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魔法が使えない令嬢ですが、私の描いた魔法陣を最高峰魔法師が発動してしまいました。ー最高峰魔法師×魔力0令嬢、ただし魔法理論最強。ー【全29話・毎日3回更新】  作者: 稀葉
第一章 魔法が使えない令嬢ですが、私の描いた魔法陣を最高峰魔法師が発動してしまいまし

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第二話

 校舎を出たのは、喧噪から逃れるためだった。

 ウーシェダは木々の間を歩きながら、ようやくゆるりと息を吐く。

 

 次世代の育成にも貢献するという魔法塔の方針に異を唱えるつもりはないが、魔法属性の基本すらままならない学生の指導を特級魔法師にやらせる必要がどこにあるのか。

 もっとも、本来ここに来るはずだった魔法師は、ウーシェダではなかった。その男の妻が予定よりも半月早く産気づいたため、手の空いていたウーシェダに白羽の矢が立ったにすぎない。

 養成校の講師の任期は十日間。数日で交代する約束で赴いてはきたが、特級魔法師という肩書きに加え、それなりに恵まれた容姿のせいで、学校の職員や生徒──主に未婚の女たちのアプローチが盛大に煩わしい。

 辟易したウーシェダは、校舎内の講師控え室を抜けだすと、人があまり立ち入ることもないという学校裏の森で授業開始までの時間を過ごすことにした。

 

 しばらく歩いた先にあった小さな建物。今は使われていないのだろう。半壊した木造の小屋の向こう、開けた空き地にそれはあった。

 魔法陣だ。直径はウーシェダの身長ほどの円。

 石か木の枝ででも描いたのだろう。線の太さは不揃いで不格好だが、やけに細かい構成が描き込まれている。

 なにげなく視線を落としたウーシェダの目は、すぐに鋭くなり、幾度もその線の上をなぞった。

 土を流動させる記述。

 実体を形成し、それを動かすパーツ。

 幻影ではなく、すべてを実体化させたいという術者の意図が読み取れる。

 色や水の飛沫。光の演出。

 ひとつひとつは、どれもこれもありふれた魔法だが、問題は構成だ。

 ひとつの魔法で起動できるのは、一魔法陣までだ。そして、その一魔法陣の中に織り込める魔法は、ある程度相互に関連するものでなければ、うまく起動しない。

 ところが、目の前の魔法陣はそうではない。

 それぞれが独立した役目を与えられながら、確かにひとつの魔法陣に組み込まれている。小さな魔法陣をさながらパーツのように組み込んであるのに、破綻が見られない。

 こんな理論、見たことも聞いたこともない。

 ウーシェダは起こる事象をよくよく読み解いてから、慎重に魔法陣へと魔力を流し込んでみる。

 魔力の流れは途中で止まることもなく、綺麗に隅々に渡っていく。

 気配を察してか、周囲の木々の梢から、一斉に鳥が飛び立った。その羽音にすら意識を向けることなく、ウーシェダは魔法陣を起動する。

 特級魔法師の魔力をもってしても、恐ろしく重い、とんでもない魔力を要する陣だ。

 ここまで破綻は見られない。それでも、ウーシェダは、これが本当に正しく発動するかは半信半疑だ。

 一気に出力を上げると、強い光を放ったそれは、おそらくは描いた者が望んだ通りに力を渡し合った。

 土が水面のように波打ちだす。やがて、陣よりも遥かに大きなピンク色の鯨が頭上高く飛び上がった。一緒に跳ね上がった土くれは光を透かし、澄んだ水のように輝く。虹色の飛沫はウーシェダの頭上から降り注ぎ、そのまま光に溶けていく。

 高く飛んだ鯨は再び地面へと落ちてきて、そのまま派手な飛沫をあげて魔法陣の中へと消え去った。後に残ったのは、静寂ばかりだ。


「誰だ……」

 

 呻くようにウーシェダが呟く。


「誰がこんなとんでもない魔法陣をひいた?」


 この森は、学校関係者しか足を踏み入れることもできない場所だ。


 ──教師か?

