第24話 紅亜はひらめいた
シーコは、これは死後の夢だ、と思った。
本当はもう死んでいるんだ。
生きたいという願望が見せた幻。
次の瞬間には、きっと天国か地獄に行くのだろう。
天国に行けるのか地獄に落ちるのか、半々ってところ。
ところが。
実際の『次の瞬間』にシーコの目に映ったのは、力強く輝く大きな瞳だった。
「シーコさん!」
そいつが話しかけてくる。
右手と左足が燃えるように熱くて痛い。
「シーコさん! しっかりしてぇ!」
顔を近づけて叫んでくる女性。
すごく顔がいい。
ドキドキした。
痛い。
熱い。
なにこれ……。
ウチ、今どうなっちょるん……?
★
紅亜は精いっぱいの声を出してシーコに呼びかけた。
シーコはうつろな目で紅亜を見ている。
だけど、意識があるのかないのかはっきりしない。
シーコの右手首と左足からの出血は、床に大きな血だまりを作っていた。
紅亜は振り向いて湯歌に叫んだ。
「湯歌ちゃん! 早くさっきのを!」
「はい!」
ユニーの腹の下から這い出てきた湯歌が、ふらふらとした足つきで倒れているシーコのそばに膝をつく。
さっき見た、湯歌のスキル。
奇跡の外科手術
あれさえ発動できれば、シーコのケガもなんとかなるだろう、と紅亜は楽観していた。
だけど……。
湯歌は大ケガをしているシーコを前にして、両手をかざすのだが、そこからピクリとも動かなくなった。
「湯歌ちゃん、どうしたの?」
「ごめんなさい、まだ……」
澄見歌が厳しい表情で湯歌の顔を覗き込む。
「湯歌、あなたやっぱりまだ回復してないんだね」
「どういうこと?」
紅亜が聞くと澄見歌が答える。
「湯歌は一度スキルを発動すると魔力が回復するまで最低十分間かかる……。それも、高度な治療を行えば行うほど次の発動までの時間が伸びるの。魔力を消費した分だけ回復に時間がかかる。さっき、ユニーを治したから……。あれからどのくらいたったかな。五分か十分くらい? あとどのくらいでスキルの回復ができそう?」
そうだった、と紅亜は思った。
普通の人間は、ダンジョン内で魔法やスキルを使うにしても、その回数や間隔に限度がある。
ミエスタのように空間に漂う魔力を皮膚から吸収できる特殊能力でもない限り、なんらかの制限を受けるのだ。
湯歌は眉間にしわを寄せて答える。
「……多分、この感じだとあと十分くらい……」
そんな会話をしているうちにもシーコの呼吸が浅くなっていく。
「湯歌ちゃん、なんとかならないの!?」
紅亜の言葉に、湯歌は首を振る。
「ごめんなさい……こればかりは……」
ユニーを助けたのがいけなかったのだろうか、と紅亜は一瞬思ったけど、でももしユニーを助けなかったらこんなに早くこの現場に到着できなかった。
その場合、間違いなくシーコは殺されていただろう。
「大変! 心臓が……止まっちゃう!」
澄見歌がシーコに心臓マッサージを始めた。
「1、2、3、4、5……」
心臓を押されるたびにシーコの傷口から血液が滲み出る。
「これじゃ……でもどうしたらいいのッ!」
澄見歌は半泣きになっている。
「でも心臓止めるわけにはいかないもん! たぶん!」
そう言って澄見歌は心臓マッサージを続ける。
紅亜は救急救命訓練なんて受けたことがないし、やり方もわからない。
どうしたらいいかわからなくて立ち尽くすしかない。
マウストゥーマウスでもすればいいのだろうか?
でも、最近の研究じゃそれは必須じゃないとかなにかで見たことがある。
なんにしても紅亜は素人すぎてなにもわからないのだ。
湯歌は大きく深呼吸している。
魔力の回復を早めようとしているのだろう。
「…………」
シーコはもはや意識がない。
澄見歌の心臓マッサージでかろうじて命をつなぎとめている状態だった。
〈ああああああ〉
〈もうダメか〉
〈ダメなのか!?〉
〈【悲報】スーパーボランティア、逝く〉
〈ふざけている場合かカス〉
〈イモスミちゃん、深呼吸だ深呼吸!〉
〈空気中の魔力を深く吸うんだ〉
〈魔力は腐ると瘴気になる、それは吸っちゃダメだ〉
〈んなこと言っても絶対混じるもんだぞ〉
〈瘴気は逆に人間の魔力を弱めるけど、これはしょうがない〉
そういえば、と紅亜は思った。
S級ダンジョンであるこの新宿ダンジョンは、SSS級ダンジョンである小梅の部屋に比べれば瘴気が薄い。
それは空気中の魔力自体が薄いからで、小梅の部屋などは毎日掃除しないとすぐに瘴気の汚れだらけになるのだった。
だから小梅はあんなに掃除しろ掃除しろと言っていたのだ。
『掃除をさぼると瘴気を吸い込んでしもうて体に瘴気をため込んでしまうんや。そうするとセキやクシャミやタンがでるやで』
小梅の言葉を思い出す。
――空気中の魔力はそのままに、瘴気だけを除去できれば……。
でも、ルセッシュだと魔力ごと瘴気を浄化してしまう。
だからこそ魔力を吸収できるミエスタを完封できたのだが。
じゃあ、どうすれば!?
空気、魔力、瘴気……。
そして紅亜はひらめいた。
瘴気を吸い込むと瘴気が体内に溜まる。
魔力に関して言えば、正直今までの戦闘で紅亜はほとんど魔力を使っていない。
紅亜が強すぎ、相手が弱すぎた。
紅亜の魔力は満タンに近いだろう。
ってことは、紅亜はこれ以上魔力を空気から吸収することはないってこと。
だとすれば、呼気に関して言えば……。
紅亜という人体フィルターを通して瘴気を濾しているんだから、それは純粋な魔力にあふれた空気なのでは?
「湯歌ちゃん!」
紅亜は大きく叫び、シーコの前で膝立ちになっている湯歌の前に回ると、
「私の息、吸って!」
そう言って肺が破裂するかと思うほど大きく大きく息を吸ってから、湯歌の顎をクイッともって自分のほうへ向け、自分の唇を湯歌の唇に重ね合わせた。
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