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魔法が使えない令嬢ですが、私の描いた魔法陣を最高峰魔法師が発動してしまいました。ー最高峰魔法師×魔力0令嬢、ただし魔法理論最強。ー  作者: 稀葉
season1【全29話】魔法が使えない令嬢ですが、私の描いた魔法陣を最高峰魔法師が発動してしまいました。

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偽装だった婚約を、本物にしたいと思います。⑦

 会食の翌日。シフリーナは日の出と共に図書館に向かった。メルカトルに会うためだ。

 

「今日も早いね、シフリーナ。そんなに僕に会いたかった?」


 軽口を叩くメルカトルに、シフリーナはむぅと口を尖らせながらも「おはようございます。長老様」と膝を折った。


「あれ、嫌われちゃったかな?」


「別に、嫌ったわけじゃないですけど」


「なら、『メルさん』でいいよ。長老命令ね」


 そう言って笑った彼は、いつものように指を弾く。

 波紋が広がり、さざ波が立つ。音はないのに、清らかなせせらぎが聞こえてくる心地だ。

 天井まで渡った光は流星のように降り注ぎ、今日はそこに色とりどりに花まで加わった。

 口を開けて見惚れたシフリーナに、メルカトルがくすくすと笑う。


「機嫌は直った?」


「直ってないけど、綺麗です」


 直ってないのか、と肩を竦めてまた笑う。


「大抵の魔法師はさ、魔法の凄さとか美しさとか、そういうものに慣れちゃうんだよね。当たり前過ぎて」


 シフリーナを眩しそうに見つめたメルカトルは「だから僕は少しだけ君が羨ましい」と続けた。


 羨ましい。そう言われるのはとても不思議だ。

 シフリーナが焦がれてやまない魔法を生み出す力を持つ人が、しかも、魔法塔の長老が、自分の何を羨むことがあるだろう。


「私は、魔力がある人がみんな羨ましいです」


「そうかもしれないね。ま、ないものねだりなんだ」


 そう言って図書館の天井を見つめたメルカトルは、息を吐いた。


「なんで、あんな意地悪言ったんですか?」


「意地悪に聞こえた?」


「聞こえました」


 メルカトルは、ウーシェダとシフリーナの婚約が、本当ではないと気づいているのだろう。だからなおさら、あんな風に言わないでいいのに、とシフリーナは思った。

 あれではまるで、なにもかもがウーシェダの責任のようだ。


「そもそもさ。シフリーナは帰りたい? 魔法を学ぶ上で、魔法塔(ここ)ほど適した環境はないと思うんだけど」

 

 メルカトルはまっすぐな眼差しでこちらを見ている。そこには、先ほどまでの軽やかさもない。

 シフリーナはそっと目を伏せて「帰らない方がいいんじゃないか、とは思います」と答えた。


「だよね。恐らく君が学びたいものは、ここに全部あると思うな」

 

 両手を広げて多くの蔵書を指すメルカトルに、シフリーナは首を振った。

 確かに、ここにいるのを許されるなら、学ぶべきものも、学びたいものも揃っているだろう。


「仰る通りだと思います。でも、そういう意味じゃなくて……今回のこともそうです。私がいるばっかりにシェダ様の手間を増やして、困らせてしまっているから」

 

 シフリーナがウーシェダの邸にいる時、彼は出仕すらもままならなかった。

 シフリーナが魔法塔に来てからも、食事を気に掛けて余計な手間を増やしている。昨日の会食だって、婚約者でなければ同席をする必要も、遠回しに責められる必要もなかったのだ。


「それさ、本人に聞いてみた?」


「……だって、迷惑だって言われたら、困ります」


「困るの? なんで? シフリーナが望むなら、魔法塔にずっと居られる方法を考えてあげるよ。ほら、僕、これでも長老だから」

 

