最高峰魔法師の魔法が封じられたので、魔力0の私が助けます。④
*第四章は暴力表現があります。苦手な方はご注意ください。
「寝ないんですか?」
シフリーナは拾ってきた木の棒で、青い魔法陣の外周に更に魔法陣を追記することをくり返していた。
本体の魔法陣そのものを壊すことも書き換えることも出来ないのならば、そのものを組み込んだ魔法陣を新たに創ってしまおうという作戦だ。
「目が、冴えてしまって……」
たき火の前に座るサミサに笑みを向けてから、シフリーナは再び手元に視線を落とした。
魔法陣は、何度見ても魔力を封じる対象をウーシェダに限定している記述がない。
ならばこの結界の中の全員が魔力を封じられているかといえばそんなことはなく、たき火の火力を調整するのに、先ほどサミサが魔法を使っていた。
読み解けていないだけではないかと何度となく記述を辿ってみたけれど、やはり特定の誰かに限定する箇所は見当たらない。
となれば、魔法陣に魔力を流し込む術者が、そこを指定しているということになる。
シフリーナが魔法師ならば、担当している魔法師を抑え込むことができたかもしれないが、残念ながらそんな魔力も腕力も持ち合わせていない以上、地道に読み解いて魔法陣そのものをどうにかする必要がある。
一魔法一魔法陣。既存の魔法理論において、その原則は絶対だ。ならば、誰かひとりがこの魔法陣を維持し続けているということになる。眠る時間まで強固に維持することができないとなると、おそらくは術者を途中で交代できるような仕様になっているのだろう。
そう考えると、やたらと細かい記述は、フェイクというよりも術者が交代する瞬間の力の循環を途絶えさせないためのルートを確保しているという仮定が成り立つ。
この魔法陣でわからないことは、もう一つある。対象者の魔力を、抑え込んでいるのか、吸い上げているのか、どちらだろうか。
今シフリーナが描いているのは、対象の魔力を抑え込んでいる場合の魔法陣だ。
循環を逆転させれば、抑え込んでいるものを、元の魔法師──ウーシェダに還元できるはずだ。
「不思議ですね」
サミサの言葉に「はい。本当に不思議です」とシフリーナが同意を示すと「いえ、そうではなくて」と笑われた。
「魔力のないあなたのほうが、よほど真剣に魔法に取り組んでいるように見えます」
「そうですか? 私は……サミサ様が羨ましいです。先ほどたき火の調整をなさっていたでしょう? 綺麗だなって思いました」
きらきらと光る粒子が降り注ぎ、燃えさかる火を穏やかなものへと変えたその瞬間に、シフリーナは思わず手を止めて見入ってしまった。
「特級魔法師の魔法を見慣れたあなたがですか?」
「……正直、特級とかそうでないとかは私は全然わかりません。ただ、魔法は楽しかったり綺麗だったり、ずっと憧れているのに自分では触ることができないものなので。だから、先ほどのサミサ様の魔法も、光の雨が降り注ぐようで見惚れてしまいました」
「……私たちを、恨みますか?」
サミサはシフリーナの方を見ることなく、たき火に視線を落としたままだ。
恨むだろうか。
ウーシェダは初めてシフリーナを認めてくれた人だ。
空想でしかないと思っていた魔法陣に命を吹き込み、シフリーナの魔法だと言ってくれた。
万が一にも喪うようなことがあれば、恨まない自信はない。
「……魔法って、ワクワクしませんか?」
サミサがそっと顔を上げた。その目をまっすぐに見つめて、シフリーナは言葉を続けた。
「魔法を使えるというそれだけで、すごいことだと思います。魔法師は、私の憧れです。だから……恨みたくないです」
サミサが目を逸らすのを見て、シフリーナは再び手の中の枝で地面に文字を綴り始めた。
空が白み始めた頃、シフリーナはようやく魔法陣を描き上げた。
けれど、本体の魔法陣にはなんの変化もない。
息を吐いて、思わずしゃがみこんだシフリーナは、すぐに立ち上がって描いた魔法陣を足でこすって消していく。
次に試すのは、魔法を吸い上げている場合のものだ。
朝日が差す頃には他のふたりも起きてきて、ウーシェダを朝の散歩だと引き回していた。
もう少し。あと少し。痛む心を抑えながら、シフリーナは必死で手を動かす。
「シフリーナ嬢は、魔法がお好きなんですね」
長身の男が、シフリーナの手元を覗き込んで声を掛けてきた。
気づかれてはいけない。
自身に言い聞かせても、胸の鼓動が大きくなって、舌がもつれそうになる。
「はい。大好きです。私も魔法が使えたらっていつも思います」
にこりと笑みを貼り付けると、長身の男はひどく意地の悪い笑みを浮かべた。
「婚約者よりも?」
胸を衝かれて息を詰めるシフリーナに、男は言葉を続けた。
「薄情な婚約者ですね。それとも、元々大して気持ちがなかったんでしょうか。その方が私たちも心置きなくやれていいですけどね」
残りの時間を聞けばいいのだろうか。
やめてくださいと縋って泣けばいいのだろうか。
わからない。
わかっているのは、これをなんとしても描き上げなければ、最善には手が届かないということだけだ。
「それは……困りますね」
シフリーナが再び笑みを貼り付けて答えると、男は呆れたような目を向けて立ち去った。
シフリーナは手を動かすことを再開する。
昨夜からずっと魔法陣を描き続けて、ひとつ新たな仮説が立った。
魔法陣の外側の結界は、吸い上げた魔力で構成されているのではないか、ということだ。そう思いついてみると、原則に一番即した力の循環に思えた。
その視点で改めて魔法陣を見ると、複雑な記述もすべては力の受け渡しでしかないという道筋に思える。
光が見えた気がして、シフリーナは必死で魔法陣を描き続ける。
今度は力の逃がし場所をなくす記述だ。吸い上げた魔力の逃げ場所をなくせば、新たな吸い上げを止められる。
その仮定に基づいた魔法陣が描き上がる頃には、日は頭上高くあった。
最後の線を引いて、シフリーナは本体の魔法陣を見る。
変化が、ない。
今度こそシフリーナは膝から崩れ落ちた。
座り込んだまま、なにげなく視線をやると、サミサが紙の束を火にくべようとしていた。シフリーナの魔法陣が描かれた紙だ。
よろよろと立ち上がったシフリーナは「燃やしてしまうんですか?」と声を掛けた。
ヴァンリンドゥに来てから、たくさん考えて描いた魔法陣だ。
ウーシェダとオルセの協力で、ようやく七賢人に見せるに至ったものだ。
「一枚でいいので、貰えませんか?」
「……どうぞ」
シフリーナは渡された紙の束を座り込んで一枚一枚眺める。
書庫で。食堂で。ウーシェダとした会話を思い起こしながら、じっくりと見つめる。
ふと思いつき、シフリーナは紙を繰る手を止めた。
もうひとつ、試していないことがある。
『君の理論に間違いはない。ただし、必要な魔力量が尋常じゃない』
いつかウーシェダが言っていた言葉だ。
魔法陣を取り込むことに必死で、魔力量と効率化を考えていなかった。
束の中から、一枚だけ紙を抜き取る。
「……まだ、もう少しだけ、時間は残されているでしょうか」
サミサにそっと尋ねると「月が昇る頃までは」と返った。
それが、恐らくはタイムリミットだ。
シフリーナは立ち上がると、ウーシェダの居るテントへと足を向けた。




