第2話 初めての出会い
獣が地面を蹴った。
「うわああああっ!」
俺は情けない声を上げながら、横に飛び退いた。
直後、さっきまで俺が立っていた場所を獣の牙が通り過ぎる。
あ、危なっ!!
あと少しでも反応が遅れていたら、今頃どうなっていたことか。
格ゲーをやり込んでなかったら即死だったな。
獣は地面に着地すると、すぐさまこちらに向き直った。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ!」
逃げる?
いや、無理だろ。
相手は四足歩行の獣だ。どう考えても俺より速い。
戦う?
もっと無理だ。
獣が低く唸る。
次の瞬間、再びこちらに飛びかかってきた。
「ひっ……!」
今度は避けきれなかった。
俺は地面に倒れ込み、獣の爪が服をかすめる。
痛っ……!
くっそ、何かないのか。
石でも木の枝でもいい。
とにかく、こいつをどうにかできるものが――
「そこの人! 伏せて!!」
突然、少女の声が響いた。
「えっ?」
反射的に頭を下げた、その直後
ヒュンッ!
何かが俺の頭上を通り過ぎ、獣の身体に突き刺さった。
ギャウッ!
獣が悲鳴を上げ、数歩後退する。
見ると、一本の矢がその身体に刺さっていた。
「今のうちに逃げて!」
声のした方向を見る。
そこには、弓を構えた少女が立っていた。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
ショートで明るい栗色の髪。動きやすそうな服の上に革製の防具を身につけ、腰には短剣を差している。
まさに、ファンタジー作品に登場する人物といった格好だった。
俺は慌てて立ち上がり、少女のいる方向へ走った。
しかし、獣はまだ倒れていなかった。
矢を受けた場所から血を流しながらも、再びこちらを睨みつけている。
「嘘でしょ……。まだ動けるの?」
少女が小さく呟いた。
「おい! 逃げなくていいのか!?」
「逃げたいのは山々なんだけど……!」
少女は弓を構え直す。
「このまま逃げたら、あなたが追いつかれるでしょ!」
「俺!?」
どうやら、俺を置いて逃げるつもりはないらしい。
初対面の相手なのに、ずいぶんとお人好しな人だ。
獣が再び動き出した。
少女は矢を放つ。
しかし、今度の矢は獣の肩をかすめただけだった。
獣は速度を落とさず、少女との距離を一気に詰める。
「きゃっ!」
少女は横に飛び退いたが、獣の爪が腕をかすめた。
「痛っ……!」
「おい、大丈夫か!?」
「平気!それより、下がってて!」
少女は短剣を抜いた。
弓だけでは近づかれた相手に対処できないと判断したのだろう。
獣が少女に飛びかかる。
少女は短剣で受け止めようとした。
ガキンッ!
金属音が響く。
しかし、体格差は明らかだった。
「うっ……!」
少女の身体が押し込まれ、足元が崩れる。
短剣が大きく弾かれた。
まずい。
このままでは、彼女までやられてしまう。
何か、何かできることはないのか。
スキルは役に立たないし――
俺は周囲を見回した。
地面に転がっている石。
折れた木の枝。
武器になるものは、それくらいしかない。
俺は近くに落ちていた太い枝を拾い上げた。
正直、こんなものが役に立つとは思えない。
それでも、何もしないよりはマシだ。
「おおおおっ!」
俺は叫びながら、獣の横から枝を振り下ろした。
バシッ!
……思ったより、手応えがない。
獣がゆっくりとこちらを振り向いた。
その赤い瞳が、俺を捉える。
「……あ」
やってしまった。
完全に注意を引いてしまった。
獣が少女から離れ、こちらに向き直る。
「ちょ、ちょっと! 何してるの!?」
「いや、助けようと思って……!」
「気持ちは嬉しいけど、無茶しないで!」
少女は立ち上がろうとしたが、腕を押さえて顔をしかめた。
そして、獣は再び地面を蹴った。
今度の標的は、俺だ。
「うわああああっ!」
俺は全力で走った。
当然、獣の方が速い。
すぐに背後から足音が迫ってくる。
もうダメだ。
「こっち!」
少女が叫んだ。
見ると、彼女は短剣を拾い直し、獣の横から飛び込んでいた。
狙いは、矢が刺さった場所。
短剣が獣の身体に深く突き刺さる。
ギャアアアッ!
獣が悲鳴を上げた。
その隙に、俺は横へ飛び退いた。
少女はすぐに距離を取ろうとした。
しかし、獣は最後の力を振り絞るように身体をひねり、彼女へ襲いかかった。
「しまっ……!」
少女の身体が硬直する。
間に合わない。
俺は考えるより先に、近くに落ちていた石を掴み、獣の顔に向かって投げつけた。
ガツッ!
石が獣の額に当たる。
もちろん、それだけで倒せるはずもない。
だが、一瞬だけ獣の動きが止まった。
「今だ!」
少女はその隙を逃さなかった。
短剣を構え直し、獣の首元へ突き立てる。
獣は数秒間もがいたあと、ついに地面へ倒れ込んだ。
森に静寂が戻った。
俺たちはしばらく、その場から動けなかった。
やがて、少女が大きく息を吐いた。
「……た、助かったぁ」
その場にへたり込む。
俺も同じように地面に座り込んだ。
「死ぬかと思った……」
「私も……。まさか、こんなところにグレイファングがいるなんて」
「グレイファング?」
この獣の名前だろうか?
少女は俺を見て、不思議そうな顔をした。
「……もしかして、冒険者じゃないの?」
「冒険者?」
その言葉を聞いて、俺は思わず目を見開いた。
冒険者。それは、俺が読んできた異世界ファンタジーの小説ではおなじみの職業だった。
魔物を倒し、素材を集め、依頼をこなして報酬を得る。
そして、冒険者が集まる場所には、冒険者ギルドがある。
……まさか、本当にあるのか?
「あの……」
俺は恐る恐る尋ねた。
「ここって、どこなんですか?」
少女は目を丸くした。
「どこって……エルセリア王国の北部にある森だけど?」
「エルセリア王国?」
「えっ、知らないの?」
「……はい」
少女は俺の顔をじっと見つめた。
やがて、何かを察したように表情を和らげた。
「もしかして、遠くから来たの?変な服も来ているし……」
「まぁ、そんなところです」
異世界から来ました、なんて言えるわけがない。
俺は曖昧に頷いた。
「そっか。なら、街まで案内するよ」
「えっ、いいんですか?」
「うん。ここにいたら、また魔物に襲われるかもしれないし。それに……」
少女は少しだけ視線を逸らした。
「さっき、助けてくれたでしょ?」
「いや、俺は石を投げただけで……」
「それでもだよ」
少女は微笑んだ。
「私はリリア。冒険者を始めたばかりなんだ。よろしくね!」
リリア。
それが、彼女の名前らしい。
「俺は悠斗だ、よろしく。俺も冒険者について、いろいろ教えてほしい」
「もちろん。よろしくね、ユウト!」
リリアは元気よく頷いた。
こうして俺は、異世界で初めての仲間を得た。




