彼にとっての彼女は
「カサンドラへの気持ちはそんなふしだらなものではない! ただ彼女に憧れと尊敬を抱いているだけだ!」
「ふうん、そうですか」
「……嫉妬か? いくら自分よりもカサンドラの方が優れているからといって、女の嫉妬は醜いぞ」
「女だけでなく、男の嫉妬も醜いと思いますけどね。まあ、いいです。それでスピナー公爵令嬢は具体的にはどこが優れていらっしゃるのですか?」
「え? 具体的に……?」
「ええ。そんなに褒めるのですから説明くらい出来るでしょう? 教えてくださいな」
令息達が婚約者よりも優先するほどの魅力が彼女のどこにあるのか。それが知りたい。
少なくとも、私にとって彼女は奇抜な言動ばかり繰り返す風変わりな令嬢でしかない。
「カサンドラは……不思議な女性なんだ。私も含めた数多の令息の抱えていた悩みを瞬く間に解決し、癒してくれた……」
「悩みを解決……ですか? 例えばどのような?」
まだ年若い令嬢が、複数の人間の悩みを解決なんてできるものだろうか?
しかもあんな非常識な人が。
「例えばだと? そうだな……ある伯爵家の子息は、優秀な婚約者に劣等感を抱いていてな。だがそれを周囲に悟られるのは恥だと、ずっと心の内に秘めていたそうだ。その鬱屈した心をカサンドラが見抜き、彼に『貴方は貴方のままでいいのよ』と肯定してくれた。以来、彼はカサンドラを女神の如く崇拝するまでになったのだよ」
「崇拝ですか……。他には?」
そうは言っても結果だけ見れば、婚約者に劣等感を抱いた挙句に別の女性に侍り、婚約を解消されただけ。しかも彼女に侍っていた子息達のほぼ全員が家の名誉を汚したとして勘当されたと聞く。
悩みを解決しても、何の意味がないような……。
「他? そうだな……とある侯爵家の次男坊は、兄に鬱屈した想いを抱いていてな。自分の方が優秀なのに、先に生まれたというだけで跡継ぎの座を約束された兄が許せないと。もちろん表には出さなかったのだが、聡明なカサンドラは気付いたのだろう」
「……なるほど。それでどうなったのです?」
先に生まれたというだけで跡継ぎに任命されたのは貴方でしょう?
という言葉を吐きだす前に急いで飲み込んだ。
今それを出したら話が進まないし、絶対に面倒なことになる。
「それでカサンドラは彼に『両親に貴方の方が優秀であることを示すべきよ』と提案したそうだ。以来、彼はことあるごとに兄よりも自分の方が多方面で優れていると主張し、跡継ぎを自分に変えるよう父親に訴えたらしい」
それはお家問題に発展するのでは……?
恍惚とした表情でスピナー公爵令嬢の素晴らしさを語るクリスフォード様だが、それが他家の世継ぎ問題に首を突っ込む行為だと全く気付いていない。
そもそも跡継ぎを決めるのはその家の当主の権利だ。それを他家の令嬢が横槍を入れるなど、出過ぎた行為だとしか思えない。
お家問題は最悪内乱を招くこともある。
スピナー公爵令嬢のしたことは無責任にも他家を引っ掻き回し、争いの火種を生むような行為。彼女のその自覚はあるのだろうか。
「……そうですか。それで、その子息は跡継ぎになれたのですか?」
「いや? それが流行り病にかかってしまったらしく、途中退学したんだ。その後も彼が跡継ぎになったとは聞いていないし、どうなったかは分からない」
それは多分、彼は危険因子と見なされて幽閉されたのかもしれない。
おそらくもう……彼は貴族として社交界に出ることすら叶わないだろう。
まともな当主なら、世継ぎ問題に発展するような危険思想を持った息子を外に出すことはしない。
侯爵家の子息であれば、余計なことさえ言わなければ他家に婿入りすることも可能だったろうに。
そういった貴族としての華やかな未来は奪われ、以降は領地でひっそりと生きるか修道院に入れられるかのどちらかだ。
いくら悩みを解決しても、その後の人生が暗いものでいいのだろうか?
彼等はそれで満足なのだろうか?
私だったらそんなの御免だ。
「なるほど、よく分かりました。それでロバス子息はどのようにしてスピナー公爵令嬢に悩みを解決してもらったのです?」
「私は……その、妹への劣等感をカサンドラに見破られたんだ。それで卑屈になってしまいがちな私を彼女は慰めて励ましてくれた……。『妹がいくら優秀でも跡継ぎは貴方なのよ。彼女はどう転んでも貴方には敵わないの』とな」
先ほどの侯爵子息の話と矛盾していません?