 

 それならば、養成校になど収まることなく、魔法塔に論文をあげているはずだ。これだけの魔法理論ならば、魔法塔中央組織で思うがままに研究を許される。

 しかし、それほどの実力者がこの学校に居るなどとは聞いたこともない。

 ならば、生徒だろうか。

 学生は、こんな場所に魔法陣を描くことを禁じられているはずだが、だからこそ、滅多に人の来ない場所に描いたのか。

 ウーシェダほどの魔力量があったからこそ、発動できた魔法陣だ。さすがに学生には荷が重いだろう。

 だから、発動できなかったのか。

 それとも、発動できるほどの魔力を持ちながら、そのまま放置したのか。

 

 なんにせよ魔法陣は、魔法の発動により消えてしまった。

 

 未知の理論で組まれたそれが、発動するはずはないと高を括ったのが半分。もう半分は、これが発動するなら面白いという好奇心。いや好奇心のほうが遥かに上回ったかもしれない。

 これほどワクワクした気持ちで魔法陣を起動するなど、学生の頃、養成校に初めて足を踏み入れた時以来のことだ。

 

 この学校に、この魔法陣を描いた者がいるはずだ。

 ウーシェダは消えた魔法陣の場所の痕跡を丁寧に辿り、魔力痕跡から主の特定を試みるべく空中に指を滑らす。

 指で辿った跡が光りだし、そこから蒼い蝶が舞い出す。

 蝶が花の蜜を求めるように、魔法陣の主の元へと飛んでいくはずだ。ウーシェダはただ、その後ろをついていくだけでいい。

 ところが、蝶はいつまでもウーシェダの周囲を舞うばかりだ。

 念のためもう一度同じ手順で蝶を呼び出してみても、やはり蝶はどこに行ったらいいかわからないとでも言うように舞う。


──痕跡を消してあるのか?

 

 魔法陣には、必ずそれを描いた魔法師の魔力が宿る。

 そういえば、構成に夢中で気にもしなかったが、魔力を流し込んだ時にも、陣の主の魔力とウーシェダの魔力とが干渉しあうことがなく、スムーズに魔力が流れた。

 魔力の反発すら起こさせないところまで狙っているなら、悠長に面白がっている場合ではないレベルのとんでもない才能の主だ。早急に見つけ出して、魔法塔に報告が必要になる。

 

 ウーシェダは散歩を切り上げると、校舎へと踵を返した。

 

 

 

 ウーシェダが校舎に戻ると、先ほどの鯨を見た教師や生徒たちが、さすがは特級魔法師と褒めそやした。

 遠目に見ただけでは、あれは単なる派手な幻影魔法でしかなかっただろう。

 彼らの反応を見るに、あれを授業でやったわけではないことは間違いなさそうだ。

 学校長も、どうせならば裏の森でなく校庭でやってくれたらよかったのに、などと言うのだからウーシェダは苦笑するしかない。

 

 午前中、ウーシェダが受け持ったのは三年生の授業だった。

 あれほどの魔法陣を描いたのがもしも学生ならば、最上級生である可能性が一番高い。

 ウーシェダは、当初予定していた授業に加えて、学生にはかなり難易度の高い課題を準備した。これができれば、特別授業でのレポート免除とAプラスの評価をつけるという確約も忘れない。

 三年生は、通常卒業後には魔法師に師事する。この時、養成校での評価が高ければ高いほど、より高位の魔法師に師事できる。

 特別授業の評価でAプラスを取得すれば、それだけで魔法塔で目に留まる確率は格段に跳ね上がる。学生なら、喉から手が出るほどに欲しいものだ。

 仮になにかしらの事情を抱え実力を隠したい生徒だったとしても、これなら実力通りに課題をこなすに違いない。


 昼休みには職員たちとランチを共にしながら、それとなく優秀な生徒の名前を聞き出すことも忘れない。魔法塔に居る時には大抵一人で気ままに食事を摂るウーシェダが、積極的に人の輪に入り、外面良く談笑するなど、旧知の魔法師たちが見れば目を丸くするに違いない。

 面倒なことこの上ないが、あの魔法陣の主を見つけ出せるならば、それすらも楽しいと思えた。

 既に魔法塔には、十日間の任期いっぱい自身が講師を務める旨は伝令済みだ。

 あとは期限までに、尻尾を捕まえればいい。


 だがしかし。

 ウーシェダは教室の中を見渡して、ひっそりとため息を落とした。

 講師を続けるということは、魔法を習い始めたばかりの一年生の授業も受け持たなければならないということだ。

 来年以降は一年生の特別授業を減らし、三年生に注力すべきではないのか。むしろ今この瞬間からそうしたいくらいだ。

 魔法属性も覚束ない一年生に教えることなど、魔法師見習いでもできる。それを、魔法陣の主探しを放り出してまでやらなければいけないことにうんざりしながら、ウーシェダは手を叩く。

