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魔法が使えない令嬢ですが、私の描いた魔法陣を最高峰魔法師が発動してしまいました。ー最高峰魔法師×魔力0令嬢、ただし魔法理論最強。ー  作者: 稀葉
season2【全20話】魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。

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魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。⑮

「遅くにごめんね~」


 理論師室の扉を開くと、メルカトルとアグリが作業机の席に並んで座っていた。

 ソファーには女が寝かされている。

 そして、アグリのはす向かいには、あの薬草師──ルエラが座らされていた。足首には青い光の帯が巻き付き、拘束魔法がかけられているのが一目でわかる。

 ルエラは不本意そうに、まるで何かに腹を立てているような目で、机の上を睨み付けていた。

 

 竜を伴い邸に迎えに来たローディスに、あの魔法陣を持っていると名乗り出た者がいたこと、それにより、魔法陣を描いた者を拘束できたことは告げられていた。

 しかし、それが誰かまでは知らされていなかった。

 シフリーナとルエラは面識がある。なにより、シフリーナがルエラの薬草師としての腕前や考え方を好意的に見ていたのは、彼女の口ぶりからも感じていた。

 この状況を見れば、あの魔法陣の作者はルエラで間違いないだろう。途中ローディスが微かにシフリーナを見て、何事かを言い淀んだように見えたのは気のせいではなかったらしい。

 ウーシェダは、斜め後ろに立つシフリーナを心配して肩越しに振り返る。

 けれど、彼女の表情には意外なほどに驚愕はなく、ただ唇を引き結んでいた。先ほど寝室でシフリーナが話そうとしていたのは、もしかしたらこのことだったかもしれない。

 ソファーに寝かされた女は「死にたくない」とうわごとのように繰り返している。

 泣き濡れた白い顔には生気がなく、すぐにはそれと気づかなかったが、よく見ればウーシェダの古巣である基礎魔法研究局の魔法師見習いだった。


「早速で悪いんだが、理論師殿に、これをどうにかして欲しい」


 そう言ってアグリが差し出したのは、黒く塗りつぶされた丸い紙だ。うっすらと浮いて見えるのは、起動中の例の魔法陣。記述がないはずの場所は、黒いインクが埋め尽くしている。皺が多く、よれた紙面に、どうにか魔法陣を破損させようという努力の跡が濃く見えた。


「作者に止めてもらうのが手っ取り早いかなって思って早々に塔にお招きしたんだけどさあ、止め方、わからないんだって」


 軽い口調に反し、メルカトルの目に浮かぶのは冷たい侮蔑だ。

 睨み付けるルエラの視線を物ともせずに、塔の長老は「解析は終わってるって聞いたからさ。我が塔唯一の理論師を招集したってわけ」と肩を竦めた。


「朝まで、猶予はありますか?」


 押し黙っていたシフリーナが最初に言ったのは、そんな言葉だった。

 

「いいから早く助けてよっ」


 悲鳴のように女の声が響いた。

 小さく肩を跳ねさせたシフリーナは、ソファーの上から身を起こすことも出来ない女を見つめ「必ず助けます。でも、出来れば、魔力も損なわずに助けたいんです」と真摯に告げた。


「たす、助けて……」


「助けます。あなたの魔法ごと。だから、時間をもらっても、いいでしょうか?」


 女は涙を零しながらも小さく頷いた。


「恐らくとしか言い様はないが、朝までは大丈夫だろう。これまでは、この状態から一日、二日だ」

 

