魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。⑥
前回ルエラの店を訪れてから、二週間が過ぎた。
先に受け取っていた薬草茶は、日常的に飲むことで少しずつ体質を改善するもの、今日受け取ることになっているのは、月のモノの期間に痛みや立ちくらみが酷い時に飲むものだ。
今日は少し遅めの朝食を済ませてから、のんびりと徒歩で町まで出てきた。
いつものように護衛は付いてくれているものの、ウーシェダが今日はデートだからと伝えたこともあり、離れた場所にいるようで、少なくともシフリーナの視界に彼らが映ることはなかった。
「待て。今なんて言った?」
シフリーナのリクエストで訪れた、チョコレート風味のミルクティーが飲める店を出た途端、ウーシェダが足を止めて尋ねた。
「今? シェダ様は夏生まれでしたよね、と」
「違うその前だ」
「二十歳になってしまったからには、もう魔力は発現しないですよね?」
それがどうしたのかと不思議そうに瞬きをするシフリーナの前で、ウーシェダは掌を口に当て、視線を泳がせている。ややして、心底申し訳なさそうに口を開いた。
「本当に申し訳ないんだが……いつの間に?」
「いつの間にって……いつ二十歳になったかってことですか? 先月の十日ですけ……」
「なぜ言わない!」
被せるように言ったウーシェダは、いや、違うな、俺が悪いんだが、と困ったように息を吐き出した。
「すみません。先月はちょうど忙しかったですし、そもそも誕生日って、私はあんまり好きじゃないっていうか」
誕生日を祝ったのはいつまでだったろうか。
大きなケーキを前に、嬉しい気持ちでろうそくの火を吹き消した覚えもあるから、祝っていた頃はあったはずだ。けれど、シフリーナの記憶に焼き付いているのは、父の落胆の眼差しだ。また魔力の発現もないまま歳を重ねたのか、と。
兄は花を贈ってくれたり、入寮して実家に帰らなくなってからも、バースデイカードを贈ってくれていた。それすらも、タイムリミットを意識させるものにしかならず、毎年重い気持ちでお礼状を綴った。
「また魔力が発現しないままに歳を取ってしまうんだなとか……十九になった頃にはさすがに諦めてましたけど。ですからどうぞお気になさらず」
笑みを浮かべたシフリーナに、ウーシェダは首を振った。
「気にする。俺にとっては、大切な君が生まれてきてくれた特別な日だ」
大きな掌がシフリーナの頬を撫でる。
生まれてきてくれた特別な日。
大好きなウーシェダにそう言ってもらうだけで、誕生日なんて来なければいいと部屋の隅で縮こまっていた幼い自分に、手を差し伸べられた心地になる。
魔力の発現などもう期待していなかったはずが、二十歳になった朝、僅かばかり落胆している自分に驚いた。まだどこかで、もしかしたらと思っている気持ちがあったのか、と。
それでも、ベッドを抜けだし階下に降りて、先に食卓に着いていたウーシェダと朝の挨拶を交わしただけで、もう大丈夫、という気持ちになった。魔力がなくてもずっといていい場所。ずっといたい場所。それがここにあると確認したら、寂しい気持ちなどどこかに消えてしまった。
「私も……私にもシェダ様は特別です。だから、シェダ様の誕生日、お祝いしたいです。それで来年は、私の誕生日も一緒に祝ってください」
「もちろんだ」
身を屈めたウーシェダが掠めるように口づける。そうして手を繋ぎ、再び歩き出す。
「いや、でも」
「はい?」
こちらを見つめる蒼い瞳を見上げると、ウーシェダは「いや、うん、なんでもない」とよくわからない返事をすると、そのままルエラの店へと足を向けた。
「ここか?」
「はい」
淡く明るい緑色の外壁の建物。ルエラの店だ。
木枠の扉を押して、店内に足を踏み入れる。
ルエラに声を掛けようと息を吸い込んだ途端、ウーシェダの腕の中に庇われた。
次の瞬間、人影が駆け込んできて咄嗟に身を強張らせたシフリーナは、それがリネッタだとわかり、体の力を抜いた。
「すみませんっ」
リネッタは短く告げて、ウーシェダとシフリーナを背に庇うようにして立つ。
再び扉が開き、濃青のローブを纏う男がふたり、店内へと入ってきた。若い男と、がっしりとした体つきの男だ。ふたりとも腕には白い腕章をつけており、その腕章には、以前シフリーナが与えられたローブ止めのブローチと同じ翼の紋章が描かれている。魔法塔の魔法師らしい。
