魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。①
第二章開幕です!
全20話書き上げ済み。
毎晩20時頃更新です!
魔法理論師としての初出仕日。
かつてシフリーナが魔法塔で寝起きした──今は魔法理論師室となった部屋の扉をウーシェダと共にくぐると、既にオルセが出仕していた。
「シフリーナ様が既にお疲れじゃないですか。どういう了見ですか」
朝の挨拶もそこそこに、シフリーナの小さな欠伸を見逃さなかったオルセは、ウーシェダに呆れた視線を向ける。
「あ、いえ、シェダ様のせいじゃなくて……」
二週間の婚姻休暇最終日、しかも翌日はシフリーナの初出仕を控えていたこともあり、昨夜は夫婦の時間を持つことなくすみやかに就寝した。けれど、初めての出仕を楽しみにするあまりシフリーナはなかなか寝付くことができず、ようやくうとうとし始めた頃には空が白み始めていたのだ。
「庇うことはありませんよ。シフリーナ様。塔では既に皆が噂しています。ウーシェダ様が新妻に無茶な夜の要求をなさるものだから、シフリーナ様が書籍で学ぶ羽目になっているらしい、と。何をどうすると休暇中に塔でそんな噂がたつんですか、まったく」
思い当たることがありすぎて、シフリーナの頬が熱くなる。
初夜の作法を知りたくて書店に行き、そういう本を手にしていたのを見られたに違いない。
「あれは、そういうんじゃない」
「特級魔法師というだけで目立っているんですからね。シフリーナ様もですよ。初の魔法理論師ということで注目されています。立ち居振る舞いにはお気を付けください」
「……すみません。気をつけます」
殊勝に頷くと、すぐに大きな掌がシフリーナの頭を撫でた。
「いつも通りで大丈夫だ。言いたい奴は何をどうしたって好きなことを言うからな」
「シフリーナ様はともかく、ウーシェダ様は自重なさらないと。シフリーナ様が好奇の目で見られるのはお嫌でしょう?」
「わかったわかった。とりあえず今日は部屋のレイアウト決めだな」
シフリーナがこの部屋を使っていた時にはあったベッドが撤去され、かわりに机が三台と大きな作業机が一台、書棚やソファーなどの調度が部屋の隅に集められていた。ソファーはウーシェダの執務室にあったものをそのまま持ってきたのか、見覚えのあるものだ。
ウーシェダが空中に指を滑らすと、作業机に魔法陣が浮かぶ。
すると、大きくて重そうなそれを彼は片手で軽々と移動させた。
「わ、わ、すごいですね! 風属性ってそんな使い方もできるんですね。シェダ様が竜を喚んだり還したりする以外で魔法陣を描いて魔法を使うの、初めて見た気がします」
シェダはいつも空中に指を滑らせて魔法を振るう。出会ってからこれまで、ずっとそうだった。
魔法陣は、その属性適性を持たない魔法師がその属性を使用したい時や、複雑な術式を組み込みたい時に使うものだと思っていたが、浮かぶ魔法陣は特定箇所にのみ風を作用させる単純なものだ。
そんな簡単な魔法に、特級魔法師である彼が魔法陣を使っているのは、とても新鮮に映った。
「そうだったか? まあこれは出力を調整しながらやるより、魔法陣を使う方が手っ取り早いからな」
ウーシェダはそう言うと、再び空中に指を滑らす。今度は執務机に魔法陣が浮かびあがり、どっしりと重そうなそれを軽々動かしていく。
「紙やペンがいらないの、いいですね」
羨望を込めてそう言うと「それがある場所ばかりじゃないからな」とウーシェダは肩を竦めた。
「私は何をしたらいいですか?」
家具の配置について、シフリーナの出る幕はなさそうだ。そう考えて尋ねると、オルセが机の上にあった分厚いファイルを持ってきて、ソファーに座るように促す。
腰掛けて手渡されたファイルを開くと、小さくカットされた布がたくさん貼り付けられた、布の色見本だ。
「シフリーナ様はこのファイルの中から、理論師のローブの色を決めていただけますか? 特級はお持ちのローズピンク、最初のページにあるものです。それ以外の、上級、中級、理論師、見習い、四つのローブの色をこの中から選んでください」
「室長はシェダ様なのに、私が決めていいんですか?」