 アグリの濁した物言いに頷いたシフリーナは、自身の執務机からたくさんの紙とペンとを出してくる。

 それらを作業机に置くと「ルエラさん」と呼びかける。押さえ込んだ平坦な声は、ほんの僅か震えていた。


「これは、魔力を作ろうとした魔法陣ですよね? 魔法師に、なるための」


 その言葉に、メルカトルとアグリが息を呑んだ気配がした。シフリーナは気に留めることなく問いかける。


「最初のが全属性付与、あとからのが水属性(イシュ)、光属性(ルチェ)、闇属性(ザラム)の付与。これは最初の全属性の魔法陣ですよね?」


「……そうよ」


 顔を上げることもないまま、ふて腐れた声音で答えたルエラに、シフリーナは瞑目する。

 やがて、目を開けたシフリーナは作業机の横に立ったまま、紙にペンを走らせ始める。そこに視線を落としたまま「シェダ様。空間に魔法陣を描くこと、できますよね?」と確認してくる。


「ああ。……いや、待て。空間に描いて重ねても、作用はしないだろ」


 空間に魔法陣を描いて紙の上に重ねても、それは単なるふたつの魔法陣でしかない。

 記述そのものが作用を加味していても、紙面に描かれたものと平面ぴったりに合わせるのは至難の業だ。


「するように繋ぐから大丈夫です。……これ、真円でないですね。シェダ様、この魔法陣の外周ぴったりの長さの直線を、ここに引いてください。魔法でなくインクでこの紙に」


 徐々に集中していくシフリーナは、ウーシェダに指示をして、自身は塗りつぶされた魔法陣を紙の上に置き、外周を辿って同じ大きさの円形を描いた。

 やがて口の中でぶつぶつと何かを唱えながら、自身で描いた円形の魔法陣に記述を足していく。

 メルカトルやアグリ、ルエラまでもがその手元を注視する。

 シフリーナは再び自身の執務机に走ると、定規と書類を束ねる紐を手に戻って、再びペンを走らせ始めた。

 手近な紙の何枚かにも、それぞれ記述をメモしていくが、そこだけ見ていても趣旨が読み取れない。ただ、迷いのないペン先を見れば、シフリーナ自身にはやろうとしていることのおおよその完成図が見えているのは間違いなさそうだ。

 ウーシェダがインクで線を引いてやると、その長さを定規で測り、他の紙に長方形を描いた。すぐにその四角の中にも、細かな記述を始める。


「四角?」


 メルカトルが誰に問うでもなく呟いた。

 魔法陣の外周は円形と相場が決まっている。陣の中に魔力を巡らせる時、それが一番スムーズで効率的だと言われているからだ。


「シフリーナ、その四角いのもまさか魔法陣なのか?」


 アグリが尋ねると、シフリーナは「後にしてください」とぴしゃりとはねつける。相手が七賢人でなくとも、普段の彼女ならばあり得ない物言いだ。

 気圧されて「すまん」と口にするアグリに、メルカトルが笑いを漏らした。

 

 シフリーナの意図が見え始めたのは、彼女が紐を手にし始めてからだ。

 元の魔法陣に紐をあてては、長方形の魔法陣に印をつけていく。シフリーナが描いた円形魔法陣にも、同様のことを繰り返す。

 まさか、と思う。

 立体だ。シフリーナがやろうとしているのは、円柱型の魔法陣だと理解する。

 長方形が側面、円形が上面だろう。

 立体の魔法陣など、理論書のどこを探しても載ってはいない。同時に、それが不可能だと書かれた書物も目にしたことはない。

 シフリーナの発想には制限がない。それを改めて目の当たりにして、瞠目するばかりだ。

 

 側面に描かれた記述の一部は、ウーシェダにも理解ができる。以前、ウーシェダ自身が魔力を奪われた時の魔法陣にも描かれていた。術者の交代を可能とする記述だ。

 おそらくは、今起動している魔法陣の術者を交代させる意図だろう。

 それにしても、記述が細かい。

 先ほどシフリーナは『空間に魔法陣を描くこと、できますよね?』と尋ねた。出来るとの答えに嘘はないが、この複雑な、しかも立体で組まれた魔法陣を空間に維持し、しかも接合面まで正しく繋ぐのは恐ろしく骨が折れそうだ。


