5.
<ライオネル鉱山>を有する土色の山脈を背景に、複数のアバターが大地に踊る。
一つを除いて、まるで優雅さに欠けたそれを、天神地祇はどのように見ているのだろう。
浮かべる顔は、慈愛の笑みか、はたまた侮蔑の嘲笑か。
「こいつ……! ちょろちょろしやがって――」
「馬鹿野郎! 味方に魔法を撃つんじゃねぇよ!」
<鉱山都市ユーニスタ>郊外での戦いは、一方的なものとなっていた。
アルベルトの一味は数に任せて剣士を攻め立てる。しかし、流水の如き身のこなしで躱すシウスを全く捉えられない。
それどころか、広範囲を攻撃する<魔法使い>のスキルで自滅するありさまだ。統率がとれていないどころか、互いに足を引っ張り合っている。
(冗談きついっての……!)
その結果、シウスはいらぬ神経を使いながらの戦いを強いられていた。
シウスの役目は陽動だ。多くの人数を拠点の外に釘付けにし、現在ユーニスタに潜入している最中であろう救出部隊のために時間を稼がなければならない。
拠点での復活が元の仕様に戻った今、むやみに相手をPKすることは、救出部隊を危険に晒すことに繋がってしまう。
つまり、シウスは十六人を相手に、手加減しながら戦いを長引かせるという奇怪な行為を続けざるを得ない。
回復役の<僧侶>を狙わず、前衛の<剣士>や<重戦士>のHPバーを適度に削り、<魔法使い>の誤射を誘発する――極めて高度な戦場コントロールだ。
その難度に顔を歪めるが、<騎士>アルベルトは余裕がなくなって来たと勘違いしたのか、口角をつり上げて笑った。
「ははっ! 偉そうなこと言ってた割に、大したことねぇな!」
「…………はぁ」
大仰にため息を吐いて、シウスは動きを止めた。
呆れを隠さずチェインメイルを着た<騎士>を見やる。アルベルトは仲間の背後でこちらを窺っていた。
「お前、一応リーダーだろ? 戦術を考えるとか、戦力を増やすとか、少しは動けよ。これじゃ遊びにもならない」
「あ、遊び!?」
「VRMMOが遊びじゃなくて何なんだ?」
相手の動揺を誘うため、心にもないことを言う。
反応は顕著だった。
「何言ってやがる、デスゲームだぞ!? こっちは命かけてんだ! てめえみたいな脳なしとは違うんだよ!」
絶叫は本心からのものだろう。
彼らは間違いなくシウスより若い。青春を謳歌する権利を奪われてはたまらないのだ。
「――だから、ユーニスタを占拠した。意識の消滅がなくなったとはいえ、現実の体はいつ死ぬとも知れない。誰だってそれが怖いし、この世界で他人より優位に立って、安心したい。そのくらいは俺にも分かるさ」
「…………」
諭すような言葉に、アルベルトは押し黙った。一味もリーダーに倣って沈黙する。
始まりは、きっと自衛のために結成したグループだったのだ。それが、どこかでボタンをかけ違って、こんな事件を引き起こしてしまった。
「けどな、お前らは間違ってるよ。運営がとち狂ってて、まともに対処しないのをいいことに、アイテムを独占したり、人を傷つけたり……」
一呼吸置いて、シウスは続ける。
「プレイヤー同士の対立は、いずれコミュニティの対立を生み出す。
行き着く先は戦争だ。今の俺達みたいに、永遠にPKと復活を繰り返しながら戦い続けるのか? ――それって、馬鹿みたいじゃないか」
言い終わると、シウスはショートブレードを投げ捨てた。
乾いた大地に剣が刺さる。
唐突に武器を捨てた剣士に、アルベルト達はどよめいた。
剣士の目的が説得だと思ったのである。
シウスの意図は当然、時間稼ぎだ。相手が悩めば悩むほど、救出部隊に猶予が生まれる。
万が一、彼らが改心したとしても、それはそれで事件解決だ。
「……そんなことは分かってる。力で他人を押さえつけてたら、逆に力でねじ伏せられても文句は言えねぇし、今のCGは無法地帯だ。誰の仲裁も期待できねぇ」
「アルベルトさん……」
<騎士>アルベルトは、ぽつぽつと語り始めた。
気遣うように仲間の一人が声をかける。
それを武器を持たぬ手で制して、彼は斧槍をシウスに向けた。
「でも、俺は……俺は決めたんだ! こいつらをリアルに連れて帰るって! そのためならどんな汚いことでもできる……! 邪魔するなら、容赦しねぇ……!」