優秀な方が跡継ぎになるべき、という意味合いの台詞を吐いてたのに。
どうしてそう意見がコロコロ変わるのだろう?
「そうですか、そんなことが……。ん……? お待ちになって、どうしてスピナー公爵令嬢は妹君の存在を知っていらしたの?」
「は? どうしてって……そんなの知っていて当然だろう?」
「いいえ、妹君の存在はそれまで社交界では認識されていませんでした。幼少の頃に隣国へと渡った彼女の姿を見た者は少ないようでして、わたくしの両親すらもロバス家に令嬢がいると知らなかったのです。……それに、もし認識されていれば王太子殿下の婚約者候補として挙がっていたはずですわ」
「は……? なら、どうやってカサンドラは私の妹の存在を知ったんだ?」
「さあ……? あ、そういえば彼女はレブンス商会長のこともご存知でしたね。弟がいて、彼がその弟に劣等感を抱いているとおっしゃっていました。まあ後者は当たっておりませんが。ですが、アイリスが彼の妻だとは知らなかった……。こちらは周知の事実で貴族なら誰もが知っておりますのに」
「なんだ? 何が言いたい……?」
「スピナー公爵令嬢は、何故本人以外知りえない情報を持っていて、何故誰もが知っている情報を持ち合わせていないのか、ということです。ロバス子息は妹君のことを誰かに話しましたか?」
「は? 言うわけないだろう? 口に出すのも嫌なのだからかな!」
「ならスピナー公爵令嬢はどうやって妹君のことを知り、貴方が劣等感を抱いていると知ったのでしょう?」
「それは……父上か母上がきっと……」
「いいえ、それは有り得ないかと。幼い娘を自分の家で養育せずに他家に押し付けるなど、社交界に知られたらいい笑い者です。娘一人すら養育できないほど貧しいのかと。現に今、妹君の存在を知った社交界では公爵夫妻は“育児放棄”と白い目で見られていますよ」
エリナ様を隣国の親戚に預けたことはロバス公爵家の醜聞として瞬く間に社交界に広まった。
そして彼女自身に同情が集まり、彼女を支持する者も増えつつある。
「ああ、もう! ごちゃごちゃとうるさいな! いいから私と復縁すると父上に君から話すんだ! 君だって私を愛していただろう!?」
「え? 嫌ですけど。それに貴方を愛していた記憶はこれっぽっちもありませんわ」
「は……? う、嘘だ……! そんなはずはない!」
「嘘ではありませんけど? むしろどうして愛されていると思っていたのか不思議です」
「いや、だって……私は公爵家の嫡男だぞ!? 女ならば、誰だって……」
「ああ、外見と身分だけで好かれると思っていらっしゃったのですね? お生憎様。わたくし、それだけしか持ち合わせていないような殿方に魅力を感じませんの。それにご存じないようですけど、わたくし王太子殿下の婚約者となりましたのよ?」
「は……? 君が殿下の婚約者? 馬鹿な……そんなの務まるわけないだろう!」
「あら、勝手に決めつけないでくださいまし。無関係の、部外者である貴方にそんなこと言う資格はありませんよ」
「未来の王妃とは、カサンドラのように、優秀で聡明な女性がなるべきだ! 君じゃ無理に決まっているだろう!? 大人しく婚約者を辞退し、私の妻になったほうがいいぞ!」
「まあ、気持ち悪い。絶対に御免ですわ」
「気持ち悪いだと!?」
「ええ、吐き気を催しますね。それと……優秀で聡明とおっしゃいますけど、スピナー公爵令嬢のどの辺がそうなのでしょうか? 殿下を避けるなどの不敬な行為や、婚約者がいる令息と不必要に親しくする行為を鑑みますと、とても優秀で聡明とは思えませんよ」
「い、いや、それは……そうだが、彼女は学園の成績も良くてだな……」
「……なんと言いますか、その『学園に通っている』ということがもう、未来の王妃として有り得ない行為なんですよ」
「は? どういうことだ?」
「ロバス子息は学園が何のためにあるのか知ってますか? 何を学び、何を成す場所なのかを……」
「は……? 何の、だと……?」
私の言葉に目が点になる彼を見ると、どうやら知らないのだろう。
学園がどういう場所なのかを。




