最高峰魔法師の魔法が封じられたので、魔力0の私が助けます。⑤
今回は二話更新!
*第四章は暴力表現があります。苦手な方はご注意ください。
視界が霞む。
もう昼なのか夜なのかもよくわからない中、ウーシェダは首輪を強く引かれて息を詰めた。
体中が軋む。身じろぐだけで、どこが痛いのかすらわからないほどの痛みが走る。
「ほらほら、最後の散歩だ。とっとと歩けよっ」
容赦なく蹴り上げられるのももう何度目のことか。
四つん這いで歩くのすらままならず、首を吊られるようにして引かれ出ると、たき火の炎と、魔法陣の青い光が見えた。
青い光に照らし出されているのは、恐らくはシフリーナだろう。
シフリーナはこちらを見ることもなく、ひたすら地面を見つめて手を動かしている。
男たちは、今度こそ自分を殺すつもりだろう。手を下さずとも、このまま放っておかれれば、もうそう長くもないのではないかとすら思えてくる。
問題はシフリーナだ。
今のところシフリーナは酷い目には遭っていないようだが、それはウーシェダという矛先がいるからだ。この後、その矛先を喪った時、彼女が無事に帰されるだろうか。
男たちの非道な振る舞いを思えば、その確率は限りなく低いように思う。
次善策、などと口にはしたが、魔法塔からの助けがこない限りは、もう万策尽きているのではないだろうか。
「なんだ、婚約者が恋しいか?」
「婚約者はお前には興味ないようだがな」
笑い声を耳にしながら、ウーシェダは思う。
シフリーナはまだ諦めてはいないのだ。
『最善策を目指そうと思います』
その宣言通り、彼女は今もまだ、最善策を取るために努力している。
先ほど、シフリーナがウーシェダの元にやって来た。
「シェダ様。私、思い違いをしてました。魔法陣は、反転させる必要なかったんです」
視線をやっても、腫れ上がった瞼で彼女の顔はよく見えない。
それでも、どんな表情でそれを言っているかは、想像できる気がした。
「魔力が戻ったら、真っ先に治癒魔法で回復してください。他の全部を後回しにしてでも。絶対ですからね!」
そう言ってシフリーナは、ウーシェダの懐に何かを押し込んでから、テントを出て行った。腕を動かすことすら難しかったウーシェダは、それが何なのかを確かめることもしていない。
「焼き殺すのがいいか……それとも水の中にでも閉じ込めるか?」
「後片付けを考えると、燃やし尽くすのがラクじゃないか?」
背中を踏みつけられて、地面に伏せる。
「このまま踏み殺してもいいが、特級魔法師サマが魔法師見習いに魔法で殺されるってのがやっぱり面白いんじゃないか?」
好き勝手なこの会話は、当然彼女の耳にも届いているだろう。
それでも手を動かしつづけるシフリーナのプレッシャーはどれほどのものか。
間に合わなかった、と自分の責任としてひどく傷つくのではないか。
ウーシェダは、シフリーナを学校から連れ出して、ヴァンリンドゥに連れてきたことそのものが間違いだったのではないかとすら思う。
彼女の魔法理論は、埋もれさせてしまうのはあまりに惜しい。なにより、特級魔法師をも上回る独自理論を構築していることを魔法塔に認めさせることで、彼女がただの空想だと思ってきたものが、本物の魔法であることを公的に示してやりたかった。
それがこのザマだ。
「さてと、やりましょうか。……婚約者様はこの期に及んでも見向きもしないですね」
「溺愛してたんだろ? 可哀想になァ?」
男が空中に魔法陣を描き出す。
燃えさかる炎がウーシェダを包もうとしたその瞬間、懐がまばゆく光り、男たちの背後で爆発音が響いた。
「な、なんだっ!?」
「魔法が戻ったのか!?」
怯んだ男たちが背後を確かめるように振り向くと、魔法陣は変わらず青い光を発していた。
「脅かさないでくださいよ。さすが特級魔法師サマは準備がよくていらっしゃる」
「もう面倒だ。その首を切り落としてやるよ」
金属のこすれる音が耳に届く。剣を抜いたのだろう。
その時。
「できたっ!」
場違いな明るい声が響いた。シフリーナの声だ。
青い光は消失して、代わりにきらきらと雨のように光が降り注いだ。
ウーシェダは、自身に治癒魔法をかける。万全までは戻さなくとも、男たちを制圧できれば充分だ。
首輪をはずして立ち上がると、剣を手にした男が舌を打った。
「チッ、女を殺れ!」
ウーシェダはすかさずシフリーナの手の甲に刻まれた魔法陣を相殺したが、シフリーナは地面に倒れ込んだ。
「シフルっ!」
駆け寄って、シフリーナを背後に庇ったウーシェダは、指先を空中に滑らす。
光から這い出した蛇は、背を向けて逃げ出した男たちにあっという間に追い付き、その身に強く巻き付いてぎゅうぎゅうと締め上げた。
ウーシェダはすぐに振り返り、地面に横たわったシフリーナを抱き起こした。
手の甲の魔法陣は消えている。
「シフルっ! シフルっ!!」
必死で呼びかけると、閉じた瞼の向こうから紫水晶の瞳が覗いた。
「シェダ様……無事ですか?」
「俺はいいっ、大丈夫か!? どこが痛い? 苦しくないか?」
先ほどから治癒魔法をかけてはいるが、どうにも手応えがない。
ケガや病気ならばなにかしらの感触があるはずなのだ。
「……も」
シフリーナが小さく呟く。
「どうした? なんだ?」
「サンドイッチ以外も食べられないの……困りますね……」
「……は?」
シフリーナはウーシェダの腕の中で脱力すると、そのまますやすやと寝入ってしまった。
「勘弁してくれ……」
安堵の深い溜め息を落としたウーシェダは、シフリーナをそっと抱き締めた。




