魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。②
シフリーナが魔法塔に出仕するようになって一週間が過ぎた。
今までウーシェダに付いて魔法塔に行くことは度々あったが、自身が塔の一員として赴き、仕事として『魔法理論』に取り組むのはこれまでと感覚が違う。晴れがましさと同時に、対価を得て行う研究に対する戸惑いがあった。
もっとも、室内のレイアウトが決まった後は、塔の中を一通り案内してもらったり、各局への挨拶回りに同行したくらいで、まだ理論師室の業務が本格稼働しているわけではないのだが。
ヴァンリンドゥは、シフリーナの育ったイルクラン王国を含む周辺国と暦は同じだ。
一ヶ月は三十日だし、一週間は六日。学生時代は週に一日が休みだったけれど、魔法塔での休日は、配属される局によって異なる。通常は局の全員が同じ曜日に休むことはないそうだが、理論師室は人数も少ないため、三人揃って同じ地曜日に休み、シフリーナはその翌日、風曜日を研究日として、終日、通常業務に縛られず自由に研究していい日となっていた。
そのため、初めての研究日の今日はウーシェダと共に魔法塔に行き、終日図書館に籠もろうと楽しみにしていたのに、体調を崩してしまった。
体調を崩したと言っても、要は女性の月のモノだ。多少の倦怠感ならやり過ごすところだが、今回は痛みと立ちくらみが酷く、ウーシェダの勧めで休むこととなった。
「効果があってよかったです」
居間のソファーの向かいに座り、にこりと笑った見習い騎士は今日のシフリーナの護衛であるリネッタだ。
彼女の水色の髪は肩よりも上で切り揃えられており、魔法学校時代のシフリーナのようだった。声は可愛らしいけれど、見た目は中性的で整った顔立ちのため、女性にもモテるのだと教えてくれたのはリネッタの上官ローディスだ。今日はこの二人が、ウーシェダの留守中シフリーナの護衛をしてくれている。
ローディスは外の見回り、リネッタは部屋の入口に控えることになっていたが、シフリーナの不調が月のモノであると知った彼女が、家に使いをやって薬草茶を準備してくれた。
通常ならば護衛役とこうしてお茶を共にすることなどないけれど、薬草茶を淹れる際のティーポットでの蒸し時間などを教わった流れで、そのままおしゃべりに付き合ってもらうこととなった。
「同じようなものを飲んだことはあるんですが、こんなにすぐに痛みがひいたのは初めてです。魔法薬なんですか?」
「いえ、ルエラは、あ、この薬草茶を調合しているのがルエラという薬草師で、彼女は魔力がないんです。旦那さんは塔勤めだから、お店はルエラひとりでやってて」
魔法薬の販売ができるのは、魔法師のみだ。ということは、この薬草茶は魔法の後押しはひとつもないということだ。
カップの中の淡い緑黄色の茶に視線を落とす。甘みも苦みもない茶だ。香りは強いので苦手な人はいるだろうが、効果がしっかりしているから我慢する価値はある。
「リネッタさん、そのお店を教えていただけませんか? 私も同じものを買いたいです。今日この後、出掛けてもいいですか?」
「今日、ですか? お加減大丈夫ですか?」
「はい。……リネッタさんやローディスさんが差し支えなければ」
既に昼下がり。体調が回復してきたとはいえ、今更塔に向かっても中途半端だし、薬草師がシフリーナと同じ魔力なしであることにも興味をひかれた。
護衛のふたりだけでなく、マーサやダリアンにも心配されたが、薬草店までは馬で向かうこととして折り合いがついた。それもリネッタとの二人乗りだ。ローディスも馬首を並べて歩く。
道中、その薬草店が魔法薬でない分、手頃な値段で販売していることや、ヴァンリンドゥの外から買い付けに来る商人もいるのだと聞いていたから大きな店を想像していたが、到着してみるとこじんまりとした可愛らしい店構えだ。
メイン通りから逸れているが、商店が並ぶ通り沿いで、淡く明るい緑色の外壁に彩られた二階建ての建物はひときわ目をひいた。
店の前に繋いだ馬の傍にローディスを残し、濃い緑の木枠のガラス扉を押し開ける。途端にふわりと独特の香りに包まれる。
