魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。⑪
「あ、オラジャのお茶だ。この香りいいよね。ホッとする」
食後のお茶を手渡されたシノラスは、カップに鼻を近づけてその芳香を吸い込んだ。
「昨日買い付けに行ったら生花があったから」
「ルゥのお気に入りだもんね」
向かいに腰を下ろしたルエラは、お茶の香りを吸い込むとほぉと息を吐いた。
出会った頃は無愛想だと思ったけれど、今のシノラスにはルエラのあまり変わらない表情もだいぶ読み取れるようになったつもりだ。
「……何かあった? それとも疲れてる?」
そう言われたことが意外だったのだろう。ルエラは軽く目を瞠ってから、カップに視線を落とした。
「……お客様に、少し言い過ぎちゃった」
理性的な彼女にしては珍しいと思いながら、シノラスは、そうか、と頷いた。
客ということは、薬を買いに来たのだろう。ルエラから見て、改めるべき生活習慣でもあったのかもしれない。
「相手に必要だと思ったから言ったんだろう? そんなに気に病むことはないよ」
「相手に、というか」
「うん?」
「ううん。なんでもないわ」
それきり落ちた沈黙に、シノラスは迷いながら切り出した。
「妙な噂があってさ。魔力を増やす魔法があるって」
「魔力を増やす魔法?」
先月の昇格試験で、仲の良かった魔法師見習いがふたり、中級魔法師に昇格した。
そのうちの一人は、店にもよく来てくれていた男だ。
仲間内で祝杯をあげたが、その時、酒で滑らかになった舌で話していた。
『魔法をかけてもらったんだ』
彼はその後、過労で亡くなってしまったし、結局それ以上のことはわからない。
それが最近、急な健康診断や局長面談があったせいか、見習いたちの間で、噂になっていた。
見習いを中級にできる魔法があるらしい、と。
「魔法師見習いでも、中級魔法師になれるらし……」
「そんな魔法あるはずないでしょ」
ルエラはじっとカップを見つめている。
シノラスは、魔法師見習いだ。しかも既に九年目。
元々自身にそれほどの才能があるとは思ってはいなかったけれど、こんなにかかって魔法師にすら昇格できないほどだとも思っていなかった。
「うん。俺もそうは思うんだけど。来年受からないと、塔にいられなくなる」
出会った頃のルエラを思い出す。
無愛想だと思った彼女が、塔の魔法師を名乗った途端、「すごい!」と微笑んでくれた。それをきっかけに、少しずつ距離が縮まったのだ。
もしも自分が塔の魔法師でなかったら、彼女は求婚を受け入れてくれただろうか、と時々考える。だから、来年の昇格試験でいよいよ塔にいられなくなった時のことを思うと、シノラスは息を吸い込むのも重く感じるほどに胸が塞ぐのだ。
彼女が子どもを欲しくないと思っているのも知っている。そのための薬草茶を飲んでいることも。
けれどシノラスにとって、そんなことは些末なことだった。
「その時は……ここでこのまま薬草店を続ければいいだけじゃない。あなたは薬草師でもあるんだから」
「……ホント?」
「……なによ。薬草店は嫌なの?」
むっとした目を向けてくる妻に「まさか! 君の傍にいられるならなんでもいいよ」と笑みを向ける。
たとえ、彼女が好きなのが『魔法塔の魔法師』なんだとしても。
それでも、薬草師の自分でも許されるなら、ずっと彼女とこうして寄り添って生きていきたい。
「ねえ、ルゥ。好きだよ」
ひとつ瞬いたルエラは「急に何」とだけ言って、同じように返してはくれない。
それでも、その口角はほんの少しだけ上がっていた。




