事実上の国外追放
「……そなたが私を避けたのもそれが理由か」
唖然としている私の肩を引き寄せ、アルフォンス様が絞り出すように吐き捨てた。
その声音はひどく冷たく、そして怒りに満ちている。
あれほど自分を避け続けた元婚約者が口にした理由は、呆れるほどくだらないものだった。彼が怒るのも当然だろう。
そっと彼に近づき。怒りで強張る腕に手を添えた。その瞬間、彼はこちらに顔を向け、頬を緩ませる。
一瞬、二人の間に甘い空気が漂った。それが気に入らなかったのか、スピナー公爵令嬢は顔を歪め、こちらを指さして激しく罵り始めた。
「騙されるんじゃないわよレオナさん! その人はアイリスと結ばれる運命にあるの! きっと、彼はアイリスを見た瞬間恋に落ちるわ! そうしたら貴女はボロ雑巾のように捨てられてしまうのよ? 悪いことは言わないわ、そんな男とは別れなさい!」
なにかに取り憑かれたかのように髪を振り乱し、叫ぶ彼女に恐怖を感じる。
そんな怯えた様子を察したアルフォンス様が私を隠すように前に出た。
「私の大切な婚約者に、根も葉もないことを言うのはやめてもらおうか。そもそも、レブンス商会長の奥方とは先日会ったが、何もなかった。私のことを知りもしないくせに、勝手な憶測で語るのは控えろ」
「アイリスと会ったですって!? どこで会ったというのよ? まさか密会? ほらやっぱり浮気じゃない!」
「馬鹿なことを言わないでもらおうか。レブンス商会長の奥方は王都にあるブティックのオーナーだろう? そこに行けば誰でも会うことが可能だ。密会する必要がない」
「だったら、おかしいわよ! 彼女の可憐さに一目で恋に落ちるはずでしょう!? 彼女はこの世界のヒロインなのよ?」
「何故そう決めつける? 少なくとも私は彼女に心を動かすことはない。そしてそれは今後も絶対にないと、私の名にかけて誓えるぞ」
「う、うそよ……。だって……ゲームでは……」
スピナー公爵令嬢は唖然として視線を彷徨わせた。
そんな彼女をよそに私はアルフォンス様に問いかけた。
「殿下、市街地に行かれたのですか?」
王族が市街地に行くことは珍しい。
どんな理由があってそこに行ったのだろうか。
「ああ、お忍びでな。レオナへの贈り物を自分で選びたかったんだ」
「まあ……そうでしたの」
わざわざ私の為にアルフォンス様が市街地に赴いた。
その気持ちが嬉しくて顔が綻ぶのを止められない。
彼も私を見て顔を綻ばせるので、こんな場所でも私達の間には甘やかな空気が漂う。
そしてそれを気に入らないスピナー公爵令嬢がまた噛みついてきた。
「ちょっとあんた達! 何イチャイチャしてんのよ「大変申し訳ございません、殿下、ミスティ侯爵令嬢! 妹は頭が狂ってしまったようで、これ以上ここにいたら尊き御身に害が及ぶやもしれません! なので安全の為にも、ひとまず妹を退出させることをお許しください!」」
ずっと置物のように固まっていた公爵が妹の口を背後から塞ぎ、鬼気迫った様子で懇願してきた。
アルフォンス様はというと、顔からスッと笑みを消し、静かにこう告げた。
「そうだな。妹だけ退出を許す」
「ありがたき幸せ! おい、こいつに猿轡を噛ませて馬車に押し込んどけ!」
焦った様子の公爵が叫ぶように従者に指示を飛ばす。
するとそれにつられて慌てた従者はなおもがなり立てようとするスピナー公爵令嬢の口に猿轡を噛ませ、引きずるようにして部屋を出た。
「……大変、大変ご無礼を致しまして申し訳ございません!」
とうとう公爵は頭を床につけ、平伏してしまった。高位の身分である彼が床に額ずくなんてと驚いてしまう。だが、それも無理はないというほど、スピナー公爵令嬢の発言は不敬で不快だった。結局、謝罪の言葉なぞ、一言も述べてない。
謝罪をしているのは、気の毒なほど低姿勢になる若き公爵のみだ。
それを目にした私は、またアルフォンス様に目配せをした。
「……わたくしはスピナー公爵家のみ、謝罪を受け入れます」
アルフォンス様が頷いてくださったのを確認し、私はそう公爵に告げた。スピナー公爵令嬢は許せなくとも、スピナー家は許さなければならない。なぜなら陛下がそうお望みだからだ。主君が望むのならば臣下はそれに従わねば。
「あ……ありがたき幸せ! この御恩は一生忘れませぬ……」
涙を流して礼を述べる公爵。
それを見てアルフォンス様も口を開いた。
「レオナが望むのなら私もそれに倣おう。……公爵は妹を今後どうするつもりだ?」
「はっ! 愚妹は隣国に嫁に出します! 二度とこの国の地を踏ませぬよう、先方との交渉はすでに済ませております。殿下方の前に再び姿を現すことはないと、私が責任を持ってお約束いたします!」
「あれを嫁に……? 随分と心の広い男もいたものだな……」
「……少々、訳ありの男でして……。ですが、信頼はできる者ですのでご安心ください!」
訳ありとは何だろう……。そう思ったものの、口にはしなかった。
その代わりに思ったことは、彼女は結局、彼女の言ったように『国外追放』されるのかということ。
嫁入りとはいえ、もう二度とこの国に戻ってこれないというのはそういうことだ。
彼女なりに身勝手な努力を続けていたにも関わらず、それは変えられなかった。
……馬鹿みたいだ。
そんな言葉が自然と心に浮かび上がる。
あれだけ周囲をかき乱した結果、形は違えど、彼女は自分が最も恐れていた事態を自ら引き起こしたのだから。