「いらっしゃいませ」
カウンターから、ルエラの声が響いた。
ルエラはシフリーナたちと、腕章の男たちとに視線を走らせると、「本日はどのようなご用件でしょうか」と固い声で尋ねた。
「実務院治安局の者です。いくつか確認したいことがございまして参りました。ご協力のほどお願いいたします」
若い男は、言葉は丁寧だが有無を言わせぬ高圧的な声音で言った。
そして、シフリーナたちのほうを振り返ると「これはファート様、それと、奥方様ですか。……随分急いで駆け込んでらした貴女は?」とリネッタに誰何する。
「魔法塔第一騎士団、リネッタ・ヴァレシュと申します」
「ヴァレシュ? まさかあの討伐局の……」
男の顔がひくりと引きつる。
「はい。その娘です」
「な、なるほど。本日はどのような御用向きで?」
「ファートご夫妻の護衛です。外には同じく騎士団のローディス・グレインも控えております」
「護衛ですか。ファート様は本日はどのような御用向きでこちらにお見えですか?」
「妻の薬を受け取りに来た」
ウーシェダが言うと、男はシフリーナとウーシェダの顔とを交互に見てから、小さく頷いた。
もう一人の男は、ゆったりとした足取りでカウンターの前まで進むと「顧客の記録をすべてご提出いただきたい」と告げる。
途端にルエラは「お断りします」ときっぱりと答えた。
「なっ!」
ルエラがそんなふうに答えるとは思わなかったのだろう。男たちが気色ばむ。
「この調査は、夫も同意の上でしょうか?」
「夫? ああ、拘束管理局のシノラスだったか。治安局の調査に、他局の魔法師見習いの許可がいるとでも?」
若い男の挑発的な物言いに、ルエラはムッとしたように男を睨み付けた。
「ここではデリケートな悩みもお伺いした上で薬を調合しております。いくら治安局とはいえ、ご本人の同意もなくそれらをすべて開示するなどいたしかねます」
「この店になんの嫌疑がかかっているのか。まずはそれを示すのが先では?」
一歩も引かない姿勢のルエラに、割って入ったのはウーシェダだった。
「ファート様もご存知のことと思いますが、先月の昇格試験後の魔法師連続死についてでございます。彼らは先月見習いから中級に上がった以外に、比較的最近こちらの店を利用していたという共通項が判明しました」
「評判の薬草店だ。利用者も多いだろう。治安局であれば、顧客名簿の全件押収について、アグリ様の承認をとっているんだろうな?」
「そ、れは……」
言い淀んだ魔法師は「死亡した魔法師の情報について、ご承認いただいております」と先ほどよりも小さな声で、ぼそぼそと告げた。
「だそうだ、ルエラ殿。どうだろうか?」
「その方たちのみであれば、お名前をお聞かせいただければご提出いたします」
ルエラも頷いた。
成り行きを見守っていたシフリーナは「私の調査票も必要ですか?」と男たちに向けて尋ねる。
本当ならば全件必要だったと言うならば、なるべく多い方がいいのだろうか。そう思ってのことだ。
「奥方様のご同意がいただけるのであれば。……薬を受け取りに来られたとのことですが、どこかお加減が悪いのですか?」
若い男が気遣わしげに尋ねてきたので、シフリーナは「月のモノが重いので薬を調合してもらっています」と答えた。
途端に男は「月の……」と言葉を詰まらせ、視線を泳がした。
「あ、いえ、やはり奥方様は結構です」
「そうなんですか? でもお客様の記録ってきっと、そんな情報ばかりですよね」
暗に、だから簡単に提出できないのは当然ではないだろうかと示すと、男たちは気まずそうに視線を逸らした。
その日はルエラとはそれほど言葉も交わすことなく、依頼していた薬を受け取り店を後にした。ただ、帰りがけ、御礼だと言ってルエラが薬草茶をおまけでつけてくれた。
翌日。自由研究日で七賢人の書庫に籠もっていたシフリーナの元に、固い表情でオルセが呼びに来た。
「シフリーナ様。すぐに理論師室に来ていただけますか?」
「はい。何かありましたか?」
「またひとり、魔法師が亡くなりました。その方が、見たことのない魔法陣を所持していたとのことで、アグリ様がお見えです」
「すぐ行きます」
シフリーナは広げていた本や書類を手早く纏めると、オルセに続いて理論師室へと向かった。




