スピナー家の謝罪
「ふ……ふざけるな!! 殿下が他所の女と不貞と言うが、それ以前にお前は交流すらしていなかったじゃないか! なんだかんだと理由をつけて登城を避け……お前に甘い父上もあろうことかそれを許した! 殿下と交流せずにお前がしたことと言えば、男漁りに精を出し、意味もない学園に通っていただけ! お前のような阿婆擦れと血が繋がっていることが恥ずかしい……!」
「ひ、ひどいわお兄様……! 阿婆擦れだなんて……それはアイリスのことよ! 男漁りがひどく複数の婚約を壊す悪女はわたくしではないわ!」
「誰だそのアイリスとかいうのは!? その女がどこのだれか知らないが今は関係ないだろう! お前が全ての元凶だ! 数多の令嬢が婚約者と引き裂かれ、お前に傾倒した令息が罰を受け、そして私が継ぐ家が醜聞に塗れたのも……全てお前のせいだ! お前さえいなければ……誰もこんな目に遭わなかったんだ!!」
若き公爵の悲痛な叫びに私もアルフォンス様も言葉が出ない。
彼にしてみれば頭のおかしい妹と、娘を甘やかす父親がやらかした負債を全て背負う形になったのだ。激昂するのも無理はない。
だけどこの場には王太子殿下がいらっしゃる。つまり、彼は王族の御前で声を荒げているのだ。
不敬をはたらいているという認識が、果たして今の彼にあるだろうか?
ちら、とアルフォンス様の方を向けば、彼は小さく頷いてくれた。
ああ、彼は私の言いたいことが何なのかを理解してくれている。言葉を交わさなくとも意思が通じることに顔が綻んでしまう。思わず緩んだ顔をすぐに引き締め、彼等に向かって声を発した。
「公爵閣下、並びにご令嬢、殿下の御前ですよ。お控えくださいませ」
私の言葉にハッと我に返った公爵は急いで首を垂れ「申し訳ございません……」と謝罪を述べる。
だが令嬢の方は目を吊り上げて反論し始めた。
「ちょっと、レオナさん! 貴女はわたくしの友人のくせに、何ちゃっかりと殿下の婚約者の座に納まっているのよ? まさか陰でこそこそ殿下と浮気するなんて、可愛い顔してとんだ女狐ね?」
「友人……ですか? わたくしと貴女はそのような関係ではありません。それに浮気と仰いますけど、わたくしが殿下と婚約を結んだのは貴女との婚約が破棄されてからです。国内で貴女の次に身分が高く、殿下と年齢が釣り合うのはわたくしなので、殿下の婚約者になるのは何もおかしいことじゃありません」
本当はアルフォンス様に求められての婚約だけど、それをわざわざ言うつもりはない。
そんなことを言えばこの人はますますこちらを罵るだろう。身分順で言えば私が妥当だった、と思わせた方がいい。
「貴女こそ何を言ってるの? わたくし達は友人でしょう? 貴女の役目は殿下がアイリスと浮気して悲しむわたくしを慰めることよ。ゲームの中では率先して慰めてくれたというのに、この世界の貴女ときたら、ちっともわたくしに会いにこないんだもの! だからわたくしの方から会いに行ったのに、貴女はいつも嫌な顔をして……」
「ゲーム……? 何のことです? 意味は分かりませんが、アイリスはご夫君を一途に愛しておりますし、殿下とお会いしたことすらありません。貴女がおっしゃる『殿下とアイリスが浮気』というのは、何を根拠に仰っているのです?」
以前もそうだが、この人は何故頑なにアイリスが殿下と結ばれるようなことを言うのだろう?
それにゲームの中の私とは、どういう意味なのだろう……彼女の言っていることはまるで理解できない。
「嘘よ! アイリスは殿下を始め数多の高位貴族の令息を虜にし、わたくしを身一つで国外追放する最低最悪のヒロインなんだから!」
「国外追放? 公爵家の令嬢を……? アイリスにそんな権限があるとは思えないのですが……」
「違うわよ! 殿下やクリス、他の高位貴族の令息がこぞってわたくしを嵌めて国外追放を言い渡すのよ! それもアイリスを虐めたとかいうくだらない理由でね! アイリスさえいなければそんなことは起こらないのよ!」
「……殿下や高位貴族の令息にもそんな権限はありませんよ? あるとすれば国王陛下や当主である公爵閣下でしょうか……。いずれにしても一人の令嬢をそんな簡単に国から追放するなんて真似できませんよ?」
「出来るのよ! 国王陛下が外遊中を狙ってね! 国王陛下不在の場合は殿下に権限を譲渡されるから、わざわざそれを狙って断罪劇を披露するのよ! 王家主催の夜会でね!」
「……あの、我が国では国王陛下不在の場合でも、殿下に権限は譲渡されませんよ? それに陛下がご不在の時に王家主催の夜会が開かれるなんて、まず有り得ません」
他国では権限が委ねられることもあるのかもしれないが、我が国ではそのような制度はない。
緊急の案件が生じた場合は、殿下と各大臣が集まり、対応を協議したうえで決定する。公爵令嬢の国外追放が緊急案件とは思えない。
「え……うそ? だって……ゲームでは……」
「あの、先程から仰っているその『ゲーム』とはいったい何のことでしょうか?」
「え? それは……」
そこで彼女の口から語られたことはこちらの想像を絶するものだった。
それと同時に、自分達はこんなくだらない理由で振り回されたのかと呆れ果ててしまう。
「つまり……この世界は一種の恋愛遊戯を模したもので、貴女は『悪役令嬢』という役、アイリスは『ヒロイン』で、殿下方は彼女の『攻略対象』ということですか……?」
「ええ、そうよ。ヒロインが誰を選ぶかで彼女に立ちはだかる『悪役令嬢』は変わるのよ。ちなみに殿下の時はわたくし、クリスの時は貴女、そして他の令息の場合はそれぞれの婚約者ね。わたくし以外は婚約破棄されるだけで済むのだけど、わたくしだけは何故か必ず国外追放されるのよ! それが嫌で、回避しようとクリス達を味方につけようとしたの!」
「味方に……? 令息達が貴女の味方につけばその『国外追放』は回避されるのですか?」
「そうよ! だって、わたくしの冤罪をでっちあげて殿下に報告するのは彼等だもの!」
「……だから貴女はロバス子息や他の令息と親しくなさったのです? ご自分がその……断罪とやらをされないために」
「その通りよ! 彼等を味方につけなくちゃ、わたくしは破滅だもの! 身一つで国外追放だなんて死んでしまうわ……それを避けるのは当然じゃない!?」
呆れ果てて言葉が出ない。
彼女はそんな妄想に取りつかれてあんな非常識で不快な行動をとり続けたのか。
そのせいで数多の人の未来が変わってしまったというのに―――。




