第30話 生まれて初めてのフー
澄見歌は部屋の中をチラリと見ると、
「一人? 入っていい?」
と聞いてくる。
「う、うん」
答えるけど、少し声が上ずってしまった。
というか、目の端がジーンとして、それ以上なにかを喋ると涙が落ちてきそうだ。
「じゃ、お邪魔しまーす!」
澄見歌は軽い足取りで部屋の中に入ってくる。
「澄見歌ちゃん、どうして……?」
紅亜は両方の袖で自分の目尻を押さえながら聞く。
「小梅さんからⅩにダイレクトメッセージ来てたから! えへへ!」
澄見歌の視線が一口コンロに乗っているフライパンとそばに置いてあるワインの瓶を捉えるが、別になにも言わない。
紅亜の推しは、あったかそうなふわふわのニットを着ていた。
それに、赤いリボンが付いたフレアスカートにブラウンのタイツ。
ガーリーでかわいい。
澄見歌はちゃぶ台の上にケーキの箱を置き、ニコッと笑って振り向いた。
スカートと同じ色の赤いリボンで留めたサイドテールが揺れる。
「ほらほら、紅亜ちゃんも座って!」
「う、うん……」
澄見歌は紅亜の肩に自分の肩をぴったりとくっつけて座ると、スマホを取り出して画面を表示させる。
「ピザ頼もうよ、ピザ! 紅亜ちゃん、どのピザがいい?」
「な、なんでも……」
「じゃあ私の好みで……このリリーフォーってやつにしよう! 4種類のピザが楽しめるって! あとはチキンと……私用にお茶も!」
「えと、えと、えと……」
「あ、ちょっと待ってね」
澄見歌はパッと立ち上がるとグラスを持ってきてまた紅亜の隣へ座る。
「えへへ、まだ3時だけどいいよね、今日は特別な日だもん! で、ワインもいいけどこれ見てこれ! 酒屋のおじさんに聞いたらこれをおすすめされた!」
澄見歌が一升瓶を見せてくる。
そこには『輿の寒梅』と書いてある。
「これ飲んでこれ! はい、グラス!」
瓶を覆っている紙をとると、澄見歌はポンッ! と一升瓶のフタをとる。
「はいはいグラス持って! 注いであげるから!」
トク、トク、トク。
いい音とともに、銘酒がグラスになみなみと注がれる。
「じゃ、紅亜ちゃん! 改めまして! 24歳の誕生日! おめでとーーーーーーーーーーーーーーーーーー! はい、グイッといってグイッと! 強いんでしょ?」
言われるままにグラスを傾ける。
淡麗な味わいの日本酒が紅亜の喉を通っていく。
「ぷはあ……おいしい……」
「よかった!」
「あの……」
「なに?」
「なんか今私、嬉しい夢を見てる……」
「あはは、私も嬉しいよ、紅亜ちゃんの誕生日を独り占めだもん! ね、ここいい部屋だね! でもすごく魔力が濃い!」
「そうかな? ごめん、今日は掃除さぼったから瘴気がたまっているかも……」
「綺麗なもんだよ! そっか、ここが紅亜ちゃんの強さの秘密かー! 今日はいろいろ紅亜ちゃんとお喋りしたい! そうだ! その前に!」
澄見歌がケーキの箱を開けた。
けっこう大きめのホールケーキ。
名前を入れるのはさすがに間に合わなかったのか、「Happy Birthday」とだけ書かれたチョコレートプレートが乗っている。
「24本だよね!」
小さくてカラフルなロウソクをケーキに刺していく澄見歌。
その綺麗な手元を見ているうちに、紅亜の視界が滲んだ。
「あー、これもあるんじゃん! これにも刺しちゃえ!」
二つのモンブランにもロウソクが刺された。
スーパーで買ったパックのモンブランが、あっという間に特別なケーキになった。
あ、ダメだ、もう無理。
そう思った途端に、紅亜の両目からボロボロと涙が零れ落ちてきた。
自分でもびっくりするほど大粒の涙が次から次へと流れてポタポタと畳を濡らす。
「う……ひっく、ひっく、澄見歌ちゃん……ひっく……」
「ほらあ、どうしたの? 今日は嬉しい誕生日だよ? 笑ってほしいな!」
澄見歌が紅亜の肩を抱き寄せてくる。
体温が伝わってくる。
その温かさがさらに紅亜の涙を加速させた。
「はいはい、火をつけるよ? このためだけにチャッカマン買ってきたの! よ……と」
ロウソクに次々と火がともされる。
炎が揺らめいた。
「あ、じゃあ電気消しまーす!」
この部屋には窓がない。
真っ暗な空間に、24本の灯火が紅亜と澄見歌の顔を照らす。
澄見歌の笑顔はとても輝いて見えた。
「はい、紅亜ちゃん、フー!」
「うえーーーーん」
もう耐えきれず、紅亜は声を上げて泣き出してしまった。
震える紅亜の肩を澄見歌は強く抱き寄せて、撫で撫でしてくれる。
その優しさを感じて、紅亜はさらに大声で泣く。
「うえーーーん! うえーーーーん!」
「あはは! 泣くんじゃなくてフーだよ、フー!」
「うえーーーーーーーんありがとーーーーーーフーーーー!」
紅亜にとって生まれて初めてのフーだった。
「おおー! パチパチパチ!」
「うえーーーーーーーーん! うえーーーーーーーーーーん!」
澄見歌は泣きじゃくる紅亜を抱き寄せたまま、その頭をポンポンしてから、
「じゃあ紅亜ちゃんが笑ってくれるように! 奏天寺澄見歌、歌います!」
紅亜の耳元で澄見歌が歌い始めた。
「ハッピーバースデートゥーユー……」
もう、紅亜はよくわからない。
澄見歌に抱き着き返すことしかできなかった。
「うえーーーん!」
「あはは! これじゃ歌えないよ! あはは! ハッピーバースデートゥーディア紅亜ちゃーん!」
本当に夢みたいに楽しいひとときだった。
いっぱいお喋りして、勧められるままにいっぱいお酒を飲んで、いっぱいピザを食べて、すき焼きを澄見歌が卵とじにしてごはんに乗っけてくれて、それは最高においしくて、またいっぱいお喋りして、いつの間にか二人で並んで寝落ちしてしまった。
★
目を覚ますと、目の前に澄見歌の顔があった。
ああ、昨日のは夢じゃなかったんだ、と思った。
自分の腕が澄見歌の体に絡んでいる。
ちょうど腕枕しているみたいになっていて、腕がしびれていた。
すーすーと寝息を立てている澄見歌。
肌が綺麗、唇もふっくら、まつげ長いなあ、これ自前のまつげだよね……。
そう思いながら、紅亜はつい、キュッと澄見歌を抱き寄せてしまった。
すると次の瞬間、澄見歌がパッと目を開けて、
「へへー! やり返しますぅ!」
と言って逆に紅亜に抱き着いてギューーっと力を入れてくる。
「いたた……澄見歌ちゃん起きてたなんてずるいよ!」
「寝てる私に抱き着いちゃう紅亜ちゃんのがずるいですぅ」
とかなんとかいちゃついているとき。
ドアの外から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーーーー! お姉ちゃん助けてぇぇぇ!!」
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