最高峰魔法師に、とけない魔法をかけられました。② / 完結
シフリーナとの結婚式は、彼女がウーシェダ邸に戻ってから四ヶ月後。春の盛りに、ヴァンリンドゥで行うことにした。
列席者はそう多くはない。それでも、森に隣接した大きな広場でのガーデンウェディングに決めたのは、花嫁たっての願いをウーシェダが快諾したからに他ならない。
出会った頃には少年のようだったシフリーナの髪も、結える程度に伸びた。痩せっぽっちだった体つきも女性らしくなり、アレンジした髪を花で彩り、白いドレスを纏う姿はまさに妖精のようだった。
こんなに可愛らしい彼女を人前に出していいものかと真剣な顔で考えるウーシェダに、友人のカディルは「その気持ち、よくわかるぞ」と同意を示してくれたが、オルセは呆れたように息を吐くばかりだった。
晴れやかな笑顔で楽しそうに人の間を動くシフリーナが顔を強ばらせたのは、アイトリア家の家族が到着した時のことだ。
「本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
丁寧に膝を折るシフリーナに、父のキアンは一瞥しただけで、すぐにウーシェダに話しかけてきた。
「この度は、このように不出来な娘を迎えていただき、感謝の言葉もございません。これからはどうぞ末永く当家との……」
「まぁぁ! シフリーナさん! なんて可愛いの! 春の女神ね!!」
割って入ってきたのはウーシェダの母イシュカだった。
「え、あ、イ、イシュカ様、この度は私たちの式にお運びいただき……」
「そんな他人行儀な挨拶はいいの。これからは正真正銘家族になるんだもの。もう、あなた一度も遊びに来てくれないんだもの」
シフリーナの両手を握ってぶんぶんと振るイシュカに、ウーシェダは小さく咳払いをして「母上」と呼びかけた。
「こちら、シフルのお父上のキアン・アイトリア様です。それとお母上のナディア様、兄上のトルエ様です」
ウーシェダが紹介すると、アイトリア家の三人は軽く頭を下げた。
「まぁ、あなた方が。失礼いたしました、ウーシェダの母、イシュカ・ファートです。この度は素晴らしいお嬢様を当家にお迎えできること、家族一同大変喜んでおります。ありがとうございます」
その時、会場からどよめきが起きた。
振り返ると、白のローブを先頭に、七人の黒いローブ姿が続いて入ってくる。
「おい、白のローブってことは、長老様か?」
「七賢人全員って……、え、さすが特級魔法師の式は違うな」
そんな声が会場のあちこちから聞こえてくる。
彼らはすぐにこちらに向かって歩いてきた。
「さすがウーシェダ様。塔の上層部の方々に祝われるほどの婿をお迎えでき、当家も鼻が高いですよ」
「あら、婿には差し上げておりませんわよ?」と空気を読まないイシュカを「母上」と小さく窘めたウーシェダは、長老と七賢人に礼をとる。
「わぁ、シフリーナ。いつも可愛いけど、今日は一段と可愛いね!」
メルカトルが真っ先にシフリーナに声を掛けた。
「ごめんね、白いローブで。花嫁さんと被るのはどうかと思って、今日だけは僕も黒がいいって言ったんだよ。それなのにエレオマがさあ」
「当然でしょう。なんで長老たるあなたが黒を着るんですか」
そう言って目をつり上げたエレオマは、すぐにこちらに向き直ると「ウーシェダ様、シフリーナさん、この度はご結婚おめでとうございます」と笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「ああ、シフリーナさん。先日預かった案件、面白い本を見つけましたので、後で邸に届けさせますね」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
嬉々として七賢人に応じるシフリーナに怪訝な顔をしたキアンが息を呑んだのは、そのすぐ後に、彼女がメルカトルに呼びかけたからだ。
「メルさん! 今日、期待していてください!」
「え? なになに? 何があるの?」
「ナイショです。でもメルさんならきっと喜んでくれると思います」
「えー、よくわからないけど。うん。じゃあ楽しみにしてる。また後でね」
ひらひらと手を振るメルカトルに、シフリーナも軽く手を振って応じる。
ウーシェダは、キアンがシフリーナに何か言う前に「ではもう少々挨拶回りがございますので」と丁寧に頭を下げて、彼らの前を辞した。
式は粛々と進んだ。
皆の注目を集める中、運ばれてきたのはウェディングケーキだ。
