第28話 商売にしちゃいな
やわらかーい!
おっきー!
ふひひひふふふふ。
紅亜は澄見歌の胸を背中に感じながら、多幸感に包まれていた。
耳元で澄見歌が言う。
「紅亜ちゃん、もう、ダメだよ! 紅亜ちゃんが人を叩いたらほんとに死んじゃう!」
「え~そんなことあるかなあ?」
「あるある! じゃ、もう離すけど、ほんとにダメだからね」
「えーーもう離しちゃうの? もう少し……」
紅亜の願いもむなしく、澄見歌が離れる。
「終わりました?」
ユニーの腹の下に潜り込んでいた湯歌が聞いてきた。
アカリは床にへたりこんで茫然としている。
「うん、もう大丈夫だよ、湯歌ちゃん」
「よかったー。その人、ちょっと目が怖かった」
そう言いながら湯歌がユニーの下から這い出てくる。
そしてスキニーパンツについた汚れを払い落とす。
「15歳って言ってたよね? じゃあ私の一個下だ」
それを聞いて、紅亜は心の底から驚いた。
「ええええ!? 湯歌ちゃん、ってことは今16歳!? 女子高生!?」
「いえ、学校には行ってません。親が学費払ってくれなかったんで。だからお姉ちゃんのマネージャーやってるんです」
「うわー。そうなんだ。たしかに16歳だと思って見るとそう見える!」
「早く大人になりたいです。こどもって、とても不自由だし」
そう言って湯歌はへたりこんでいるアカリに近づいて行った。
「ね、そう思うよね?」
呆けた表情でコクンとうなずくアカリ。
湯歌は続ける。
「私もさ、いやになるよ。大人たちはよってたかって私たちの未来を潰そうとしてくるんだもん」
「………………」
「でも、それもあと二年。18歳になったらもう大人だもんね。アカリちゃん……だっけ、アカリちゃんならあと三年だね。長いねー。長いよ。私はまだお姉ちゃんのおかげでそれなりに自由にやれてるけどさ。アカリちゃんはつらい三年間になるかも。でもその先は親からも完全に自由になっていいんだ。だから、長いけど、一緒に頑張ろうよ」
そう言って湯歌はアカリに手を差し出す。
アカリは少し逡巡したあと、その手をとってゆっくりと立ち上がった。
湯歌はいたずらっぽく言う。
「でもセーラー服着ておかしく思われないのもあと二年なんだよねー。一度着てみたかった……あとで、貸して?」
そこでやっとアカリは薄く笑って、かすかにうなずいた。
「よし、じゃあみんなで帰ろう。ウチもさすがに疲れた……。ホウキさんもそうだろ?」
シーコがまだおぼつかない足取りで歩いてきてそう言った。
「ホウキさんじゃないよ。紅亜です」
「そっか。今回は助けに来てくれてサンキューな。お礼はあとでたっぷりするけん、今日はまず帰ろう」
澄見歌は納得のいってない顔で、
「でもあの子……シーコさんにお礼をまだ言ってないし、紅亜ちゃんに襲い掛かったのにまだ謝ってない……」
「あいつにとってウチら大人組は敵さ。今はまだいいことにしてやろう。……あの女子高生、金歯とかしてないかなあ?」
「女子高生は金歯してないと思うよ。あとしてたとしてどうするつもりなの」
「そりゃ決まってんだろ、ブチッと……」
「被害者になんてことしようとしてるの。そういうのは犯罪者相手だけにしなさい!」
シーコにチョップする澄見歌。シーコはよけもせずに笑ってそれを受けた。
「じゃ、ユニーにはイモスミと女子高生が乗ればいいよ。大人組は歩こう、大人だってつらいのさ」
湯歌とアカリがユニーにまたがる。
アカリは湯歌の腰に手を回し、きゅっと抱き着いている。
「アカリちゃん、息ができないよ」
「腰、細い……」
さらに力を入れて湯歌にくっつくアカリ。
〈なんかいい絵だな〉
〈尊い〉
〈この荒んだ世の中でいいもの見せてもらった〉
〈不景気すぎて社会全体がギスギスしてるもんな〉
〈人助けを見るのはいいもんだ〉
〈しかし今回は伝説の配信になったな〉
〈スミーのチャンネルも登録者が数万人増えた〉
〈日本一の探索者が発見されたな〉
そんなコメントを読みながら、紅亜はチラッと澄見歌の顔を見る。
澄見歌は妹をやさしい表情で見ていた。
「あんなに弱いのに、人助けのために勇気を出してここまで来て、わが妹ながら偉いよ」
人助けか。
どうやら私は探索者としてすごい力を持っているっぽい。
どこか会社で働くのはもういやだけど、……この力をもっとたくさんの人のために使いたい。
今日はこれからまたあの六畳間に帰るのだ。
そしてお酒に酔いしれ、澄見歌のアーカイブ動画を見ながら寝落ちする。
そんな毎日。
自分で自分のことが嫌いな毎日。
シーコがポンと紅亜の肩を叩いてくる。
「ほんと助かったよ。絶対に死んだと思った。ホウキさんとスミーとイモスミのおかげで生き延びた。感謝しちょる。ありがとな」
「シーコさんって……」
「ん?」
「なんでボランティアやってるの」
「なんでって、人助けするのは気持ちがいいからだよ。自分に誇りが持てるしね」
「……そうなんだ……。私も、あの子と同じなんだよね。ずっと死にたいって思ってた、思ってる。でも、こんな私でも誰かのために力になれれば……。死にたいって思わずにすむのかな」
シーコは楽しそうに笑って、
「そりゃそうさ。ウチは明日にはまた山口に帰る。大好きな家族がいるけん。ウチは山口で頑張るから、あんたは……ここで人助けしてみればどう? 人生、たのしーぞー」
紅亜の胸がザワザワしてきた。
それ、やりたい、と思ったのだ。
「そうだよね。でもボランティアってわけにもいかないし、羅生門やる性格じゃないから……」
「なら、商売にしちゃいな。日本探索者協会の六千万円なんてあんなのボッタクリだし、もっともっと安く請け負えば食っていくくらいにはなれると思うよ」
それってなんだかおもしろそう、と紅亜は思った。
でも、こんなにコミュ障な自分に商売なんてできるわけない……。
その時、澄見歌が紅亜の手を握ってきた。
ビクッとして澄見歌の顔を見る。
紅亜の推しは、瞳をキラキラ輝かせて、
「それ、いい考え! 私も湯歌も協力するよ!」
と言った。
そっか、澄見歌ちゃんと湯歌ちゃんが力を貸してくれれば……。
勇気が湧いてくるのを感じた。
紅亜は澄見歌の手を控えめに握り返した。