 途端に黒板に文字が浮かび上がり、生徒たちからどよめきがあがった。

 こんなささやかな魔法で、五十人にも満たない生徒たちの目が期待に輝く。

 自分にもこんな頃があった。そう思うと、先ほどまで感じた煩わしさも少しだけ和らぐ気がする。

 そんな中、後方の窓際で、ひとりだけひどく退屈そうな顔をしている生徒が目に留まった。

 黒板に書かれた文字を目で追い、すぐに窓の外に視線をやると、教壇から見てわかるほどに深々とため息を落とした。

 魔法塔からの派遣講師の目に留まろうと、メイクに余念のない女子生徒たち。

 男子生徒とて、あわよくば特級魔法師との繋がりを得ようと身なりを整え、真剣な態度を全面に押し出す。

 だからなおさら、少年とも少女ともつかないその生徒のやる気のなさは浮いて見えた。

 肩で切り揃えられたキャラメル色の髪は、毛先がぴょこぴょこと好き勝手なほうを向いている。横顔は整って見えないこともないが、覇気が感じられないのは、本人の授業への意欲の問題か、それともひょろりと頼りないほど細い肩のせいだろうか。

 

「ウーシェダ・ファート。今日から四回、特別授業を担当する魔法塔(ヴァンリンドゥ)の魔法師だ」

 

 誰からとなくパチパチと拍手があがり、件の生徒ものろのろとこちらに視線を向けてくる。

 紫水晶のような目をまっすぐ見つめると、ぱちりと瞬いて不思議そうに振り返った。

 自分が見られているとは少しも思っていないらしい。

 

「とりあえず君らの知識度を見たい。これからプリントを配る。わからないところがあったら質問に来ていい」

 

 皆一瞬不服そうな顔はしたものの、特別講師を前に不平の声をあげるものはいなかった。

 一列目の生徒から後ろへ回してもらおうと配りかけたウーシェダは、ふと思い立って指を弾く。

 教卓の上の紙の束が一斉に小鳥になって飛び立ち、教室にはけたたましい囀りと羽音、それに生徒の歓声が響いた。

 小鳥たちはそれぞれの生徒の机に着くと、再びプリントに姿を変えた。

 

 入学してまだ一ヶ月。講義すらほとんど進んでいないこの時期は、まっさらな状態で入学してくることの多い平民の生徒と、家庭教師をつけられて早くから魔法学基礎を学んできている生徒とでは差が著しい。

 ある程度のレベルを見極め、グループごとにテーマを分けてやればいい。そのための下準備だ。

 

 ウーシェダは教壇に寄りかかり、全体を見渡す。

 一年生の分際で退屈そうな顔をしていた生意気な生徒には、ついうっかり二年生のプリントを渡した。

 きっとすぐに質問に来るに違いない。それすらしないやる気のなさならば、もう相手にすることもないだろう。

 そう決めて、窓際の生徒をそれとなく窺う。

 飛んで来る小鳥を見る目は、先ほどまでの退屈そうな態度を少しも感じさせない。

 両手を差しだして小鳥を止まらせたその生徒は、プリントを見つめて軽く目を瞠った。

 魔法属性の相互干渉。二年生になればすぐに習う内容だ。基礎の範囲ではあるがこの時期の一年生には難しいだろう。問題の意味すらわからず質問にくるか。それとも早々に放り出すか。

 視線の先で、生徒はふわりと微笑んだ。

 すぐにペンを手にすると、まるで幼子が塗り絵でもするような顔つきで、楽しそうに手を動かす。

 

 ウーシェダは思わず目を眇めた。

 間違えて違うプリントを配ってしまっただろうか。

 

「先生。質問よろしいでしょうか?」

 

 声が掛かり視線を向けると、いつのまにか数人の列ができていた。


「あ、ああ。順番に聞く。質問内容が同じだと思ったら、前に来て一緒に聞け」

 

 窓際の生徒は、結局質問にはこなかった。

 ウーシェダが列をさばき終わって見ると、再び退屈そうな顔で頬杖をつき、外の景色をぼんやりと見つめていた。

 

 

 

「あー、そりゃ我が校の亡霊ですね」

 

