1.
4月の初め、<央都アウレリア>には春雨がしとしとと降り続いていた。
拠点のシンボルたる白亜の王城も、どこか侘しい気配を漂わせている。まるで、デスゲームに囚われたプレイヤー達の不運を嘆いているようだ。
それでも彼らは長雨の中、各々の傘を開いて道を行く。己の生命を、仮想の世界に誇示するかの如く。
古代遺跡の激闘から五日。シウスは損傷した防具の修復と武器の新調のため、東地区の外れに位置する<工房>にやって来ていた。
<工房>を使用するのは<鍛冶師>や<錬金術師>といった、いわゆる生産職だ。戦闘能力こそ他職に一歩劣るが、店売りにはない武具・アイテムを作成できるという独自の強みがある。
<工房>の目印は、古びた鈍色の煙突である。シウスはあばら家のぼろい入り口前に立つと、青く透き通った空間投影ディスプレイを展開し、フレンド認証を行った。
すると一瞬の内に、登録に従い、指定したプレイヤーの作業場へ転移する。
「フリード、いるか?」
甲高い金属音の中、小屋内を見回す。雲に隠れた太陽の代わりに、骨董品のランプが室内を照らしていた。
外観とは裏腹に、工房内は小奇麗に整理整頓されており、主の性格を物語っている。
「おう、忠か。そろそろ来ると思ってたぜ」
目的の<鍛冶師>は作業台の前で武具作成の真っ最中だった。
シウスと同年代らしき赤毛の青年は、首だけで振り返るとシウスの本名を呼ぶ。呼ばれた方は、苦笑いで応じた。
「今はシウスだっての」
「あー……俺もお前もアバターの名前変えてなかったっけ」
「分かりやすくていいけどな」と言ってハンマーを消すと、<鍛冶師>フリードは作業台から離れた。椅子に座り、それを引きずりながらシウスの傍へ移動する。
フリードこと大石明憲は、シウスこと碓氷忠の現実における友人である。かつて、忠をWP社運営のVRMMO<ラビリンス・ファンタジア>に誘ったのは明憲だった。
シウスは付近の壁にもたれかかると、アイテムインベントリから防具の一覧を開く。
「悪いんだが、この前作ってもらったスケイルメイル、いきなり損傷させちまった」
「アスプのエリアボスと戦ったんだろ。どんなだったよ?」
「……まあ、強かったな」
シウスはきまりが悪い様子で返答した。小学時代からの友人に心配をかけたくなくて、エリアボスに挑むことは内緒にしていたのだ。
あっさり看破されてしまったのは、付き合いが長いゆえのことである。
「装甲が硬くて剣がほとんど通らなかった。<魔法使い>がいれば、もっと楽に戦えたんだが……<剣士>と<狩人>ではどうにもならん」
「それでも倒しちまうあたり、やっぱ<外道剣士>だよなぁ……」
フリードの賞賛に、シウスは首を横に振った。
「半分以上はノイエさんの戦果だよ。あの神がかった援護と、岩盤に埋もれた俺を掘り返してくれたこと。どちらが欠けていても、俺は死んでいただろうな……」
遠い目をして言う友人に、フリードは意外そうな顔をする。シウスは戦闘において妥協しない。他者を手放しで褒めるなど、本当に珍しいことだ。
ノイエ――噂に聞く狩人の少女は、よほど腕利きなのだろう。
「何か様子がおかしかったって話は?」
「多分、自力で立ち直ったんだと思う。最近は情報収集に精を出してるし」
――五日前の早朝、シウスはフリードと偶然再会し、情報を交換した後、装備を作成してもらった。その最中、ノイエから連絡が入ったのだが、声が明らかに沈んでいたのだ。
一時は<ボイスチャット>の仕様を疑ったが、実際に顔を合わせると、無理をしているように感じられた。探索中、どうにか元気づけようとしてはみたが、あまり上手くはいかなかった。
ノイエの様子に気を取られ、注意散漫になったために、シウスは落とし穴に嵌まった。
さらに、<アーマード・ヒュドラ>がすさまじく手ごわく、博打じみた奇策に走らざるを得なくなり、挙句の果てには彼女を泣かせてしまったのである。