「理論師はシフルだろう? 素案として上げて、七賢人の承認を取る。急ぎではないからゆっくり選んでいい」
わかりました、と頷いて、ゆっくりとページを繰る。
「ご存じかと思いますが、魔法師は特級の深紫から始まって、深紅、濃青、深緑、灰色、それに長老の白と、七賢人の黒なので、それに被らないようにしてくださいね。該当の色には印をつけておきました」
オルセの言葉に「ありがとうございます」と笑みを向けて、シフリーナはひとつひとつ真剣に見ていく。
そんなシフリーナの横で、ウーシェダとオルセは机の配置を決め、資料を棚へと収めていく。
「そういえば例の拉致犯の裁判、終わったそうですね。三人とも拘束管理局でしたから、局長がかなり絞られたとか」
「当然だろ。本来なら責任を問われて局長交代になってもおかしくない話だ」
「まあでも体制はきちんと敷いてらしたみたいですが、複数人に共謀されてしまうとダブルチェック体制などあってないようなものですしね。三人とも見習いでしたから、教育体制も問われて、直属の教育係は減給、上級以上の局員全員が対策案提出を求められて大変だったみたいです。当面はアグリ様が直轄されるとか」
知った名前が耳に入り、シフリーナはファイルから顔を上げた。
その視線に気づいたのか、ウーシェダと目が合う。
「アグリ様は元々実務院の防犯系統の局を見ていらっしゃるからな」
「七賢人の皆さんもそういう役割分担があるんですね。そうすると、魔法理論師室もどなたかの役割に入っているんですか?」
シフリーナが小首を傾げて尋ねると、ウーシェダとオルセが顔を見合わせた。
「しいて言うなら……メルカトル様だ」
「え、メルさん? 長老なのに?」
「そうですね。しいて言うなら。でも実質長老と七賢人全員の直下みたいなものですし、そこはあまりお気になさらず。それより、シフリーナ様、この棚の一番上、届きますか?」
オルセに手招かれて書棚の前に立つ。
一番上まで手が届かないこともないけれど、ほんの少し爪先立ちとなる。
「一番上はシフルが使うものはやめたほうがいいな」
「そうですね。……ありがとうございます。シフリーナ様」
「私に合わせるんでいいんですか? 私は踏み台とかあれば……」
「三人とも使いやすいのがいいだろう? シフルが普段使う物は、君が取り出しやすい高さに置くのは当たり前だ」
当然のようにそう言われて、嬉しくなる。シフリーナは確かに魔法理論師室の一員なのだ。
緩みそうな口元を抑えながらソファーに戻る背後で、オルセが口を開いた。
「そういえば、三月の昇格試験で中級に上がった魔法師見習いがひとり亡くなったそうですよ」
「見習いから中級に?」
「ええ。十年目のギリギリでの昇格で大層喜んでいたそうですが、はりきり過ぎての過労じゃないかって噂です」
十年目。それは拉致事件の時にも聞いた話だ。
魔法師見習いと魔法師は入塔してから十年以内に中級まで上がれないと、退塔になるのだという。見習いから魔法師に上がれない魔法師は多くはないが、中級に上がれない魔法師はそれなりにいるのだそうだ。
「それは気の毒だな。そういえば、オリは三月の昇格審査は受けなかったのか?」
「先月そんな暇があったとお思いですか?」
二週間の休暇のための前倒し業務に加え、異動のための引き継ぎでウーシェダも連日帰宅が遅かった。
「すみません」
なんとなく申し訳なさを感じて謝罪を口にしたシフリーナに、オルセがすぐに苦笑を浮かべた。
「シフリーナ様のせいではございませんよ。そもそも、私が今扱えるのは五属性の魔法ですからね。正直もう上級止まりかと思います」
「そういうものなんですか?」
「魔力量や扱う安定性は訓練でどうにかできる部分もあるが、扱える属性は生まれ付きの部分が大きいからな」
「そうなんですね」
魔力の有無だけではない。魔法師になれた後にも、生まれついてのものに左右されるのか、とシフリーナは小さく息をついてから、再び手元のファイルに視線を落とした。
魔法師の突然死。
なにげない会話であがった話題が魔法理論師室の初めての大きな仕事になるなど、この時のシフリーナは知るよしもなかった。




