学園に通う意味
「貴方が通う学園は、領地経営や当主としての在り方を学ぶためにあります。学園の生徒は嫡男か、もしくは婿入りして婚家の領地経営に携わる子息ばかりで、女性はほとんどいないのではないでしょうか?」
「いや、そんなことはない! カサンドラ以外にも女性はたしかに存在したはずだ。たしかに数は少なかったが……」
「その数少ない女性は、将来家督を継ぐご令嬢です。本来、当主になる予定のない、王家に嫁ぐスピナー公爵令嬢が学園に通う意味はありません」
「だがっ! カサンドラは事業をいくつか手掛けており、王宮に入ってもそれは続けると言っていたぞ? 税金だけに頼る気はないとも言っていた! その志は立派ではないか?」
「……はあ。あのですね、妃は事業に携わることが出来ませんよ? 国の事業にだって関わることは許されておりません。ですから、彼女が手掛けている事業を、嫁いでからも続けるなど無理な話です。それらはスピナー公爵家が引き継ぐことになったでしょうね」
「妃は事業に携わることができない……だと? そんなの、初めて聞いたぞ!」
「そうですか。なら、後で調べたらいかがです? 王室の規則にきちんと明記されていますよ」
国の事業に携わるのは男性王族だけ。妃がその領分を侵すことは禁じられている。
理由は詳しくは分からないが、おそらく昔になにかあったのだろう。
「ちょっと待て……。規則に記されているのなら、カサンドラは知っているはずじゃないか? なら、何故そんなことを言ったんだ……」
何故、王室の決まりごとに精通していなければならない立場の彼女がそれを知らないのか。
そう言いたいのだろうが、それは私の方が知りたい。
「それは分かりません。ですが、これだけは言えます。スピナー公爵令嬢よりも、わたくしの方が王太子殿下の婚約者として相応しいと」
そう、はっきりと言い切ると、クリスフォード様は唖然としていた。多分、彼は私がここまではっきりと自分の意見を口にするとは思わなかったのだろう。
「王太子殿下をお傍でお支えする役目は、誰に何を言われようとも渡す気はありません。なにより……無関係な他人の貴方にとやかく言われる筋合いなど少しもないのですよ。婚約者を蔑ろにし、王室の決まりを理解せず、数多の男に擦り寄るようなはしたない女性より、私の方が相応しいと断言できます」
私の言葉に気圧されたように、彼はわずかに身を引いていた。
気まずそうに視線を泳がせ、ためらいがちに口を開く。
「分かった……カサンドラのことはもういい……」
「さようでございますか」
あれだけ執着していたくせに、私が少し矛盾点をついたくらいで冷めるのか。
ならば婚約していた時に同じことを言えば改心しただろうか、と思ったがすぐにその考えを打ち消した。彼女にのぼせ上っている状態で言っても聞くはずがない。
それにあのままだとこの人が当主になっていた。浅慮で視野が狭く、下の者を平気で虐げるようなこの男が。それよりもエリナ様の方がよほど当主として相応しい器と品格を備えている。彼女のおかげでロバス家はかろうじて名誉を保っているのだから。
「な、なあ……もう一度私とのことを考え直してくれないか?」
「嫌だと言いましたし、王太子殿下と婚約を結んだとも言ったはずですけど……聞こえておりませんでした?」
「だがっ……! だが、このままでは名誉あるロバス公爵家がなくなってしまう! あいつは恥知らずにも陛下に降爵を願い出て……父上もそれに賛同したんだぞ!? 公爵家が伯爵家になるなんて耐えられない!!」
「ご英断かと思います。ない袖は振れぬのですから」
当家よりも爵位を下にすることによって、提携事業に伴う資金負担を軽減できたというのに何を言うのか。名誉も大切だが、当主は家や領民を守ることも大切だ。
エリナ様はすでに当主としての器を見せているのに、この人は見栄ばかり。
本当に情けなくて小さいと呆れてしまう。
「そんなの、君が嫁げば問題ないだろう? もともとそういう契約だったじゃないか!」
「お断りです。わたくし、貴方の妻になることで生じる嫌なことに耐えられませんの」
「は? 何だ、その嫌なことというのは……? あ、もしかしてカサンドラのことか? それなら大丈夫だ。あの女にはもう会わないと誓う。なんなら誓約書を書いてもいい」
「いいえ、スピナー公爵令嬢はもう関係ありません。わたくしが嫌なのは……貴方といると、お茶の味が不味く感じることです。これから先、死ぬまで不味いお茶を飲み続けるなど耐えられません」
彼の妻になったら永遠に美味しいお茶が飲めない。
今も、どうせ美味しく飲めないからとお茶を出すのは止めてもらったほどだ。
「はあ!? なんだそのふざけた理由は! そんなの納得できるか!」
唾を飛ばして怒鳴る元婚約者の姿はまるで破落戸のよう。
とても貴公子とは思えないほど品が無い。
「納得する必要はありませんので、問題ありません。わたくしと貴方は二度と縁を結ばない、それだけです。さあ、お客様がお帰りよ! お見送りしてさしあげて!」
パンと手を叩き、背後にいる護衛騎士に命じる。
すると彼等はすぐにクリスフォード様の両脇に移動し、腕を掴み立たせた。
「やめろ! 離せ無礼者! 私はまだレオナと話が……!」
「わたくしから話すことはもうありません。では、永遠にごきげんよう。市井でもどうぞお元気で」
まだ何かを喚く元婚約者を、力強い護衛騎士達が抱えて外まで運んでいく。
五月蠅い声が聞こえなくなったことを確認し、私はテーブルにあるベルを鳴らした。
「サリー、喉が渇いたからお茶をお願い」
これからはずっと美味しいお茶が楽しめるだろう。
だって、お茶の味を不味くする元凶と、もう会うこともないのだから。




