6.
「さあ、この馬鹿騒ぎに幕を引こうではないか。
――案ずるな、そなたには我がついておる」
古めかしい言葉遣いで、黒衣の少女は水晶球に魔力を込める。
魔法の発動体勢に入ったのだ。
対するシウスは混乱するばかりだ。見も知らぬ相手に一方的に親しみを抱かれるのが、これほど不安を覚えることだとは思わなかった。
(誰なんだこの人……ロールプレイヤーっぽいけど、堂に入りすぎだろ……)
ストーカーに付き纏われる乙女のような心持ちで、シウスは隣を見る。
武器が水晶球である以上、彼女は間違いなく<占術師>だ。趣味的な職業かと思いきや、先程のスキルの威力はすさまじかった。実は強力な後衛職なのかもしれない。
だが、考察は後でもできる。今はアルベルトの一味をどうにかして、人質を救出するのが先だ。
彼女がこちらに味方するなら、細かいことは気にしなくていい。
「――ノイエさん、オズマさん、エーギルさん、クラレットさん!」
<占術師>の登場で、出て来るタイミングを失った予備戦力に<ボイスチャット>で参戦を促す。
すると、シウスの背後で荒野の地形が、ばさりばさりとめくれ上がり、四人のプレイヤーが姿を現した。
隠れる場所のない平地、という先入観を逆手に取ったカムフラージュだった。
「全く、あなたという人は……いつまで待たせる気ですか?」
「そうっすよ! 一人で片付けちゃうかと思ったっす!」
「ぶははははっ! 真打ち登場って奴だぜ!」
「つーか、あたしら必要なかったんじゃない? そんなに強いなら先に言ってよ」
四人がゆったりとした足取りで、<剣士>と<占術師>に合流する。
シウスは「システムウィンドウ」と呟くと、メニュー画面から<パーティー>に触れ、メンバーの編成を行った。
『シウス <剣士> LV27
ノイエ <狩人> LV26
オズマ <騎士> LV21
エーギル <重戦士> LV24
クラレット <吟遊詩人> LV23
ゼフィラ <占術師> LV24』
これで、<クロスガイア>のパーティー上限人数、六人に達した。
作戦遂行のために集まった一時的な仲間とはいえ、シウスは目頭が熱くなってしまう。
「今、感動してどうするのですか。喜ぶのは戦いが終わってからにして下さい」
白衣の狩人・ノイエが、腰まで伸びた銀髪を揺らしながら相棒をたしなめる。
「……たまには友情パワーもいいんじゃねぇ?」
「いや、だから友情は大事っすよ」
白髪の大男・エーギルと槍を携えた少年騎士・オズマのコンビが笑っている。
「さっさと終わらせて、祝杯挙げない?」
露出度の高い衣装の吟遊詩人・クラレットが、宙に描かれた透明な鍵盤――空間投影キーボードを展開する。
「軍師よ、そなたはそなたの思うがままに戦え。自ずと結果は着いて来よう」
黒衣の占術師・ゼフィラは、確信に満ちた口調で断言する。
そして、シウスは前を向いた。
視線の先――アルベルトの一味は三十人以上いるだろう。
数の不利は否めない。
しかし、敗北のビジョンなど微塵も浮かばなかった。
自分には、こんなにも頼もしい仲間がいるのだから。
フリードの鍛造した新たな得物を、思考操作で抜き放つ。
2メートル級の大剣を水平に一薙ぎ。ずっしりとした右手の感触が、無性に心地よい。
「――――行くぞ」
短い宣言は、荒野の隅々にまで行き渡るような、強い意志をはらんでいた。
◆
「何なんだよ、てめえら……化け物か!?」
ほとんど恐慌状態で、アルベルトが悲鳴を上げる。
彼の一味は、壊滅と言っていいほどにその数を減らしていた。
まともに戦えるのは、もはや十人程度。まさしく風前の灯である。
「聞き惚れなっ、<ベルセルクソング>!」
「<ブルームシュート>!」
パーティーの攻撃力を上昇させる<吟遊詩人>の旋律が響き、それに合わせて<狩人>の弓が火を噴いた。
