7.
雲一つない満天の星空の下、中世風の王城は静寂に包まれる。
魔法の淡い光に照らされて、浮かぶのは二つの人影。
青年と少女は、バルコニーに佇み、互いに黙していた。
仮初の天蓋を眺めつつ、シウスは思う。
こんなに綺麗な世界なのに、何故デスゲームなどという血みどろの舞台になってしまうのかと。
(違うな。目に見える景色はいつだって変わらない。変わるのは――認識する側の人間だ)
VRMMO<クロスガイア>にダイブした、初日のことが脳裏をよぎる。
あの時もシウスは、気の置けない仲間の不在が悲しくて、砂を噛むような思いをしたのだ。
「計画通りには行きませんでしたね」
沈黙を破り、隣の少女――ノイエが話しかけて来る。
計画というのは、昼間の戦後処理のことだろう。
「まあ、仕方ないでしょう。ヤマセさんが彼らを許したのに、俺が許さないのは不自然です。あれ以上続ければ、こちらの狙いがばれていたかもしれません」
シウスは苦笑いで応じた。アルベルトの一味を執拗に脅したのは、彼らを更生させるためではない。
そもそも、人質救出作戦に協力したことすら、完全に正義感からの行為とは言えないのである。
長期的に見て、自分達に利があると判断したから、シウスとノイエは動いたのだ。
「……やりすぎましたか?」
「あれくらいで丁度良いのでは? この三日間ずっと働きづめだったのですから、ストレス発散は必要でしょう」
真顔で過激な発言をするノイエに噴出した。
この少女は、よほど激怒しなければ、このような物言いをする人間ではなかったはずだが――
「……あなたと一緒に行動していれば、たくましくもなります」
ぷい、とそっぽを向いて、ノイエは相棒の内心に返答した。
相変わらず聡い少女だと、頭を掻いて脱帽する。
――刹那、カツンという靴音がバルコニーに反響した。
「やはり、あれは生贄であったか」
魔法動力の照明が、闇に黄金を浮かび上がらせる。
暗黒よりもなお暗い、鴉のような黒装束。
爛々と光る深紅の双眸がシウスを捉えて離さない。
「……ゼフィラさん。作戦へのご協力、感謝します」
「軍師よ、我らの間に礼は不要だ。そちらの魔弾の射手もな」
最初の邂逅と同様に、彼女は唐突に現れた。
「先の射撃、ほんに見事であった。そなたが悪魔に魂を売っていたとしても、我は驚かぬ」
黒衣の占術師はノイエを見やり、穏やかに微笑む。
白衣の狩人は対照的に、むくれた顔で反論した。
「わたしがカスパールですか。それなら、あなたはザミエルですね」
「ふ、そう褒めてくれるな。照れるであろう」
ノイエは全く褒めていないが、ゼフィラは妙に嬉しそうだ。
そのまま二人の間を通り抜けると、央都の夜景を眺める。
市街地の喧騒は遥か遠く、人影はまばらだった。
今頃、ヤマセ達はエーギルやクラレットと共に、祝杯を挙げているのだろうか。
「それより、生贄とはどういう意味ですか?」
シウスはとぼけた口調で質問する。
金髪の少女は、バルコニーの手すりに背中を預けると、不思議そうに首をかしげた。
「そなた、あの虫けらを生贄に、たるんだ規律を引き締めるつもりだったのであろう?」
「…………」
シウスは、すっと目を細め、ゼフィラの瞳を見つめる。
少女の赤い眼には一点のよどみもなく、純粋な知性が宿っていた。
「……怖い目をするな。そなたの真意は、我ら三人の秘密。つまびらかにするつもりなど毛頭ない」
「そう願いたいものですね」
瞑目して、ノイエの知恵を借りながら計画を練った日々を思い出す。
シウスとノイエは情報収集の結果、<鉱山都市ユーニスタ>を占拠する無法者の排除は、さほど難しくないという結論に達した。
次に考えたのは、この事態を自分達の利益にできないかということだ。
一度PKされて、装備・アイテム・クレジットを失ったヤマセからは、まともな報酬が期待できない。それなのに、こき使われるなどまっぴら御免である。
そして、思い至ったのが、<クロスガイア>の規律引き締めだった。
CG最大の問題は、運営である。
デスゲームを開催し、プレイヤーを仮想空間に閉じ込めて、後は放置。
その上、プレイヤー間の争いに一切関知しないなど、常識では考えられない。
運営が責任を果たしていれば、アルベルト達の暴走はなかったはずだ。
明確な法の存在しない今のCGには、見せしめが必要だったのだ。
自分勝手なプレイヤーは、こうなるのだ、という見せしめが。
アルベルトは、まさに都合のいい人身御供だった。
悪行に走るプレイヤーの出現を抑制するためにも、シウスは彼を人柱に仕立て上げようとしたのである。
「言っておきますが、俺はヒーローでも何でもありません。自分の身が可愛い、普通のVRMMOプレイヤーです」
冷酷さを滲ませる声で、黒衣の占術師に告げる。
シウスは本気でアルベルトとその一味を破滅させるつもりだった。
低能な人間の命で今後の攻略がはかどるならば、いくらでも犠牲にできる。外道のそしりを受けようが、全く構わない。
「――それが、そなたの覚悟か」
「――いいえ、単なる狂気です」
即答した青年のおとがいに、ゼフィラは白魚のような細い指を伸ばした。
至高の芸術のような造形の少女は妖艶に笑うと、唇と唇が触れてしまいそうな距離まで接近して来る。
「その狂気も、愛らしい」
――響く言霊は、嘘か真か。
◆
「さて、参ろうか。我らの門出を祝うには、これ以上ない夜よ」
「どういうことですか?」
黒衣の占術師は、一人バルコニーを先に出る。
言葉の意味がよく分からず、シウスは少女の背に疑問の声を投げかけた。
「うん? 新たな同志を迎え入れるのだから、祝儀の一つくらい催すものだろう?」
首だけで振り返ると、ゼフィラは疑問を返した。
シウスとノイエは降って湧いた吉事に、顔を見合わせて驚くばかりだ。
「つまり、貴方は――」
「わたし達の、仲間になると?」
「……何を今更。我とそなたらの出会いは必然。しからば、共に歩むのが道理であろうに」
金髪の少女は、呆れた様子でくるりと反転すると、片手を腰に当てた。
「ときに軍師よ、酒はいける口か? 魔弾の射手はどうだ?」
「わたしは未成年ですから、無理ですよ?」
「俺は……あと三日経たないと駄目ですね」
メニュー画面で日付を確認すると、4月10日だった。
忠の誕生日は4月13日なので、あと三日で成人する計算になる。
「それ、初めて聞きましたよ。少し早いですが、お誕生日会を兼ねるというのは?」
「大いに賛成だ。錦上添花とは、まさしくこのことよ」
「えっと……ありがとうございます」
アバターの姿で現実の年齢を気にする自分達がおかしくて、シウスは思わず笑ってしまう。
ノイエとゼフィラも、それにつられて吹き出した。
「それじゃ、行きましょうか?」
「はい。……どのお店にしましょう?」
「慌てることはない、夜は長いのだ。悩むのもまた一興」
わいわいと騒ぎながら、三人は<王城>のフロアを進む。
新たな仲間を加え、その足跡をより確かなものへと変えながら。




