ロバス家の令嬢
まずはロバス公爵令嬢と話す機会を設けるべく、私はさっそく彼女宛てに茶会の招待状をしたためた。とはいえ、大仰な茶会を催すつもりはない。彼女と二人で話をするための、単なる口実だ。 貴族令嬢の間では、相手を一方的に呼びつけることは無作法とされている。そのため、茶会への招待という形をとって屋敷に招くのが礼儀とされているのだ。
「本日はお招きいただきありがとうございます、ミスティ侯爵令嬢」
招待を受けてやってきたロバス公爵令嬢──クリスフォード様の妹君は、彼によく似た美しい少女だった。年齢は私よりも少し下だろうか。どことなくあどけなさの残る顔立ちをしている。
「ようこそお越しくださいました、ロバス公爵令嬢。すでにご存じかもしれませんが、改めましてご挨拶申し上げます。わたくしはミスティ侯爵家の長女レオナと申します。以後、どうぞお見知りおきくださいませ」
名を告げ、淑女の礼をとると、相手もそれに応じて優雅に礼を返した。その一連の所作には高位貴族に相応しい美しさがあった。
「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。私はロバス公爵家の長女、エリナと申します。まずは……このたびの兄の無礼について、謝罪させていただきたく存じます。貴女に対して働いた非礼の数々、兄に代わり深くお詫び申し上げます」
頭を上げるどころか、ますます深く下げる彼女に思わず困惑してしまった。
まさか、ここまで丁寧に詫びられるとは思ってもみなかったからだ。クリスフォード様の妹ということもあって、彼女も兄と同じような性格なのではないかと少し不安だったが、幸いにも、それは取り越し苦労だったようだ。
「どうぞ頭を上げてくださいロバス公爵令嬢。謝罪でしたらお父君の公爵閣下より直々に受けておりましてよ」
「ですが……肝心の愚兄はまだ貴女に詫びの一つも入れておりませんでしょう?」
「あら? そういえばそうだったかしら……」
すでに元婚約者のことなどどうでもよかったから忘れていた。
思い返せば、彼の口から謝罪の言葉は一度も出ていない。
「いえ、もう過ぎたことですし……どうかお気になさらないでください」
「ありがとうございます。ミスティ侯爵令嬢はなんと慈悲深いのでしょう……」
優しいのではなく、彼のことがどうでもよいからなのだが、わざわざそれを口にすることもないだろう。顔を上げたロバス公爵令嬢を改めて見ると、クリスフォード様と面立ちがよく似ていた。もっとも、彼女の方が理知的だが。
「どうぞこちらへお掛けください。お茶をご用意いたしましたの」
「ありがとうございます。ささやかではございますが、お土産をお持ちしました。よろしければお受け取り下さいませ」
「あら、お気遣いいただきありがとうございます。まあ……いい香り、焼き菓子かしら?」
「はい、当家の料理人が拵えたものです。ミスティ侯爵令嬢のお好みが分かりかねましたので、いくつか種類の異なるお菓子をご用意いたしました。お気に召すものがあればよいのですが……」
ロバス公爵令嬢の背後に控えていた侍女が一礼し、恭しく箱を差し出してきた。箱には上品なリボンが掛けられ、甘い焼き菓子の香りが漂っている。
「兄に仕えていた従者に、ミスティ侯爵令嬢のお好きなものを尋ねてみたのですよ。そうしたら、チョコレートがお好きだと聞いたのですが……多分、違いますよね?」
「え…………?」
確かに、クリスフォード様は私の好物がチョコレートだと思い込んでいる。彼からそう聞かされているであろう従者も同じ認識のはずだ。けれど、ロバス公爵令嬢はそれをきっぱりと否定した。
「ロバス公爵令嬢、貴女はどうしてそう思ったのですか?」
「どうぞ私のことはエリナとお呼びください。それと、私がどうしてそう思ったかという質問の答えですが……あの兄が婚約者の好物を知ろうとするはずがないからです」
「え? エリナ様、それはどういうことですか?」
「……兄は差別意識の強い人でした。自分より下の立場の人間を理由もなく見下しており、興味すら抱きません。流石に外ではそれを表に出すことはなかったようですが、内心は違います。そんな兄が、大分不快な言い方になってしまいますが……年齢も身分も下の貴女の好物を記憶にとどめておくとは思えませんでした」
「まあ……! クリスフォード様はそのような方だったのですか?」
エリナ様の話に私は耳を疑う。婚約中、彼がそんな気質を持っていたなんて気づきもしなかった。
……いや、そう言われてみれば、彼の非常識な行動の数々は私を見下していたからこそ出来たことなのかもしれない。それに、彼が私の話に興味を示さなかったのも、そういう理由なら納得できる。
「はい……恥ずかしながら。兄が婚約者である貴女より、スピナー公爵家のご令嬢のことばかり優先していたのも、そういった理由からだと思います。彼女は王太子殿下の婚約者で、未来の王妃ですから」
「え……? それだけの理由で?」
「ええ。兄はそのようなくだらない理由で人を選別する、どうしようもない人間です。こういってはなんですが、ミスティ侯爵令嬢が兄のような男と結婚せずに済んで、よかったと思っています」
エリナ様の発言に私は絶句した。
スピナー公爵令嬢の方が立場が上だから、婚約者の私よりも優先していた?
たったそれだけの、くだらない理由であんな非常識な行いを繰り返していた彼にゾッとする。
「信じられないのも無理はありません。ですが兄の中ではそれが常識なんですよ。……兄はいまだに何が悪かったか理解していませんしね」
「いまだに? うそ……信じられない……」
「ですよね。私もそう思います。……あの人は自分よりも立場が下の人間には、何をしてもいいという思い違いをしていますから」
「あ……もしかして、エリナ様が隣国にいたのも、兄君が原因ですか……?」
立場が下の人間に対して横柄だというのなら、妹であるエリナ様にもそうなのではないか。
ロバス家から出なくてはならないほどに……。




