魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。⑤
「健康診断、ですか?」
出仕するとすぐ、オルセから今日の予定として健康診断を告げられたシフリーナは「急ですね」と小首を傾げた。
今日の午前中は、理論師の学校カリキュラムについて話し合うはずだったのに随分と急な印象を受ける。
「はい、昨夜決まったそうで。先月の昇格試験を受けた魔法師と、入塔一年以内の者から順番に全員行うそうです」
「全員? 俺たちもか?」
恒例行事かと思いきや、そうでもないのかシェダが目を丸くする。
「ええ。また見習いから中級に上がった魔法師が亡くなったそうで……この短期間に三人ですからね。伝染性の病の可能性も考慮して、救護局と応用魔法研究局総出で全員診るそうです」
魔法塔の全員となると、常勤者だけで三千人近い。それを全員診るとなると、かなりの時間を要するに違いない。
「男女別々の場所で行うため、私やシェダ様が付き添えません。シフリーナ様はリネッタさんが迎えに来ますので、来たら一緒に中講堂に向かってください」
「伝染病の類いの可能性は高そうなのか?」
「わからないので念のためといったところのようです。亡くなった魔法師たちの家族に同様のことは起きていないので。魔法師本人たちも皆、熱を出すとか、どこかが痛むということは何もなく、突然極度の疲労に見舞われ、数日もたずに衰弱死してしまったそうで」
数日保たずか、とウーシェダが呟くと、頷いたオルセが「今のところ局もバラバラで、共通点は先月の昇格試験で見習いから中級に昇格したということだけだとか」と補足した。
「原因がわからないんじゃ、治癒魔法というわけにもいかないしな」
「そうですね。倒れた後、救護局の魔法師が試みてはみたそうなんですが……」
「まあ治癒魔法も万能じゃない」
ウーシェダとオルセが頷きあう。
治癒魔法は、外傷には効果が高い。次いで、原因のわかっている病気ならばアプローチできるらしい。逆に、体調不良から何の病気かを特定するとか、疲労や睡眠不足を回復させることはできない。
つまりは、原因不明の病に対しては治癒魔法では対処しきれず、まずは全員の健康状態を確認しておこうという趣旨らしい。
扉がノックされ、リネッタが顔を覗かせる。一緒に出て行きかけると「今日は話しかけられても、あまり話し込まずにお戻りくださいね」とオルセに言われ、シフリーナは少しだけ残念に感じながら顎を引いた。
中講堂には既にそれなりの人数が集まり、いくつかの列に分かれていた。
今いるのは一年以内に入塔した者ばかりのため、シフリーナと年齢の近い者が多く、さざめく声は学校を思い出させる。
リネッタと一緒にいるせいか話しかけてくる者はいないが、遠巻きに視線を感じてほんの少し居心地が悪い。
列の先には担当の魔法師がおり、ひとりひとりを診ているようだった。
順番がまわってきて魔法師の前に置かれた椅子に腰掛けると「名前と所属を」と短く告げられる。
ニケと同じ歳くらいだろうか。細身で神経質そうな女性だ。
「シフリーナ・ファート。魔法理論師室です」
魔法師は「ああ、あなたが」と呟くように言って、シフリーナをまじまじと見つめた。
「魔力もないのに魔法塔で過ごすのは、大変ではないですか?」
魔力もないのに。
表情を見るに悪気はなさそうだが、なんとなく引っかかる物言いだ。
「今のところ大丈夫です」
「それはよかったです。食事や睡眠は問題なくとれていますか?」
「はい。大丈夫です」
答えると、ちょっと失礼しますね、と魔法師はシフリーナの首筋に触れ、目を覗き込み、脈を取る。
「服用している薬はありますか?」
「薬というか……薬草茶を飲んでいます」
「それは嗜好品として? それとも、何かの効能を期待してのことですか?」
「月のモノが重くて」
「それなら、魔法薬のほうがいいでしょう。薬草では気休め程度にしかなりません」
魔法師は「後ほど魔法薬をお届けしますので、服用なさってください」と安心させるように微笑んだ。
薬草は気休め程度。そうだろうか。学校時代に頭痛や腹痛に薬草を利用してきたシフリーナからすると、やや違和感が残る物言いだ。
「気休め……ですか?」
「ええ。薬草では魔法薬ほどの効果は得られません」
「それは……。……魔法薬は、薬草の調合薬と合わせて飲んでも問題はないですか?」
シフリーナが尋ねると、魔法師の眉がぴくりと動いた。
「魔法薬を飲めば調合薬は不要ですが……調合薬は魔法薬ほど強い効果はないものですから、飲み合わせには作用しないですよ。でも、魔法薬だけで充分です」
そんなわけはない。魔法薬とて材料の多くは薬草だ。同じ種類の薬草を材料としていれば過剰摂取はあり得るし、互いの作用を打ち消し合ってしまうことも起こりうるはずだ。
シフリーナすら知っていることを、目の前の魔法師が知らないはずがない。
魔法薬を処方すれば、それ以外は飲むはずがないと思っているんだろうか。
けれど、ここでそれを言い出してもあまり有意義なやり取りにはならなそうだし、シフリーナの後ろにも長く列ができている。
「なにかあれば、いつでも局までお越しください」
親切な言葉に、シフリーナは「ありがとうございます」と頭を下げた。
理論師室に戻る途中、シフリーナは「リネッタは魔法薬は使っているんですか?」と尋ねた。
「使ってますよ。騎士団は訓練でどうしても生傷が絶えないので。切り傷なんかは、魔法薬のほうが治りが早くてラクです」
「ならそれ以外はルエラさんに?」
「そうですねぇ……塔で何かあれば魔法薬を貰いますけど、家に常備してるのはルエラに調合してもらった薬ですね。塔にいるときにもらう薬は無料ですから」
こそりと言ったリネッタは「効果はともかく、魔法薬のほうが匂いがないぶん飲みやすいとは思います」と付け足した。
ウーシェダとオルセに尋ねてみても、基本的に魔法薬のほうが効果が強いと言われているが、合う合わないは体質次第なのではないか、という結論だった。
ほどなくして理論師室に魔法薬が届けられた。
ルエラの調合薬より効果があるのか、次に月のモノが来た時には使い比べてみようと思いながら、シフリーナは赤い飴玉のような魔法薬を鞄に仕舞い込んだ。




