゼフィラの瞳を見つめる。

 少女の赤い眼には一点のよどみもなく、純粋な知性が宿っていた。



「……怖い目をするな。そなたの真意は、我ら三人の秘密。つまびらかにするつもりなど毛頭ない」


「そう願いたいものですね」



 瞑目めいもくして、ノイエの知恵を借りながら計画を練った日々を思い出す。



 シウスとノイエは情報収集の結果、<鉱山都市ユーニスタ>を占拠する無法者の排除は、さほど難しくないという結論に達した。


 次に考えたのは、この事態を自分達の利益にできないかということだ。


 一度PKされて、装備・アイテム・クレジットを失ったヤマセからは、まともな報酬が期待できない。それなのに、こき使われるなどまっぴら御免である。



 そして、思い至ったのが、<クロスガイア>の規律引き締めだった。



 CG最大の問題は、運営である。


 デスゲームを開催し、プレイヤーを仮想空間に閉じ込めて、後は放置。

 その上、プレイヤー間の争いに一切関知しないなど、常識では考えられない。

 運営が責任を果たしていれば、アルベルト達の暴走はなかったはずだ。


 明確な法の存在しない今のCGには、見せしめが必要だったのだ。

 自分勝手なプレイヤーは、こうなるのだ、という見せしめが。


 アルベルトは、まさに都合のいい人身御供ひとみごくうだった。

 悪行に走るプレイヤーの出現を抑制するためにも、シウスは彼を人柱に仕立て上げようとしたのである。



「言っておきますが、俺はヒーローでも何でもありません。自分の身が可愛い、普通のVRMMOプレイヤーです」



 冷酷さをにじませる声で、黒衣の占術師に告げる。


 シウスは本気でアルベルトとその一味を破滅させるつもりだった。

 低能な人間の命で今後の攻略がはかどるならば、いくらでも犠牲にできる。外道のそしりを受けようが、全く構わない。



「――それが、そなたの覚悟か」


「――いいえ、単なる狂気です」



 即答した青年のおとがいに、ゼフィラは白魚のような細い指を伸ばした。

 至高の芸術のような造形の少女は妖艶に笑うと、唇と唇が触れてしまいそうな距離まで接近して来る。



「その狂気も、愛らしい」



 ――響く言霊ことだまは、嘘か真か。





「さて、参ろうか。我らの門出を祝うには、これ以上ない夜よ」


「どういうことですか?」



 黒衣の占術師は、一人バルコニーを先に出る。

 言葉の意味がよく分からず、シウスは少女の背に疑問の声を投げかけた。



「うん? 新たな同志を迎え入れるのだから、祝儀の一つくらい催すものだろう?」



 首だけで振り返ると、ゼフィラは疑問を返した。

 シウスとノイエは降って湧いた吉事に、顔を見合わせて驚くばかりだ。



「つまり、貴方は――」


「わたし達の、仲間になると?」


「……何を今更。我とそなたらの出会いは必然。しからば、共に歩むのが道理であろうに」



 金髪の少女は、呆れた様子でくるりと反転すると、片手を腰に当てた。



「ときに軍師よ、酒はいける口か? 魔弾の射手はどうだ?」


「わたしは未成年ですから、無理ですよ?」


「俺は……あと三日経たないと駄目ですね」



 メニュー画面で日付を確認すると、4月10日だった。

 忠の誕生日は4月13日なので、あと三日で成人する計算になる。



「それ、初めて聞きましたよ。少し早いですが、お誕生日会を兼ねるというのは?」


「大いに賛成だ。錦上添花きんじょうてんかとは、まさしくこのことよ」


「えっと……ありがとうございます」



 アバターの姿で現実の年齢を気にする自分達がおかしくて、シウスは思わず笑ってしまう。

 ノイエとゼフィラも、それにつられて吹き出した。



「それじゃ、行きましょうか?」


「はい。……どのお店にしましょう?」


「慌てることはない、夜は長いのだ。悩むのもまた一興」



 わいわいと騒ぎながら、三人は<王城>のフロアを進む。

 新たな仲間を加え、その足跡をより確かなものへと変えながら。


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