 授業を終えて教職員室へと戻ったウーシェダは、窓際の生徒について他の教師に尋ねてみた。

 プリントは全問正解。これが二年生ならば驚かない。基礎を正しく積み上げていれば、そこまで複雑な問題ではなかったから、ほんの少しの応用的発想があれば解けて不思議がない範疇だ。

 けれど、一年生であれだけできれば優秀といえるだろう。ただ、そんな優秀な生徒が一年生にいるなど、教職員の誰も口にはしていなかったはずだ。

 

「亡霊?」

 

「居るけれど、居ない者として扱うってね。魔力ゼロの特例入学ですよ」

 

 魔法師養成校に入学できるのは、魔力を有する者のみ。それは各国共通の大前提だ。

 魔法を学ぶのは、それを振るえる魔法師のみ。それなのに、魔力がゼロで入学が許されるなど意味がわからない。

 ウーシェダが眉間に皺を寄せると、魔法薬学の講師は指先で眼鏡を押し上げ「アイトリア家のご令嬢なんですよ」と苦笑を浮かべた。

 

 シフリーナ・アイトリア。プリントの名前欄に綴られていた名を見た時に過りはしたが、まさか本当にあのアイトリア家の娘なのだろうか。

 

「アイトリア家というと……この国の魔法名家ですよね。っていうか、令嬢? あれが?」

 

 先ほどの性別不詳の生徒と令嬢という言葉がリンクしない。むしろ平民だと言われたほうが、まだ納得がいくというものだ。

 しかも、いくら魔法名家とはいえ、魔力がないのに養成校に入学できるなど、そんな特例聞いたこともない。

 ウーシェダの眉間の皺がますます深くなる。

 察したように目の前の講師はそっと周囲を窺って声を潜めると「魔力もないのに、きっと在学中に発現するはずだからとゴリ押しされて、校長が多額の寄付金に目が眩んで引き受けたんですよ。もう十九歳で三回目の一年生。タイムリミットですよ」と肩を竦めた。


「三回……」

 

 ということは、少なくとももう一年生の授業は丸二周を終えているということだ。

 なるほど、それならばあのプリントのできにも納得がいく。講師によっては一年生の終盤で、あのプリントのさわり程度の講義は行うはずだ。真面目に授業を聞いていれば、しかもそれを二周もしていればあのくらいできても不思議はない。


「ま、今年をやり過ごせば退学してくれますからね。アイトリア家の不興は買いたくないですが、魔力ナシじゃ実技には参加できないですし、正直我々も持て余してるところです」


 教師の気持ちもわからなくもない。実技の伴わない授業は存在しないし、座学とて実習のためのものだ。

 魔力の強弱ならばフォローのしようもあるが、まったくないのではどうしてやりようもない。

 そんな生徒がいる授業は、さぞややりにくいことだろう。 

 

 彼女とて、できもしない魔法を習わなければいけないなど、時間の無駄でしかないだろう。

 十九歳となれば、魔力の発現などほぼ絶望的だ。

 魔法名家の生まれでなければ、ここまで適性のない学校に押し込められることもなかっただろうに、気の毒としか言いようがない。

 ただ、プリントを前にした彼女は、楽しそうだった。

 同じ授業が三年目ともなれば、飽き飽きしているのは当然だし、ましてや実践できない内容ともなれば尚更だろう。

 今日のプリントは、少しは彼女の好奇心を刺激できたのかもしれない。

 もっとも、それはあの生徒にとって微塵も役には立たない知識でしかないのだが。

 

 ウーシェダは先ほどの授業で集めたプリントの束を見つめ、三年生も最初からプリントをやらせて集めてしまえばよかったとひっそり後悔していた。

 提出期限を二回先の授業にしたのは、それだけ難しい課題を課した自覚があるからだ。

 けれど、あれだけの理論を独自に構築している魔法陣の主ならば、あのくらいのプリントはすぐに解けるのではないか。ならば、授業中にやらせて回収してしまえば、今頃誰があれを描いたのか特定できていたかもしれない。

 

 次回の授業で手っ取り早く探し出す方法はないものかと算段するウーシェダは、その日の夜、新たな魔法陣と出会うことになるなど知るよしもなかった。


完結まで書き上げ、予約投稿済みです。

毎日21時更新。全29話。

反応などいただけるとすごく嬉しいです!

よろしくお願いします!

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