2.
アウレリアの東地区を抜け、西地区の<図書館>に辿り着いたシウスは、ロビーの光景に思わず足を止めた。
「忠告を無視するとは……その耳は飾りですか?」
「おいおい嬢ちゃん、もやしは喋らねぇんだぜ?」
長い銀髪が特徴的な<狩人>の少女と、大きな体躯に白髪の<重戦士>が険悪なムードで向き合っている。二人はまさに一触即発といった様子で、大男の隣にいる革鎧の少年は、どうすればいいのか分からず、おろおろとするばかりだ。
小声で「システムウィンドウ」と呟く。約束の時間までは、まだ余裕があった。
シウスは見なかったことにして、そのままくるりと反転するが――
「あっ、剣士の兄ちゃん! ヘルプミーっす!」
空気を読まない少年――<騎士>オズマの一言で、逃げられなくなってしまった。内心でため息をついて、ロビーへ入る。足元が濡れているので、転ばないようゆっくり歩いた。
シウスはカウンターに立つ司書風のNPCに会釈して、それから相棒に話しかける。
「何やってんですか、ノイエさん。もしかして、手押し相撲ですか?」
「……どこからそんな発想が出て来るのです。コペルニクス的転換とでも?」
斜め上にずれた冗談に、ノイエは気が抜けたように嘆息すると、青い瞳で読書エリアの一画を示した。
テーブルの上には何冊かの書物が積み重なっている。もしかすると、何か重要な記述を見つけたのかもしれない。
移動して椅子を二人分引き、ノイエの着席を促す。白衣の少女は、やや意外そうな面持ちでシウスの方へ歩いて来た。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
礼を言うノイエの隣に座ると、対面側の席にオズマと長身の男――エーギルが着いた。盗み聞き、というには堂々としすぎていて、何と表現したらいいのか分からない。
「……済みませんが、席を外してもらえませんか? 一応、パーティー会議なんで」
「ぶはははっ、堅ぇこと言うなよ! この雨じゃまともに探索もできねぇんだ。暇つぶしにはもってこいだぜ!」
「あの、俺、その会議に興味あります!」
豪快に笑うエーギルと、真剣な顔のオズマ。どちらも引く気はなさそうだ。
シウスは目線でノイエと意見を交わす。
(エリアボスの件は、秘匿しましょうか?)
(はい。その方が無難でしょう)
シウス達がエリアボスを討伐したことが公になれば、寄生して楽をしようとするプレイヤーが現れてもおかしくない。仲間が欲しいとはいえ、本気で攻略を目指している二人からすれば、志の低い者は不要なのだ。
ノイエは同意の頷きを返すと、メニュー画面の<メールボックス>から一通のメールを展開した。
『更新日時
2105年3月29日(日)10:37
更新内容
・死亡時の拠点復活、蘇生アイテム、蘇生魔法の解禁
なお、これは<アスプ古代遺跡>のエリアボス<アーマード・ヒュドラ>の討伐によるボーナスです』
「このメールが届いたのは、五日前の昼。デスゲームが通知されてから、わずか一日後のことです。つまり、運営はデスゲームをたった一日で終わらせてしまったことになります」
一拍おいて、ノイエは続ける。
「聞き込みの結果、エリアボスを討伐したプレイヤーに関しては分かりませんでしたが、死亡時の拠点復活が事実であることは判明しました」
「そうですか……。討伐ボーナスについてですが、ボスが討伐されるのが運営の予想より早かった可能性は?」
二人は他人事のように言って、オズマとエーギルへ情報操作を行う。
「その可能性はありますが、いずれにせよ、運営の目的はデスゲームとは別にあると考えていいでしょう。拠点の充実した設備といい、宿屋・アイテムの値段といい、プレイヤーへの配慮を感じます。シウスさんの賭博説は、なくなったと見ていいでしょう」
「と、賭博!?」
オズマがびっくりして大声を上げる。
シウスは「図書館内では静かに」と人差し指を口に当てて注意した。
「ただ、わたし達の意識がサーバ内に閉じ込められている、という仮説は補強されました。これを見て下さい」
ノイエはオズマを気にも留めず、テーブルの上から一冊の書物を手に取り、内容を空間投影ディスプレイに映した。
『<法の時代>
確固たる原型を持たぬ生命に、形を授けたのは<法の神テミス>である。
テミスは命に秩序を与えるべく、裁きの剣を振るい、血肉と自我を分け隔てた。
大地に生まれた形からは、やがて自らを人と称するものが現れる』
示されたのは、<クロスガイア>のゲーム内における神話だった。
シウスはその文面に驚かずにはいられない。まるで、運営がプレイヤーにヒントを与えているように感じられたのだ。
「『血肉と自我』……これは、俺達の脳と意識を表しているように思えますね。『裁きの剣』がEEGR、あるいはCGのサーバを表すのならば、つじつまが合います」
「EEGR?」
「エレクトロエンス・ホログラム・リーダー。VRダイバーの正式名称です」
「なるほど。そういう解釈もありますか」
ノイエは納得したように頷くと、言葉を続けた。
「『裁きの剣』についてですが、わたしはまず、ミカエルの剣を連想しました。ギリシャ神話のテミスは、ウェイト版タロットの11番目の大アルカナ――『正義』のモチーフですので」
「マルセイユ版の『力』と順番が入れ替えられたカードですね」
「はい。そこで、四大天使をわたし達が存在する十字形の大陸にそれぞれ配置してみたのですが……特に何も分かりませんでした」
シウスの科学的アプローチに、ノイエは宗教的アプローチで応じた。結果が出なかったとはいえ、その独創的な推察に感心してしまう。
二人のオカルトチックな議論に、エーギルは目を白黒させていた。<重戦士>は解説を求めて隣のオズマを見やる。
「……おい、全然話に着いて行けねぇんだが」
「大丈夫っすよ、エーギルさん。――俺もですから」
「駄目駄目じゃねぇか!」
シウスはやかましい外野を無視して話題を変更する。
「しっかし、運営の意図が読めませんね……早々に復活の仕様を元に戻したり、ヒントらしき文章を配置していたり。俺達に何をさせたいのやら」
「同感です。確かなことは、プレイヤーが死の恐怖を実感しにくくなり、探索に積極的になるということです。仲間探しには都合が良いのですが」
もちろん、ノイエも現実の肉体が衰弱死する可能性を考慮している。
大勢の一般プレイヤーは、アバターの死亡による意識の消滅が否定されたことで、一時的には落ち着くだろう。しかし、いつまで経ってもCGからの脱出が叶わなければ、再び混乱に陥るのは火を見るよりも明らかだ。
「仲間、見つけましょうね」
「はい。必ず」
「……友情パワーは余所でやれ」
「友情は大事っすよ?」
二人から伝わる、互いへの厚い信頼にあてられたのか、エーギルは片手で顔を覆う。
そんな白髪の大男に、少年騎士は首をかしげていた。
◆
「…………」
蔵書エリアの本棚に隠れるようにして、一つの影が四人の姿をじっと窺っている。
しかし、パーティー会議に気を取られていたシウスが、その存在に気付くことはなかった。




