魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。⑱
「じゃあ、シフリーナ。次の話を始める前に、僕と将来を誓おうか」
メルカトルの言葉に、ぴたりと動きを止めたシフリーナは、二回ほど瞬きしてからゆっくりとウーシェダに視線を向けてきた。
ウーシェダが口を開こうとしたその時「すみません! 私は! もう、ちょっと、シェダ様以外とは誓えないので!」とシフリーナの上擦った声が理論師室に響いた。
「大丈夫だ。シフル。そういう意味じゃない。……メルカトル様。妻で遊ぶのはやめていただきたいのですが」
くすくすと肩を震わせて笑うメルカトルは「ごめんね。うん、ウーシェダ以外とそういう誓いはできないよね」と眦を拭いながら答えた。
「シフリーナは誓約魔法は知ってる?」
「誓約魔法は、その約束を破ったらなにかしら罰を受ける魔法、ですよね?」
誓約魔法は、特別な取り決めや契約を交わす時に用いられる魔法だ。
誓約書の作成そのものが特殊な魔法で、かなりの魔力量と技術が求められる。
魔法師が介在すれば魔力のない者同士でも誓約を交わせるため、国家間の取り決めや、重要な契約にも用いられるものだ。
「そうだな。塔での公式誓約魔法は、誓約を破ると相手が感知できるのと、顔に翼の紋が浮かんで一ヶ月消えない。一度だけ見たことがあるが、隠しようもない大きさだった」
一ヶ月、と呟いたシフリーナが、自身の頬を両手で覆う。
「ウーシェダから、解析依頼のあった魔法陣を塔から持ち出さなくても、君は覚えて再現できてしまうって相談があがっててさ。なら、誓約魔法がいいかなって。その代わり、魔法具に収納して、ウーシェダが管理する場合に限り、魔法陣の持ち出しを許可するよ」
途端にシフリーナの顔が輝いた。
家に持ち帰れば、時間など気にせずに解析や研究ができると思っていそうなその顔に、ウーシェダは「家で寝ないで解析していいという話じゃないからな」とすかさず釘を刺した。
「そ、れは……そういうことも、あるような、ないような?」
「シフリーナ様。そういう時は『善処します』と言っておけばいいのです」
もっともらしく教示するオルセに「オリ、シフルに妙な入れ知恵を……」するな、と窘めようとしたウーシェダの耳に「善処します!」というシフリーナの声が響いた。
「じゃあ、シフリーナ。これを読んで、ここにサインして。書いたその瞬間に誓約は成立するからね」
ペンはこれを使って、とメルカトルが空中から取り出す。
シフリーナはそれを受け取ると、そのまま読まずにサインをした。
流れるようなその作業に、止める間もなかった。
「シフル、君、せめて読め。サインする前に読め」
「シェダ様がいて、メルカトル様が出した誓約書ですよ? 害はないかなって」
笑みを浮かべるシフリーナに、メルカトルもクスクスと笑う。
「全幅の信頼は嬉しいけどさ。まあ、簡単に言うと魔法塔が機密事項だと判断した魔法陣、それから君自身が危険性を認識した魔法陣を、僕らの目が届かないところでやたらと人に伝えてはいけないって誓約だよ。誓約を破ると、僕と七賢人、ウーシェダが感知できる。これは同時に君を守るための誓約でもある」
「どうしてこれが私を守るんですか?」
シフリーナは不思議そうに首を傾げた。
「今回の事件で、魔力のない者を理論師として塔に入れるのは危険じゃないかって声が上がってるんだ。本当にごく一部だけどね。僕からすれば、魔力があるかないかよりも、倫理観がどうなっているかのほうがよっぽど重要なんだけど……まあ、魔力がある自分たちだけが占有できていたものを取られるようで怖がってるだけなんじゃないの? って話なんだけど」
メルカトルは、軽い調子で辛辣なことを言って微笑んだ。
「誓約をしてるから問題ない、って言うためですか?」
「そう。それと、君から無理矢理何かを聞き出せば、僕らがすぐに気づくようにしてあると知らしめる意味もある」
「なるほど。だから私だけ誓約が必要なんですね」
「シフリーナ様だけではございません。私とシェダ様は、理論師室への異動が決まったと同時に誓約済みです」
オルセの言葉に、シフリーナは目を丸くした。すぐにこちらを見てくる彼女に、ウーシェダは苦笑を返した。
「理論師室で扱う内容は、ほぼすべて機密事項だからな」
「なら、どうして私は今日までしなかったんですか?」
ウーシェダやオルセは、シフリーナのそれよりもかなり細かく、たくさんの項目について誓約した。シフリーナをその対象としなかったのは、彼女により自由に研究させてやるためだ。
「……研究に制限をかけないため、だな」
「私たちは、魔法陣を記述することそのものにも多少関わる部分まで誓約したんです。シェダ様については、シフリーナ様が魔法陣を描くことについての責任を負う誓約でした」
「え」
「……室長は俺だ。所属する理論師について責任を負うのは当然だろう」
シフリーナに自由に研究させてやりたい。そのためにできることをするし、必要な責任を負う。それは、室長として、また夫として当然のことだ。
「えと……ありがとうございます。でも、次はそういう時、教えてほしいです。シェダ様に責任を押しつけて、私だけ知らないのは、ちょっとだけ寂しいので」
「……わかった」
「まあ夫婦の話し合いは、家でゆっくりやってよ。本題に入っていい?」
「誓約が本題じゃなかったんですか?」
シフリーナがメルカトルに尋ねると「そ。これは前置き。本題は、君のお披露目についてだ。シフリーナ」と長老はしたり顔で頷く。
「君の描く魔法陣がどういったものか、どういうレベルなのか、それを披露しよう。ただ、さすがに全員ってわけにはいかない。魔法塔の各局局長。それから術式研究局、応用魔法研究局、危険術式研究局、拘束管理局の上級以上が対象だよ」
「局長たちだけではないんですか?」
ウーシェダが聞いていたのは、局長たちのみを対象とする話だった。今のメルカトルの説明では、それよりもかなり増えている。
「七賢人との会議で危険術式研究局は外せないだろって話になってさ。だったら術式研究局と応用魔法研究局にも聞かせるべきだよねって。今回理論師室について一番うるさく言ってきているのは治安局のメンバーでさ。でも、治安局はこの説明会に局長以外を参加させる意味が薄すぎるし、拘束管理局なら例の魔法陣を管理しているって言い訳がたつからね。なにより、あそこはほら、治安局と近いから」
「それで拘束管理局ですか」
メルカトルの挙げた局は、拘束管理局を除けば、どこも魔法陣の研究に直接関わる局だ。そして、拘束管理局は、ウーシェダの魔力を封じたあの魔法陣の管理を負うだけでなく、治安局とも繋がりが深い。
説明会に拘束管理局を参加させ、シフリーナの研究の有用性を示して味方につければ、メルカトルの言う『一部の魔法師たち』への牽制になるのも間違いない。
「それでね、シフリーナ。君に一個宿題だよ」
「宿題? なんですか?」
「新しい魔法陣を、考えて欲しいんだ」