苦渋の滲む表情で、アルベルトは咆哮した。
仲間のために、手を汚すことを厭わない――シウスにも理解できる感情だ。それが愚かな選択だと分かっていても、止められない場合もある。
「――連れて来い!」
チャットを通じた<騎士>の命令に、ユーニスタ方面から大勢の人影が向かって来る。その中には、見覚えのあるアバターがいた。
和装の青年と、修道服の女性と、もう一人、水色のローブの少女。
ヤマセと、ユウナギと――おそらくは、ハル。
救出部隊に志願した二人は、目標を見つけたはいいが捕まってしまったのだろう。
(作戦失敗か……)
やはり、アルベルトは予備戦力を拠点に残していたのだ。
陽動役の自分の不手際が招いた事態に脳内で嘆息する。
後ろ手に縄で捕縛されたヤマセが目線で謝って来た。
他の二人も同じように縛られており、あれでは<テレポート>が使えない。
シウスは首を左右に振って「仕方ない」と伝えた。
「こいつら、てめえの仲間だろ」
「そこまで深い付き合いじゃないが……まあ、仲間か」
「……だったら分かるな? こいつらが大事なら、二度とユーニスタには近づくな。鉱山にもだ」
アルベルトの脅しに、シウスはどこか楽しそうに返答する。
「嫌だと言ったら?」
「そこの女二人が、あられもないことになるぜ?」
「へえ、そりゃ見ものだ」
にやりと笑う味方のはずの剣士に、ユウナギとハルは顔面を蒼白にした。
人質を取られている上、武器を捨てて丸腰になっているにもかかわらず、まるで動じていないシウスに、アルベルトは業を煮やさずにはいられない。交渉を優位に進めるべく、<騎士>は仲間に視線をやった。
「そいつらの服を脱がせろ。……もたもたすんな!」
「はっ、はい!」
どうやらアルベルトも本気のようだ。もはや、説得の余地は完全に失われた。
予備戦力を残しているのはシウスとて同じだ。逆転のカードを切るなら今しかない。
アルベルトの仲間が、<僧侶>の衣服に手をかけた。
シウスはそれと同時に右手を挙げ、合図を送る。
ノイエの腕ならば、隠れている地点からでも狙撃は可能なはず――
「やめ――――」
ユウナギの悲鳴は、最後まで続かない。
◆
「<フレイムスフィア>」
響いた声は、聖女への神託の如く、厳かな音色を有していた。
何処からか飛来した、赤熱する焔を纏う水晶球が、ユウナギを襲う青年を弾き飛ばす。
小規模な太陽が降って来たような一撃に、青年のHPバーはあっさり失われ、しばしの暇の後、拠点へ転送された。
残ったのは、散らばった装備とインベントリの中身。
そして、クレジット。
「何だ、これは……!」
「魔法スキルか!?」
それだけでは飽き足らず、灼熱の塊はアルベルトの一味を好き放題に蹂躙する。
密集していた彼らに致命的な損害を与えると、ようやく満足したのか、水晶球はふわりと舞い戻る。その先に、担い手の影。
拠点を外れた荒野の上に、彼女は立っていた。
宝石のような深紅の瞳を細め、水晶球を掌に浮かべ、アルベルト達の醜態を嗤っている。
衣装は鴉の羽根のように黒い。肩にかかる程度の輝く金髪が、それを一層強調していた。
圧倒的な存在感とは裏腹に、体躯は決して大きくない。
蠱惑的な眼差しが、余計にアンバランスさを加速させる。まるで、少女を模した悪魔のような風体だ。
「増援……!? まだ仲間がいたのか!」
(ノイエさんじゃない……誰だ?)
シウスはアルベルトの叫びを頭の中で否定する。
突然の乱入者に、流石の剣士も驚きを隠せなかった。
「てめえも俺らと戦るってのか!?」
「…………」
黒い衣装の少女は、<騎士>に目もくれず歩き始める。
アルベルトの怒声を無視して辿り着いたのは――シウスの隣だった。
少女は、そこが己の定位置であるかのように、自然に剣士と並び立つと、その顔を覗き込むようにして微笑んだ。
「我らは人間なのだぞ? 虫けらの言語など解するはずもなかろうに。――なあ、軍師よ」
「……はい?」
知りもしない相手に親しげに話しかけられて、シウスは思わず間抜けな声を漏らした。