かぐわしい芳香を宿した矢は、標的に当たると同時に薄紅色の花弁を咲かせ、拠点へ強制的に転移させる。
「おらおら、<シールドチャージ>!」
「<ペネトレーション>っす!」
<重戦士>は大盾を構えたまま突進し、相手の迎撃をものともせずにぶち当たった。
強引な攻撃に隊列が乱れたところを、<騎士>の槍が堅実に仕留めていく。
「食らうがよい、<サンダースフィア>!」
充実した援護のおかげで、<占術師>は誰にも邪魔されず魔法を放つことができる。
荒れ狂う雷の暴力が、アルベルトの一味を稲妻の如く引き裂いた。
5倍の戦力差など、何の意味もなかった。
シウス一人に手こずっていたのだから、ある意味当たり前なのだが、アルベルトにはそれが理解できない。
仲間が一方的にPKされ、拠点に消えて行く。呼び戻しても戦況は変わらないだろう。
装備と<アイテムインベントリ>の中身がそこらに散乱してしまっているのだ。それを回収しながら戦えるほど甘い相手ではない。足手まといになるのが関の山だ。
「くそがぁぁああ!」
やり場のない怒りを力に変換し、アルベルトは駆け出した。全速力で、黒髪の<剣士>に向かって斧槍を振り下ろす。
シウスは半身になってそれを楽々回避すると、<騎士>の懐に潜り込んで両手剣のスキルを発動させた。
「<レイジングソード>!」
下から上への斬撃が、地面の一部ごとアルベルトを宙に吹き飛ばす。
VRMMOとは思えぬ衝撃に、チェインメイルがぐしゃりと歪んだ。損傷度が耐久限界値を超えたのだ。
「ぐ……くそ、何でこんな……!」
重力落下によって激しく地面に叩き付けられ、アルベルトはうつ伏せのまま唸った。
周囲を見やると、仲間は完全に戦闘能力を喪失していた。戦意すら失って、力なく崩れ落ちている。
相手の方は、ほぼ無傷。捕縛していた三人の人質も解放されてしまい、アルベルトには、もう打つ手が残っていない。
数も装備の質も、こちらの方が勝っていたのだ。それなのに、何故こうも無様にひねり潰されてしまうのだ――
「それだけ油断してたら、勝てる戦も勝てなくなるさ」
荒野に大剣を突き立てて、シウスは眼下のアルベルトに語る。
「こっちは、可能な限りの万全の準備で臨んだ。お前達は場当たり的な対応を繰り返した。その差がここに現れただけだ」
勝ち誇ることもなく、当たり前の結果だと剣士は言った。
ここまでの惨敗を喫したのでは、どんな反論も空しいだけだ。
アルベルトは唇を噛んで、屈辱に打ち震えるしかない。
――ここに、無謀と思われた人質救出作戦は終了した。
◆
「作戦終了、ですね」
ノイエの一言に、シウスは首を縦に振って同意した。
しかし、これから始まるのは、より困難な戦後処理だ。
戒めから解放された三人を確認する。僧侶・ユウナギとその妹・ハルは抱き合って再会を喜んでおり、藍染めの和装を着た青年・ヤマセは、安心しきった様子だった。
彼らの喜びに水を差すのは忍びないが、必要な事だと自分を納得させる。
「ヤマセさん。貴方はこいつらをどうしますか?」
内心を悟られぬよう、努めて平然とした口調でシウスは切り出した。
こいつら、とは当然アルベルト達だ。一味は敗北のショックから立ち直れない様子で、おとなしく荒野に座っている。
「どう……とは?」
「どのように始末しますか、と訊いているんです」
穏やかでない口ぶりに、一同の空気が緊張する。
いざという時のシウスの苛烈さは、もはや全員の知るところだ。ユウナギなど、剣士がどんな無慈悲な裁断を下すのかと、露骨に怯えている。
「シウス君、始末とはいうが……復活の仕様は元通りなのだよ? それに、彼らだって馬鹿じゃない。更生してくれるなら、それに越したことはないだろう?」
「――本気で言っているんですか」