シフリーナの言うところの『おやつサンドイッチ』を大きくしたようなケーキであるが、近頃はサンドイッチ以外にも、ビスケットサンドやマカロンを口にできるようになっており、控えめな彼女によく似合う可愛らしいデコレーションが施されている。
新郎新婦がケーキを食べさせ合う、ファーストバイトのためのケーキだ。
「わ、ダリアン頑張ってくれたんですね。すごく綺麗です」
春に相応しい花をかたどった砂糖菓子は可愛いが、シフリーナがどのくらい食べられるものか。
心配は杞憂に終わり、シフリーナはケーキを口にすると「おいしい!」と微笑んだ。
小さな問題が起きたのは、式が終盤に差し掛かった時のことだった。
「続きまして、新郎新婦から、本日ご列席いただきました皆様に感謝を込めて、お見せしたいものがございます。どうぞこちらにお集まりください」
メイン会場に隣接した広場──階段の高さでいえば十段ほど低い場所に、もうひとつ広場が隣接している。司会が声をかけ、そこを見下ろせる場所に客たちを誘導する。
「では行ってきます!」
ウェディングドレスのまま、シフリーナが隣の広場へと降りていく。
白いドレス姿のシフリーナが、列席者によく見えるように、特殊な大筆で魔法陣を描いていく。
あらかじめ描いておくこともできた。けれどそれでは意味がない。彼女が、この大勢の目の前で描いてこそ意味があるのだ。
「ウーシェダ殿、これはどういうことですかな」
キアンが抑えた声で話しかけてきた。
「あんなデタラメなものをこんな大勢の目の前で描かせるなど、アイトリア家を侮辱するおつもりか」
「まさか。……ああ、でも彼女はもうシフリーナ・ファートです。たとえ彼女が恥をかくことがあったとしても、それはファート家の問題です。どうぞご心配なさらず」
「このような茶番でアイトリア家の名に傷がつかないのならば結構。頼みますよ」
「もちろんです。けっしてアイトリア家の名前を出すようなことはいたしません」
ウーシェダは微笑んで頷いた。内心これで言質が取れたとほくそ笑む。
列席者の中からも、なぜこんなに理論から外れたおかしな魔法陣を、よりによって新婦に描かせるのかと訝しむ声があがる。
そんなものには気にも留めず、ウーシェダはシフリーナが合図するのを待ち続けた。
「シェダ様! できました!!」
大きな声でシフリーナが手を振って、こちらに戻ってくる。
「お疲れ様。……聞いていたのとは、少し違うな?」
白いドレスに土がついてしまっている。それを少しも気に掛けた様子のないシフリーナは「せっかくだから、少しだけアレンジしました」と悪戯げに笑った。
「じゃあ、始めようか」
ウーシェダは、シフリーナの描いた魔法陣に力を流していく。
すぐに人々からどよめきがあがった。
土が水面のように波打ちだす。光の波紋が広がって、そこから大きなピンクの鯨が二頭、頭上高く飛び上がった。
あの日、学校で起動した時よりも遥かに軽い。それなのに、一緒に跳ね上がった土塊は、あの時よりも遥かに美しく光を透かす。
どよめきが歓声に変わる。
空高く跳ねた鯨は揃って地面に落ちてきて、派手な飛沫を上げて魔法陣の中へと消えていく。
跳ね上がった飛沫は薄紅の花弁となって、一同のところまで舞い落ちてきた。
誰からともなく拍手が起きる。
「さ、さすが特級魔法師殿ですな。あんなデタラメからこんな素晴らしいものを……」
「そう思われますか?」
キアンに冷たい声を返したウーシェダは、父親の声など耳にも入っていない様子で、客たちと一緒になって拍手しているシフリーナに目を向けた。
「じゃ、ウーシェダ。始めようか」
いつの間に近くまでやって来たのか、メルカトルがにんまりと笑う。
「シフリーナ。こっちにおいで」
メルカトルに呼ばれたシフリーナは、ウーシェダに視線を向けた。ウーシェダはその背を優しく押し出すようにして「行っておいで」と促した。
メルカトルを中央に、七賢人が彼の両脇に並ぶ。
「本日、お二人の門出を祝うこの場をお借りして、魔法塔よりひとつ発表がございます」
メルカトルの凜とした声が響いた。
「先ほどご覧いただいた魔法陣が、従来の魔法理論の枠を大きく越えるものであることは、皆様にもおわかりいただけたことと思います。あの理論は、シフリーナ・ファートが長年にわたり、独力で構築してきたものです」
客たちから「まさか」「本当に」と声が上がる中、メルカトルが続ける。
