53.未来永劫
噴水の吹き上げる水飛沫に、陽光が煌めき青い空はどこまでも澄み渡っている。
どこからともなく聞こえる鳥の声に耳を傾けながら、テーブルに置かれたカップに手を伸ばす。
今日はあの日のやり直しだ。とは言っても、同じ庭園内でも場所は先日とは違う休憩場所だ。
ここは噴水から幾分か離れた場所に作られた東屋で、夏の乾いた風が吹き抜けていくので日差しさえなければ涼しく心地良い。テーブルの端に先程摘まれたばかりの薔薇を置き、円形のテーブルを囲むように置かれた椅子に腰かけ、隣にはウィルフレッドが座っている。
今日は刺客が現れることもなく、穏やかな時間が流れていく。
たが多分、もう少ししたらこの平穏な時間も破られてしまうのだろう。議会は昼前には終わると聞く。きっと王宮中の者たちがウィルフレッドを探しにやってくるに違いない。
「今日は逃げてこられたのですね」
朝食時、突然ウィルフレッドに庭園に誘われた。
というか、問答無用に決定され、支度が出来次第連れ出されたと言ってもいい。
お茶を飲んでいたウィルフレッドは穏やかに笑う。
「しばらくは落ち着けないだろう。こうして庭園に散歩に出ることも難しくなるかもしれないし……」
「はい。ありがとうございます」
笑顔で答えると、ふとウィルフレッドはその穏やかな笑みを消し、わずかに躊躇ったのち声を潜める。
「ネリーには無理をさせたか?」
それが何を指しているのか理解した途端、顔が熱くなる。
「……いえ、大丈夫です」
確かに、違和感はある。でも歩けないほどでもないし、むしろ何かをしていないと昨夜のことを思い出してしまって恥ずかしくなる。
赤くなっているだろう頬に片手をあて、一口お茶を飲む。
「そう言えば、以前ネリーが言っていたお願いというのは何だ?」
「あ、それは――」
言われて、あの日、この庭園で言ったことを思い出す。
あの時ならば、きっと叶うはずだった願いだ。だが、今では少し内容が変わってしまった。それを口にするのは、また躊躇われるような気がして困ってしまう。
「言いにくいこと?」
「いえ、あの……」
どう言うべきか悩む。
カップを取りあえず皿に戻し、周囲にいる侍女たちを見渡す。
聞いていない素振りで聞いているのが彼女たちだ。先程、ウィルフレッドがリューネリアの身体を気づかった言葉も、彼女たちは理解したはずだ。朝の着替えを手伝うのも彼女たちなのだから。
今はドレスで隠れているが、実はその下にはウィルフレッドが付けた痕が身体中に残っている。彼女たちの眼差しが、今朝の着替えの時ほどいたたまれなかったことはない。
しかし、もう彼女たちには知られているのなら、逆に開き直ってしまうのもいいのかもしれない。
「……あなたと家族を持ちたいなと」
口にするのは恥ずかしかったが、一度口にしたら引っ込みはつかない。
あの時は、まだ単に第二王子の妃で、後継ぎなど考えることなどなく単に、家族、だったのだ。だが、これから王太子となるウィルフレッドとその妃であるリューネリアにはもう一つ仕事が課せられる。それがリューネリアにとって最も重要な仕事になるはずだ。
ウィルフレッドはそのお願いに、一瞬目を瞬いたが、すぐに先ほどよりもより一層深い穏やかな笑みを浮かべると、リューネリアの手を握った。
「それは、そんなに遠くないうちに叶えよう」
それにはリューネリアも頷く。
庭園の外が賑やかになりつつある。どうやら議会は予定よりも早く終わったらしい。これで穏やかな時間も終了となる。
ウィルフレッドと顔を見合わせると小さく笑い合う。
これから忙しくなるが、きっとこの人が側にいればどんな困難なことにだって立ち向かっていくことが出来るだろう。もちろん、どれだけのことが出来るのか分からない。だが、これからは周囲に振り回されるのではなく、自らの足でこの地を踏みしめ、自らの手で、きっと遠くない未来、幸せを手に入れることが出来る。
そう思いながら、ウィルフレッドの手を握り返した。
皆さま、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけましたでしょうか。
これにて本編は終了です。
約5ヶ月間の連載でしたが、完結までたどり着くことが出来たのも、みなさまの優しい励ましがあってのことです。本当にありがとうございました。
番外編にて数話ほど彼らの今後などを投稿する予定ですので、もし宜しかったらお付き合いいただけると幸いです。
では、ここまで読んで下さったすべての皆さまに感謝を!




