4.
「前にも言ったが、高すぎる! 元はタダなんだぜ!?」
テーブルを叩きながら悲鳴を上げたのは、赤毛の<鍛冶師>――フリードだ。
そんな彼の様子に、対面側に座るチェインメイルを身に着けた<騎士>は、にやにやと意地悪く嗤っていた。
<鉱山都市ユーニスタ>の宿屋は、アウレリアのそれと違って、現実のホテルのようだった。
歓談スペースも同様で、拠点ごとに街の景観が大きく異なるのかもしれない、と想像する。
フリードの斜め後ろに立ち、シウスはちらりと周囲を窺う。<騎士>と同じようなにやけ顔のプレイヤーが十人ばかり見て取れた。どれも事前の調査で確認されたアバターだ。
「この街と鉱山を最初に見つけたのは俺達だ。雨ん中、エリアを必死で探索して辿り着いたんだから、優先権があって当然だろ?」
「アルベルトさんの言う通りだ。こっちがお前らに遠慮してやる義理はねぇんだぜ? 口の利き方には気を付けろよ」
はやし立てる男によれば、リーダー格の<騎士>はアルベルトというらしい。これも調査通りである。
シウスは無法者の一味がひどく子供っぽく見えてしまい、あくびを噛み殺すのに苦労していた。
こんな低能そうな輩に付き合うのは、今回で最後にしたいと本気で思う。
「シウス! 何とか言ってやってくれ!」
「ん……すまん、聞いてなかった」
フリードへの返答に、爆笑の渦が巻き起こった。
頼りない仲間を連れて来るしかなかった憐れな<鍛冶師>を馬鹿にしているのだ。
しかし、二人は内心で、逆に彼らを嘲笑っていた。相手がこちらの思惑通りに油断してくれたのだ。利用しない手はない。
「よく分からんが、商談は決裂なんだろ。さっさと帰ろう」
「けど! こいつらの勝手にさせるわけには――」
「俺達だけじゃどうにもならないさ。他のプレイヤーを集めて出直そうぜ」
そう言ってフリードの肩を叩き、宿屋を出るよう促す。浅く一礼する間に見えたアルベルトの表情は、明らかにこわばっていた。それは取り巻きも同様だ。
(虚勢を張ってはいるが、小心者だな……だからこそ、こんな事件を起こしたのか)
彼らもデスゲームに囚われているのだ。生きて現実に帰還するため、他のプレイヤーよりも優位に立ち、安全を確保したい――その想いはシウスにも共感できた。
しかし、拠点とエリアを占拠し、人質まで取っているとなると、いささか度が過ぎている。
罪の意識を微塵も感じさせない態度といい、シウスはこの一味を心身共に叩き潰したい衝動に駆られた。
(不味い……目的は人質の救出なんだ、落ち着け。戦いは手段に過ぎない)
かつて、ノイエに偉そうに語った自分が、ここで暴走するわけにはいかない。自制しつつ、フリードを伴って宿屋を出る。
アルベルト達は、見事なまでにばればれの尾行を始めていた。
「足音くらい隠せ!」と注意しそうになって、一瞬慌ててしまう。
(あいつら、冗談でやってんのか?)
正直、全く判別がつかなかった。
横目でフリードを見ると、視線が合う。
「なあ、笑っていい?」
「奇遇だな。俺も同じことを訊こうとしてた」
二人して、ぷっと小さく吹き出す。気の合う友人の存在が嬉しくて、赤毛のアバターの背中を軽く叩いた。
<鉱山都市ユーニスタ>はアウレリアよりも近代的な街並みだった。
<ライオネル鉱山>から産出される鉱石を魔法で加工している――という設定なのか、空に向かって高々とそびえる建築物はコンクリートのような物質で構成されており、光を宿さぬ街路灯は、なんとも現代風な意匠である。
舗装された通路は灰色で、どこか無機質な印象を与える。
運営が魔法技術と科学技術を折衷したデザインを模索した結果、こうなったのかもしれない。
そんなことを考えながら、シウス達はユーニスタの外へ出た。
後方の集団は、PK禁止の拠点エリアに走って逃げ戻られる可能性を考慮してか、まだ手を出してこない。
「……転移されるとか、考えないのか?」
「そこまで頭が回らないんだろう」
フリードの尤もな指摘に苦笑を返した。シウスが彼らの立場なら、獲物が<テレポート>で<央都アウレリア>に転移しない時点で罠を疑う。
CGのサーバに閉じ込められ、追い詰められているのは分かるが、これでは流石に弁護の仕様がない。
「あー、もう無理。腹痛い」
くつくつと笑い、鍛冶師の青年は背後を振り返る。
気配を察知されたと思ったのか、アルベルトは焦った様子で二人を包囲するよう仲間に命じていた。
「さっさと来やがれ! お前らどんだけチキンなんだよ、むしろヒヨコか!?」
「あははははっ! 何だそりゃ!」
フリードの挑発に、シウスは大声を上げて笑う。
半分演技で半分本気だった。
しばらく待つと、アルベルトとその仲間達に完全包囲された。
馬鹿にしていた相手に、逆に侮られるのはお気に召さなかったのだろう。怒りで顔が紅潮している。
(十六人か……まだまだ予備戦力を残してるな)
シウスは、おびき出せた相手の数が想定より少ないことに、内心で舌打ちをする。
三日前から開始した調査で確認された無法者は、全部で三十四人。見落としがなければ、十八人も足りないことになる。
ユーニスタに近づくプレイヤーの発見、鉱山の占拠、人質の監視のために人手を割いているにしても、予想外に少なかった。
「舐めた口利きやがって……ぶっ殺されてぇのか!?」
「お前メール見てないのかよ。復活の仕様は元通りなんだぜ?」
激昂する<騎士>とは対照的に、フリードは努めて冷静な口調で語った。
「そういう問題じゃねぇよ!」
「いや、そういう問題だろ。アバターが死んでも意識が消滅しないってことは、証明されてるし」
フリードは「何を言っているのやら」と肩をすくめる。
8倍の人数に包囲され、絶体絶命の状況にもかかわらず、<鍛冶師>は余裕を崩さない。
我慢できなくなったのか、アルベルトは思考操作で斧槍を呼び出すと、それを一振りして叫んだ。
「もういい! 纏めてPKしちまえ!」
「最初からそうすりゃいいんだよ。――システムウィンドウ」
小声で文句を垂れて、フリードは音声認識でメニュー画面を開いた。
<テレポート>から<央都アウレリア>に触れると、その体が渦巻く光に包まれる。
「後は任せた」
「ああ、任された」
友人と軽快なやり取りを交わし、赤毛の青年は姿を消した。
残されたシウスは右手に呼び出したショートブレードを天に掲げ――
「どこからでもかかって来い。一人残らず潰してやるよ」
「な…………」
―― 一息で振り下ろすと、切っ先を絶句するアルベルトに向けた。