 なんで。

 ウーシェダが迷惑だと言うなら、婚約を解消するしかない。

 それでもここに留まれるならシフリーナは困らないはずだ。ウーシェダの負担も減らせるなら、それはいいことのはずだろう。

 でも、それはやっぱりなんだか嫌だと思ってしまう。


「君たちはさ、魔法ばっかりに気を取られて、肝心な話ができていないんじゃない?」


「肝心な話? ってなんですか?」


「さあ? なんでしょう? 僕から言えるのはここまででーす」


 ま、考えてごらん、と背を向けたメルカトルは「そういえば」と振り向いた。


「ウーシェダの報告書にあったピンクの鯨、僕にもいつか見せてくれる?」


「はい。機会があれば」


「楽しみにしてる。あ、明日から四、五日くらいは来られないと思う」


 そう言って、メルカトルは今度こそ背を向けた。


 その日の昼。執務室にウーシェダの姿はなかった。邸の方で外せない用事ができたため、二、三日は出仕できないのだという。

 昼食は届けるからきちんと食べるように、という伝言と昼食を受け取ったシフリーナはとぼとぼと部屋に帰るしかない。

 昨日の会食で迷惑を掛けてしまったことを謝りたかったけれど、もしかしたら、ウーシェダがいよいよ嫌になってしまったのかもしれない。

 もしもそうなら、どうしよう。

 シフリーナは、渡された食事を半分も食べることは出来なかった。

 

 朝、図書館に行く。必要そうな資料を借りてきて、書庫に向かう。

 生活リズムはそのままなのに、本を読んでいてもいつのまにか文字を追うのが止まってしまう。

 ペンを走らせても、気づけばその手を止めて、ウーシェダにどう謝ったら許してもらえるだろうかと考える。

 つまりは、何もかもが捗らず、心配したニケに書庫を追い出されてベッドへと押し込まれる始末だ。

 そのベッドに入ってからも同じだ。しまいには、どうしてこんなに考えてしまうんだろう、とまで考える。

 

 どうして、よりも、どうしたいか。それだけは、シフリーナにもわかる気がした。


 ウーシェダの傍にいたい。

 

 そうしてやっぱり考える。それはどうしてだろう、と。


 ウーシェダは、初めてシフリーナを認めてくれた人だ。でも、今シフリーナを認めてくれるのは、彼だけではない。長老も七賢人も、オルセだってそうだ。

 ふたりの婚約の始まりは、シフリーナがヴァンリンドゥに来るための手段だった。

 けれど、今はもうそれなしにも魔法塔に居ることができる。


『どうしても婚約って方法を取りたいなら、ウーシェダじゃなくてもよくない?』

 

 会食の場でメルカトルに向けられた言葉。

 ニケが割って入ってくれなければ、シフリーナは「それは嫌です」と答えそうになっていた。

 学校で出会った頃ならば、ウーシェダ自身が他の誰かを婚約相手として提案してきたとしても、あるいは同意したかもしれない。

 それほどに、たくさんの魔法書に触れることができること、ヴァンリンドゥに住めることは魅力に溢れている。

 実際今は、好きな時に好きなだけ魔法書に触れ、一日中魔法のことを考えていても誰に咎められることもない夢のような生活だ。

 それなのに、足りない、と思ってしまう。ウーシェダが、足りない。

 このまま魔法塔に住んでも、執務室に行けばウーシェダには会える。でも、それだけでは嫌だった。

 朝起きて、おはようを言って、一緒にご飯を食べて。書庫に籠もって、困ったならウーシェダを呼んで。ウーシェダにも、名前を呼んで欲しい。触れてほしい。──嘘の婚約者のくせに。それが今、こんなにも寂しい。


 もう、嘘の婚約は嫌だ。そう言ってしまえば、壊れてなくなってしまうかもしれない。黙っていれば、今すぐなくなりはしないだろう。それとも、メルカトルの口にしていた他の方法に、彼の心も動いてしまっただろうか。

 シフリーナは肺が空になるほど息を吐いて、ぎゅうと目を瞑る。

 瞼の向こうに浮かぶのは、少し困ったように笑う彼の姿だ。

 嘘は嫌だと伝えよう。きっとそれで壊れてしまうけれど、それであの優しい魔法師は煩わしいことから解放される。


 シフリーナは四日目にしてようやく出仕したウーシェダの元に、朝一番で訪ねた。


「シェダ様。私、婚約をやめたいです」


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