3.
西暦2105年4月7日、午前9時20分。
「うーん……」
宿屋の自室。ベッドの上で仰向けになりながら、シウスは唸っていた。
体調が悪いわけではない。仲間が見つからないのだ。
パーティー会議より四日。シウスはノイエと手分けして、仲間になってくれそうなプレイヤーを探していた。
しかし、デスゲーム開始から、既に一週間以上経っている。VRMMOの世界とはいえ、一定のコミュニティが築かれるには十分な期間だ。
このような異常事態に遭って、独りで生きていける人間などそう多くない。互いの不安を和らげるため、徒党を組んで然りだった。
(やっぱり、パーティー人数が少なすぎるのか)
シウスは、特定のグループに所属していない、と思われるプレイヤーを中心に声をかけてみた。だが、こちらが二人だけであることを伝えると、すぐに断られてしまったのだ。
基本的に、<クロスガイア>のパーティー上限人数は六人だ。半分のメンバーもいないシウス達は、頼りなく見られても仕方がない。
(このまま、仲間探しがずるずる長引くのは不味いな……)
コミュニティは時間の経過と共に、より強固なものとなる。いずれ、多くのプレイヤーを統治するリーダー的存在も現れるだろう。組織化されたプレイヤー達による探索は、今までとは比較にならない攻略速度をもたらすはずだ。
そうなるまで待つのも一つの手段ではあるが、あまりに他力本願すぎる。シウスは運命のあの日、心に誓ったのだ。ノイエと共に、この事態を打開すると。
無論、<アーマード・ヒュドラ>の討伐を明かせば、こんな悩みは容易に解決するだろう。しかし、それでは意味がない。
二人が欲しているのは、真に信頼できる仲間である。「エリアボスを討伐したパーティー」などという先入観を持たれてしまっては、まともに選別ができなくなる。
「高望みなのか……?」
高尚な志と優れた戦闘技術を有する仲間――それは、ひどく厳しい条件のように思われた。ノイエとの出会いは奇跡のような幸運だったと、今更ながらに思い知る。
(フリードが戦闘職なら、迷わず誘うんだが)
CGで偶然再会した友人の顔が脳裏に浮かぶ。
フリード――明憲はLF時代から生産職一筋だ。武具調達で便宜を図ってもらった上、戦闘が不得手な<鍛冶師>を探索に連れ出し、さらなる負担を強いるのは躊躇われた。
「……八方ふさがりだな」
シウスは両足を上げ、下ろす反動で身を起こした。部屋に閉じこもって悩んでいたら、カビが生えてしまいそうだ。
気分転換に飲み物でも頼もうと立ち上がった。その瞬間。
『ただ……うおっほん。シウス、今暇か?』
「フリード?」
チャット越しに聞こえた下手くそな誤魔化しは、間違いなく友人のそれだった。
◆
宿屋の一階には、歓談のためのスペースが設けられている。ゆったりと広い空間に、柔らかそうな一人用ソファと磨かれた円形のテーブルが並び、話し合うプレイヤーがあちらこちらに散見した。
シウスは赤毛のアバターを探して周囲を見回す。
「こっちだ、シウス」
声がした方に、フリードと、彼を除いて四人のプレイヤーが座っていた。
男性と女性のアバターが二人ずつ。男のうち、一人には見覚えがあった。
大柄な<重戦士>は席に着いていても、ひときわ強い存在感を放っている。
「おはようございます、エーギルさん」
「おう! 小僧、お前も来たのか!」
片手を挙げる白髪の大男に、シウスは一礼した。
「知り合いか?」と目で訊いて来るフリードに頷きを返し、隣のソファに座る。
フリードは相談したいことがあると言ってシウスを呼び出したのだが、これはなかなかの大事のようだ。気を引き締めて、会合に臨む。
「これで、全員揃ったな」
「たった六人で全員っつーのも変な話だがなぁ……」
和風のいでたちをした青年に、大男が茶々を入れる。青年は藍染めの着物を纏っており、職業は<忍者>と推測された。
「……私はヤマセという。まず、招集に応じてくれたことに感謝するよ」
エーギルの指摘に青年は顔を歪めたものの、気を取り直して議題に移る。
「君達に集まってもらったのは他でもない、<鉱山都市ユーニスタ>を拠点とする無法者に対処するためだ」
その宣言には聞き慣れない固有名詞が含まれており、シウスは内心で首をかしげた。尤も、話の腰を折るわけにもいかないので、黙って続きを聞くことにしたが。
「事の始まりは三日前だ。私のパーティーは、<アスプ古代遺跡>の先に新たな拠点・ユーニスタを発見し、意気揚々とそこへ向かったのだが、唐突に大勢のプレイヤーに囲まれ、PKされてしまった。……復活の仕様が元に戻っていなかったらと思うと、ぞっとするよ」
その時のことを思い出したのか、ヤマセと名乗った青年はうつむいた。
「彼らが何を考えてそのような行為に走ったかは、フリード君が調べてくれた」
シウスは隣の友人を見る。フリードは思考操作でインベントリから黒っぽい石を呼び出すと、テーブルの上にごとりと置いた。
「アスプの先にはユーニスタだけじゃなく、<ライオネル鉱山>ってエリアが見つかってる。そこには良質な素材アイテムが採取できるポイントがあってな……あいつらはそれを独占してたんだ」
フリードの言葉に、事情を知らない者がうめくような声を漏らした。ついに、恐れていた事態――プレイヤー同士の争いが起こってしまったのだ。
運営がまともならば<GMコール>を行い、警告やアカウントの停止といった対策を講じてもらうところだが、現状では不可能なのである。