「ご存じの方も多いでしょう。彼女には魔力がありません。これまで私たちの制度は、魔法を使う者を育成し、魔法師として認定することを前提としてきました。一方で、魔力を持たずとも、魔法理論によって魔法の発展に寄与する者を正しく評価する仕組みを持っていませんでした」
今日のことは、シフリーナには話していなかった。
後ろ姿しか見えないが、今頃彼女は目を白黒させていることだろう。
「彼女の成果は、その欠落を私たちに気づかせてくれました。そこで本日、魔法塔は、魔法師資格とは別に、魔法理論を専門とする新たな研究者資格『魔法理論師』を創設します。あわせて、その第一号として、シフリーナ・ファートを特級魔法理論師に認定いたします」
「え!?」
シフリーナのひっくり返った声が響き、ウーシェダは吹き出しそうになる。
「シフリーナ・ファート。こちらに」
メルカトルの指先が空中を滑る。顕れたのは、ローズピンクのローブだ。
既存の魔法師のローブは長老の白から始まり、黒、深紫、深紅、濃青、深緑、灰色。そのどれでもない、新たに定められた正装ローブが、ウェディングドレス姿の彼女に着せかけられる。
パチパチとまばらな拍手は、あっという間に割れんばかりの音となって広場を埋め尽くした。
頬を紅潮させたローブ姿のシフリーナがこちらに戻ってくる。
彼女は何も言わずに、ウーシェダにぎゅうと抱きついた。
「な、なんでもっと早く言わないんだ! そんな素晴らしい理論だと知っていたら」
キアンの言葉に、身を離したシフリーナが、ウーシェダの服の裾に掴まったまま父親に向き直った。
ウーシェダは服の裾に掴まる指先を絡め取り、そのまま繋いでやる。
「言いましたし、見せました」
「なっ! し、知らん!」
「学校に入る前にお見せしたのと、今日の魔法陣は基本的な構成はだいたい同じでした。……もう少し重かったと思いますが」
もう少し、どころか、かなり重かったはずだ、とウーシェダはひっそり思う。
「でもお父様は、お怒りになられて……私が今日の日を迎えられたのは、シェダ様と……こっそりサンドイッチを食べさせてくれた、お兄様のおかげです」
それまでひと言も話すことのなかったトルエが目を瞠った。
そうしてゆるりと首を振る。
「いいや。あんなことしかできず、ずっと申し訳ないと思っていたんだ。……幸せになって、シフル」
「はい、もう幸せです! ……でも、もっと幸せになります!」
周囲から微かな拍手があがる。
まわりにこのやりとりを聞かれていたことに気づいたキアンは、そそくさと背を向けて帰っていった。
魔法理論師。その創設に、魔法塔は沸いた。
魔力を持たない者が魔法に携わるなど認められない、と主張する者はいたものの、シフリーナの理論はそんな少数派を黙らせるだけの説得力があり、彼女の理論に好意的な関心を向ける者が大半だった。
当のシフリーナはといえば、ウーシェダの邸でも魔法塔でも、相も変わらず書庫に籠もっている。
昨日は、魔法塔の書庫の方にベッドを置きたいと申し出て、メルカトルには手を叩いて笑われ、ニケには怒られたのだと、ウーシェダの執務室に戻るなりしょんぼりと報告してくれた。
「君、俺と一緒に帰らずに魔法塔に泊まっていくつもりか?」
「……それもそうでした」
照れたように笑うシフリーナは「やっぱりお屋敷の書庫にはベッドが必要だと思いませんか?」と見上げてくる。
そうでなくとも夜遅くまで彼女は書庫に籠もり、時にはソファで寝落ちしている。ソファすらも撤去したいウーシェダが、頷けるはずもない。
「いいから、帰るぞ」
指先を滑らせて照明を落とす。ほんのおまけに小鳥を飛ばしてカーテンを閉めると、シフリーナの目がきらきらと輝いた。
「すごいです! 可愛いですね」
「もう一度見たいか?」
「はい!」
「だったら今日寝る前に見せてやる。だから今夜こそ早めに書庫から出てこいよ」
「………………はい」
たっぷりの間をあけてから返事したシフリーナの頭をひと撫でしたウーシェダは、彼女の手を取って歩き出す。
「シェダ様」
「なんだ?」
「この魔法がとけないの、すごいですね」
「……? どの魔法だ?」
「それはもちろん……」
シフリーナの言葉に、図らずも顔を赤くする羽目になったウーシェダは、今日はもう書庫には行かせたくない。どんな魔法で釣り上げようかとひっそりと考えながら、魔法塔をあとにした。
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