「シフリーナは、ほんと面白いよね」


 メルカトルもシフリーナの描く魔法陣の全容が見えたのか、楽しげに目を細めた。

 ふとシフリーナが手を止めて、ソファーの女に視線を投げる。その眼差しは、魔法陣を見つめる時とは違い、ほんの少し頼りない。

 ウーシェダも同じように視線を向けると、女は目を閉じて、細く呼吸を繰り返していた。


「シフル。大丈夫だ。こちらでもちゃんと見ている。いざとなれば、もうひとつのほうも準備済みだろ?」


 諭すように言えば、シフリーナは顎をひいて、再びペンを動かし始めた。

 静かな部屋に、紙の上に文字を綴る音だけが響く。

 誰もが息を詰めるようにして、シフリーナが描くそれを注視し続けた。

 やがて、窓の外がうっすらと白み始めた頃、シフリーナはようやくペンを置いて息を吐いた。


「できました。シェダ様、説明しますね」


「ああ、頼む」


「まず、この真っ黒な魔法陣はちょっとこれだと描き足しようがないですし、外側も燃えてしまっているので立ち上げる方向に逃がすことにしました。それがこれです」


 シフリーナが四角い魔法陣を指す。


「これは、最終的に円柱型になるという理解でいいか?」


「はい、そうです。空間に魔法陣を描けるなら、外側に広げるより簡単かなって思って」


 「簡単、な」と呟くアグリに、シフリーナが小首を傾げた。


「私は自分で魔法陣を起動できないので感覚がわからないんですが、多分接合時にずれにくいし取りこぼしにくいかなって思いました」


 シフリーナの言い分はもっともだが、おそらくアグリが言いたかったのは、そんな発想でこんな見たことも聞いたこともない魔法陣を描いたのか、という意味だったろう。


「うん、いいよ。魔法陣の説明を続けて?」


 メルカトルに促されて、シフリーナは説明の続きを始める。


「今、この黒い魔法陣に滞留しているのは、あの方の魔力と、それから体力? 生命力? そんな感じのものです。これらをそれぞれ側面に逃がします。本当は本人が出来そうなら、もうちょっとシンプルにできるんですけど、おそらく魔力は全部この魔法陣の中にあるので、いったんこの記述の部分で術者の交代を可能にしました」


「待って、シフリーナ。そうすると、この魔法陣の起動を交代した魔法師が、同じことにならないかい?」


「なりません。逆流しないように描いたので、引き継ぐ人の魔力を吸い上げることは出来ないんです。ここまでいいですか?」


 皆が頷くのを確認したシフリーナは「それぞれの力を上面の魔法陣まで引き上げた後、引き上げた魔力のみは別回路で回して元の術者へと回帰させます。この魔法陣は、最初の術者の魔力が魔法陣から消失することを終了条件としているので、それで魔法陣が停止、消失します」と一息に説明した。


 力の流れだけを聞けば、複雑ではない。

 けれど、側面や上面の記述量を見れば、それを叶えるために何十もの工程がそこかしこに組み込まれているのは間違いない。

 一同は黙って彼女の描き上げた魔法陣を見つめるばかりだ。


「じゃあここからは、接合箇所を説明しますね。シェダ様、いいですか?」


「ああ、頼む」


 シフリーナは黒塗りの魔法陣と長方形の魔法陣の接合箇所を丹念に説明した後、それを上面の魔法陣に受け渡すための接続について、ひとつひとつ解説をする。

 魔法陣ひとつでも骨が折れそうな綿密さだというのに、それが二つ。それらを空間にぶれなく維持する。接合は寸分のずれも許されない。

 そして、それらを維持しながら、術者の役割を引き継ぎ、魔法陣の起動を維持する。

 シフリーナがこともなげに言うそれは、とんでもなく高度な要求だ。


 紙面をじっと見下ろすウーシェダの耳に、メルカトルの声が届いた。


「僕がやろっか?」



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