地獄の底から響くような声に、ヤマセがたじろいだ。
ユウナギとハルは恐怖で互いの体にしがみ付き、オズマはエーギルの影に隠れた。
クラレットは興味深い様子で成り行きを見守っており、ゼフィラは目を細めている。
「…………」
白衣の少女は青い瞳でシウスを見つめる。
剣士の思惑を完全に把握しているのは、この場ではノイエだけだった。
「人は忘れる生き物です。今ここで情けをかけても、こいつらはそれを忘れてまた暴虐に走る」
シウスは冷たい目で一味を睨み付けた。
その射殺すような視線にアルベルトは真っ青になる。
「俺が挙げる対策は二つあります。第一に、社会的抹殺。第二に、精神的抹殺です」
「まっ……!?」
ヤマセの驚愕を無視して、メニュー画面から<スケッチブック>を開く。
展開された空間投影ディスプレイには、アバター・アルベルトの模写に加え、つらつらと文章が書き込まれていた。
「今回の事件の概要と一味のアバターの容姿を載せた記事です。
これをアウレリアにばらまきます」
「それは……!」
「犯罪じゃねぇか!?」
プライバシーの侵害うんぬんと叫ぶ一味を視線で黙らせる。
「もちろん、この策は人道的に褒められたものではないでしょう。しかし、運営という絶対の法を失った<クロスガイア>は無法地帯です。誰が俺を裁けますか?」
にこやかにシウスは言ってのけた。あまりの悪辣さに、ヤマセは閉口する。
数千人規模のプレイヤーに白眼視されては、三十人程度の一味は生きていけない。
村八分の恐怖を、仮想の世界から脱出するまでずっと味わうことになるのだ。
「第二の対策には<娼館>を用います」
「しょ、娼館かね?」
意外な固有名詞の登場に、ヤマセは疑問を抱いたようだ。
「一味を一人ずつ<娼館>に閉じ込めて、気が狂うまで娼婦に相手をさせます。廃人にしてしまえば、二度と立ち直ることはできませんので」
嬉々とした表情で解説するシウスに、一味は今度こそ絶叫した。
魔王のような剣士に生殺与奪の権を握られて、冷静でいられるはずがなかった。
「一人残らず潰すって言っただろ」と、もう一度うるさい集団を威圧する。途端に、水を打ったような静けさが広がった。
「こいつらは貴方の仲間を誘拐した挙句、辱めようとしたんですから。逆に辱められても、文句は言えませんよね?」
「…………」
ヤマセはどう返答したらいいのか迷っているようだ。助けを求めてパーティーの方へ目をやる。
修道服の女性は、思い切り首を横に振って否定の意を示した。
水色の衣を着た少女は、策の詳細こそ理解できないが、内容の恐ろしさだけは察したのだろう。姉にしがみついて、ぎゅっと目を閉じている。
「……確かに、彼らの行為は許されない」
ヤマセの発言に、一味が「ひっ」と声を上げた。
しばしの間を取って、青年忍者は言う。
「だが――そこまでして恨みを晴らして何になるというのだ。復讐など、空しいだけではないか」
ヤマセは、最後に理性的な決断を下した。
シウスのわざとらしいため息と、アルベルトの安堵の吐息。
一味の雰囲気も、ようやく落ち着いたものとなる。
「……あの会合の主催者は貴方です。その意志を尊重しましょう」
しかし、と剣士は言葉を重ねる。
「こいつらが再び悪事を働いた時は、貴方の手で始末をつけて下さい。俺はこんな低劣な輩の顔は二度と見たくないですから。――行きましょう、ノイエさん」
シウスは相棒に声をかけると、二人で<テレポート>を使用する。
<剣士>と<狩人>は渦巻く閃光に包まれ、あっという間に消失した。
残されたヤマセ達は、嵐のような問答に、疲れ切ったと言わんばかりに嘆息する。
「ふふ――」
ただ一人、金糸の髪を靡かせて、黒衣の少女は薄く笑う。
<占術師>ゼフィラは、シウス達に続くように、転移の光を発した。