今の<クロスガイア>は、いわば無法地帯だ。プレイヤーのモラルに依存した歪な社会が自分勝手な人間を生み出し、今日の事態を招いた。
「アウレリアにも素材を流通させるよう頼んではみたんだが……法外なクレジットを要求されちまったよ」
「……利権を手放したくないのは、人間の性だからな」
エーギルは珍しく真剣な表情を見せた。いつもの豪快な言動とは似ても似つかぬ姿に、シウスは密かに驚く。
考えてみれば、エーギルは初心者のオズマと一緒に行動しているのだ。現実の彼が、面倒見のいいしっかりとした大人だったとしても納得である。
もしかすると、最初の邂逅でシウスを初心者扱いしたのは「俺が面倒を見てやろうか?」という意思表示だったのかもしれない。
「それで、実際どーすんの? 力ずくで排除しよーにも拠点に籠城されたら手も足も出ないじゃん。だいたい、そいつらPKしたってユーニスタで復活しちゃうよ?」
会合に参加している女性の一人が疑問を投げかけた。ひらひらとした露出度の高い衣装を装備していることから後衛と思われるが、職業は不明だ。
ヤマセは、首を縦に振って肯定する。
「もちろん、その通りだ。君達の助力を仰ぎたいのは、彼らの排除ではなく――人質の救出だ」
「人質ぃ?」
素材アイテムの独占からいきなり話が飛び、女性は意味が分からないといった様子だ。
和装の青年は隣――もう一人の女性プレイヤーを見やる。修道服を纏った、明らかに<僧侶>であろう女性は、沈痛な面持ちで語り始めた。
「……<僧侶>のユウナギと申します。私達のパーティーは、ヤマセと私と妹でした。彼らは妹を……ハルをさらってしまったんです」
ユウナギと名乗った女性は両手で顔を覆ってしまう。妹が誘拐されたことが、よほどショックだったのだろう。
「おそらく、我々が手出しできないよう人質を取ったのだ」
「はっ! 小悪党のやりそうなことだぜ!」
青年の補足にエーギルが吐き捨てるように言う。
シウスは汚いやり口に眉をひそめると、相手について訊くことにした。
「相手の人数と、他に人質がいないかどうかは確かめたんですか?」
「……正確な数は分からないが、二十人は下らないと思う。人質は、今のところハルだけだろう。知人が消えたと騒ぐ者は見つからなかったのでね」
頼りない台詞に、シウスはさらなる情報収集の必要性を感じた。二十人と思っていたら、百人以上いた――などという状況に陥らないとは限らないのだ。
それに、相手は独占した素材アイテムで装備を強化していることが予想される。正面からぶつかるのは下策だろう。
「具体的な作戦内容は、陽動部隊が奴らを拠点からおびき出し、その隙に救出部隊が人質を奪還する。それだけだ」
「――言うは易し、行うは難しって奴?」
ため息交じりにこぼす女性に、頭の中で同意する。一団に、重苦しい空気が流れた。
戦力も情報も、全くと言っていいほど足りない。シウスはこんな無謀な作戦に参加するなど絶対に御免だ。彼とて、それを承知の上で招集をかけたのだろう。
おそらく、ヤマセとユウナギは恋仲なのだ。恋人の家族がさらわれて、居てもたっても居られなかった――だから今回の会合を開いた。
シウスの憶測は、あながち的外れではないはずだ。その証拠に、忍者は先程からずっと、僧侶の方を気遣うようにちらちらと見ているのだから。
(仕方ないな……)
気は進まなかったが、シウスは意を決して立ち上がる。幼いプレイヤーを家族と離れ離れにしたまま放置することはできなかった。
――この作戦は必ず成功させなければならない。故に、嫌われ役を買って出る――
「どうした、小僧。トイレか?」
「違います」
エーギルに否定の意を返し、一同の視線を集めると、シウスは静かに口を開いた。
「俺は現状において、作戦の決行に踏み切るのは反対です。正確な情報と十分な戦力を集めなければ、確実に失敗すると分かり切っているからです」
「それは……そうだが……」
ここまできっぱり拒否されるとは思っていなかったのか、ヤマセは言葉に詰まる。<僧侶>ユウナギも顔色を失っていた。
シウスはあえて、それを無視して続ける。
「できれば五日、最低でも三日は準備期間が必要です。それが無理と仰るのならば、俺は抜けます」
「そんな……! ハルは今も独りで――」
「あなたの妹さんが泣き喚こうが、凌辱されようが、知ったこっちゃないですね」
冷めた視線で言い放つシウスに、場の空気が完全に凍りついた。
忍者と僧侶だけではない。扇情的な衣装の女性も、あのエーギルさえも、信じられないといった表情でシウスを見ている。
酷薄な台詞の真意を汲み取ったのは、シウスの性格を熟知しているフリードのみだった。
だが、それで構わない。例え自分が軽蔑されたとしても、最後に人質を救出できればいいのだ。
ユウナギに同情し、穴だらけの作戦案に安易な同調を行えば、余計に彼女の妹を危険に晒してしまいかねない。
「いいですか? この作戦に二度はないんです。一度失敗すれば、相手は相応の心構えをしてこちらにかかって来る。数で劣る俺達が勝利条件を満たすには、油断に乗じる以外の方法がありません。だから、100パーセント以上の準備で臨まなければならないんです」
それだけ言うと、シウスは一同に背を向けた。
「シウス?」
「作戦実行の是非が決まったら、連絡してくれ」
フリードに言葉をかけ、宿屋の出入り口へ向かう。
事は一刻を争うのだ。まずはノイエに助力を乞い、情報を集めなくては――
今後の予定を脳内で組み立てながら、シウスは雨上がりの央都へ飛び出した。