「情けなさすぎるだろ……」
「……<外道剣士>も万能じゃねーってことだ。そこまで気に病むなよ」
フリードは慰めの言葉をかけ、剣士のインベントリ内に収納されたスケイルメイルの耐久値を確認する。シウスは典型的なスピードファイターであるから、生き埋めになる瞬間に、思考操作で防具を変更したのだろう。
思考操作はVRMMOのシステム中でも特に便利な機能である。VR機器がプレイヤーの脳波を読み取ってサーバに送信し、仕様の範疇ならば、その通りの恩恵をもたらしてくれるのだ。
ただ、操作の内容をしっかりと意識しなければならないため、集中できない状況に陥るとエラーを起こしてしまう。
命がけのデスゲームならば、なおさらだ。むしろ、決死の状況で思考操作を行うほどの冷静さを保っていたシウスこそ異常と言える。
「そういえば、もうデスゲームじゃないんだなぁ……」
「アバターの死が、意識の消滅に直結しなくなった、という意味でだけどな」
そんな補足に赤毛の鍛冶師は首をひねる。シウスは<メールボックス>から一番古いメールを展開すると、文面の一部を指差した。
『なお、実施期間の長期化による肉体の衰弱につきましては対応しかねますので、あらかじめご了承ください』
フリードは合点がいったらしく「あ、そっか」とこぼした。
「ずっとこっちにいたら、体が駄目になっちまうのか」
「だから、脱出はできるだけ早い方がいい。特に、年少のプレイヤーは」
「そうだよな……ちゃんと食べねーと、痩せ細っちまう」
フリードは手早く重装の耐久値を回復させると、工房の奥へ引っ込んだ。がさがさと大量の武具の中を漁り、一本の大剣を取り出すと、カウンター越しにシウスへ投げ渡す。
それをキャッチし、軽く振る。ずっしりとした感触を与える2メートル級の両手剣は、ショートブレードとは比べ物にならない重量である。
<アーマード・ヒュドラ>との戦いで打撃力不足を痛感したシウスは、フリードに両手剣の鍛造を依頼していたのだ。
「……これを持ったままトップスピードで動き回るのは無理だな」
「思考操作で呼び出しと収納を繰り返したらどうだ?」
「そっちに意識を取られ過ぎるのは良くない。立ち回りでフォローするよ」
メニュー画面からクレジットを支払う。値は張るが、<世界樹の木陰>で最も道具生成に秀でていたフリードの一振りだ。性能は申し分ないだろう。
「本当なら防具も作りたいんだが……」
「素材アイテムが足りないのか?」
サービス開始から僅か一週間で、アイテムショップの在庫が切れるとは考えにくい。
素材アイテムを買い占める悪質なプレイヤーが現れたのかと心配になるが、鍛冶師は首を横に振った。
「うんにゃ。アスプを越えた先に鉱山が見つかったから、この雨が上がったら良質の鉱石を集めに行くつもりだ。お前は動きやすさ重視だから、チェインシャツあたりか?」
「そりゃ楽しみだ」
期待の言葉に、フリードは、にかっと笑った。<クロスガイア>のサーバ内に閉じ込められているとは思えない陽気さに安心する。
「お前はこれからどうすんの?」
「ノイエさんと合流して新しい仲間を探す。魔法使いタイプの後衛が理想だけど、腕がいいなら職にはこだわらない」
「ぼちぼち拠点から出るプレイヤーも増えてるし、早い方がいいかもなぁ」
確かに、フリードの言う通り、後衛――特に回復魔法の遣い手である<僧侶>は引く手数多だろう。回避率が異様に高いシウスからすれば、パーティーのメイン火力となる<魔法使い>が優先だが。
「そうだな。……それじゃ、俺はこの辺で」
「戦闘とか謎解きはお前に任せた。……頼りにしてるぜ」
「お互いにな」
シウスは片手を挙げて、<工房>の扉を開いた。外は相変わらず雨が降り続いている。
だが、やまない雨はないのだ。デスゲームとて、終わりは必ず存在する。
シウスは黒い傘を<アイテムインベントリ>から呼び出すと、決意を新たに東地区の雑踏へ消えて行った。




