第29話 10月4日
自宅――多摩川河川敷ダンジョンに帰ると、もう日はとっぷり暮れていた。
澄見歌と湯歌、それにシーコからは夕食に誘われたけど、断ってしまった。
あの女子高生も一緒らしいし、というか女子高生の説得も兼ねているらしいので、コミュ障の紅亜としては居心地が悪いと思ったのだ。
自殺志願者の女子高生と信頼関係を結んで相談に乗り、自殺を思いとどまらせる――そんなの無理無理。
というわけで紅亜は一人離脱して、日野駅から徒歩15分の多摩川河川敷に戻ってきた。
河川敷の中、背の高い草をかき分け進んでいき、とある場所につくと郵便ポストとチャイムが設置してある。
そのすぐそばの階段を下りて行っていつもの古びたドアを開けると、中は真っ暗だった。
電灯をつけると、ちゃぶ台の上に書置きと一万円札があった。
小梅の字だ。
『紅亜へ。どうもとんでもない悪霊が騒いでいるようなんや。ちょっとなだめに行ってくるから三日間ほど留守にする。食いもんはまあ自分でなんとかせえや。金は置いておくで。酒はほどほどにな。 小梅』
「三日間……」
紅亜は思わずため息をついた。
だって、今日は10月3日なのだ。
ってことは、明日は10月4日。
小梅ちゃん、三日間も留守にするの……?
それを思うと、紅亜はまた大きなため息をついた。
冷蔵庫の脇に置いていた鬼ころしの2リットル紙パックからコップに酒をドブドブと注ぐと、立ったままグイッと飲み干した。
★
朝だ。
いや、嘘だ、昼だった。
紅亜が目を覚ましてスマホを見ると、12:48と書いてある。
昨日はちょっと一人で飲みすぎた。
鬼ころしの2リットル紙パックは空になっている。
気が付いたら昼まで寝てしまっていたのだった。
小梅曰く、『鬼の肝臓』を持っている紅亜は、二日酔いもなくすっくと立ちあがると、ユニットバスのトイレへ。
「まだあと十一時間もある……」
できれば日付が変わるまで寝ていたかったくらいだ。
トイレを済ませた後、もう一度眠れないかと布団に横になってみたけど全然眠れない。
よっぽど熟睡できたみたいだった。
しょうがないので軽くシャワーを浴びた後、外に出ることにする。
10月の風は少し冷たくて、もの寂しさを感じさせた。
一番近くのスーパーで鬼ころしの紙パックをカゴに入れる。
あとは……。
肉!
前日の売れ残りだろうか、2割引きの和牛切り落としがあった。
和牛なんて普段は絶対食べないんだけど今日くらいはいいだろう。
これに砂糖と醤油と酒で味付けして生卵ですき焼きっぽくすればいいつまみになる。
そして、冷蔵コーナーに並んでいるパックのケーキ。
二つで580円。
しばらく眺めてから、モンブランをカゴに入れる。
あとはせっかくだから、普段は見るだけで絶対に買わないワイン。
えっと、ワインなんて全然わかんないけど、背伸びして三千円のこれを買おう。
よくわかんないけどフルボディって書いてあるし、すき焼きにも合うと思う。
紅亜は重い足取りで買い物を終えた。
★
そして、紅亜の10月4日が始まった。
BGMはもちろん澄見歌の『歌ってみた』リスト。
六畳間に直接据え付けられたキッチン。
一口コンロに乗ったフライパンで、すき焼きっぽいなにかがクツクツと煮えている。
そこに和牛を投入。
火を入れすぎないようにしてさっと引き上げ、生卵にからめて立ったまま口に入れる。
うん、おいしい。
で、ワインを……。
紅亜は一応何もない空間にグラスを掲げると、
「紅亜ちゃん、24回目の誕生日おめでとー」
と言ってみた。
「ありがとー」
と自分で答えてみた。
すごくむなしい。
ワインをグビッと飲む。
うん、細かい味はわかんないけどおいしい。
むなしい。
涙が出ちゃう。
ワイン一本と鬼ころし2リットル。
これだけ急いで飲んじゃえば、さすがにわかんなくなって寝ちゃうだろう。
そしたら今日という日は無くなって、明日からまた普通の日なんだ。
今だけ苦しいだけなんだ。
飲め、飲め、飲め!
二杯目のワインをゴクゴクゴクッ! と飲んだ次の瞬間。
ピンポーン。
チャイムが鳴る。
一瞬、何かを期待したけど、期待してがっかりするとショックが二倍だから無視することにする。
ワクワクとした顔で階段を上がったらMHKだったりするとほんとに泣いちゃいそうだし。
ピンポーン。
もう一度チャイムが鳴る。
無視無視。
期待なんかするな、どうせMHKだ。
牛肉を投入。
すぐに引き上げてオン生卵。
口の中に放り込む。
なんかもう味なんかしない。
ワイン3杯目。
グビグビグビ。
早く終われ。
そのとき。
鍵をかけ忘れていたドアがガチャリと開いた。
「あれー? 紅亜ちゃん、いるー?」
澄見歌だった。
目が合う。
「いるじゃん!」
推しの嬉しそうな笑顔。
その右手には大きなケーキの箱。
左手にはなんかどっかのブランドの紙袋、リボン付き。ついでに薄い紙に包まれた一升瓶。
あ、泣いちゃう、と紅亜は思った。