窓にはロールスクリーンがおろされ、店内はやや薄暗く感じる。正面には木製のカウンター。その背後は壁一面、薬草の入った硝子瓶や小さな引出が並び、魔法石の燈スタンドが淡く周囲を照らしている。カウンターの前には幾つかの丸椅子が並び、さながらカフェのようにも見えた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥の部屋から、長い黒髪を後ろでひとつに束ねた女性が顔を覗かせた。シフリーナの二歳年上であるリネッタより更に大人びており、理知的な瞳が印象的だ。
「ルエラ、こんにちは」
「リネッタ、どうしたの? こないだ来たばかり……、お客様?」
リネッタの背後にいるシフリーナに気づいたルエラが小首を傾げる。
目が合ったシフリーナはぺこりと頭を下げた。
「いつもの薬草茶、この方にも合うみたいで、同じのを買いたいって言うからお連れしたの」
「ちょっと、あれはリネッタ用の調合なんだから他の人には飲ませちゃ駄目よ」
「そうなの? でも効いたって」
悪びれずに答えたリネッタに、もぉ、と呆れたように息を吐いたルエラは「こちらにどうぞ」とシフリーナに丸椅子に座るように促した。
シフリーナはリネッタと共に丸椅子に腰を下ろした。
「初めまして。この店の薬草師のルエラ・ラウラです。最初にこの紙に記入をお願いします」
カウンター越しのルエラは、そう言うとシフリーナの前に紙とペンを置く。
紙に視線を落とすと、名前や年齢、魔力の有無、体調など記入すべき箇所が多く、シフリーナは名乗る間もなくペンを手にした。
出仕を開始してみると、改めて自分がシフリーナ・アイトリアではなく、シフリーナ・ファートになったのだと実感する場面が多かった。挨拶まわりで散々名乗ったせいか、少しは慣れたけれど、実はまだ自分の名前として馴染みきってもいない。今だって、殊更に意識していなければ、アイトリアと書きそうになった。
「……シフリーナ、ファート、さん」
向かいに立つルエラが、シフリーナの手元を見て呟く。
シフリーナはすぐに顔をあげて「はい、シフリーナ・ファートです。よろしくお願いします」と微笑んだが、ルエラは愛想笑いなどはしないタイプなのか、こちらをじっと見つめた後に、ただ小さく頷いた。
紙に書かれている設問は食事の好き嫌いや規則正しさ、睡眠時間、飲酒習慣など日常生活を問うものが多い。それらにひとつひとつ答えていく。
一通り記入を終えて差しだすと、ルエラはシフリーナの脈を取り、舌の色を確認する。
「月のモノが以前は来たり来なかったりしたというのは、理由に心当たりは?」
「……食事、でしょうか。食べられないものの時には食べなかったので」
「好き嫌いの項目には特に書いてないようだけれど?」
「……以前はその……サンドイッチしか食べられなくて。パンがない日は食べなかったんです」
なぜサンドイッチしか食べられなかったのかまで話したほうがいいのだろうか。これまでの経験上、聞いた人が楽しい気持ちになる話ではないので、どこまで話したものかと迷ってしまう。
「それは……、いえ、今は規則正しく食べているのね? 規則正しくなってからどのくらい経ってる?」
「はい。食べています。食事がちゃんとしてからは……だいたい半年くらいでしょうか」
先月に続き今月も同じような時期に月のモノが来て、シフリーナは少々驚いた。以前は二、三ヶ月に一度くらいが普通だったからだ。
やはり食生活が関係しているんだろうかと思いながら、ルエラと一緒に自身が書いた紙を覗き込む。
「ようやく体が整って、正しい周期を取り戻しつつあるのかもしれないわね」
「そうなんですね。ただ、毎月こんなに痛みが出たりすると塔に行けない日もあって困りそうなので。これまで薬草茶を飲んだことはあったけれど、飲んですぐに効果が出たのは初めてで、私もぜひ同じものを買いたいと思ったんです」
「そう。先に言っておくと、私の薬草茶は特別即効性があるわけではないわ。効果を感じたなら、ゆっくり休んだのとお茶で体が温まった効果が大きいかもしれない」
ルエラは自分の調合した薬草茶が褒められたのに、そのお茶の効果ではない可能性をきちんと提示した。信頼できる薬草師だ、とシフリーナは思う。
「そうなんですね。でも私もルエラさんの薬草茶が欲しいです」
「わかった。調合してくるからしばらく待っていて」
そう言って奥の部屋へと向かいかけたルエラが、足を止めて振り向いた。
「……ひとつ確認しておきたいのだけれど。子どもを作るつもりがないのならば、そういう調合もできるわよ?」




