第21話 強敵でした
湯歌はカフェから全速力で走ってきたようだった。
紅亜たちが出入り口のドアにたどりつくと、すでにそこにいたのだ。
そして、スライムと戦っていた。
いや、戦っていたとは到底言えない。
ダンジョン最弱のモンスター、スライムから一方的に襲われていた。
一応、湯歌はナイフらしき物を持って応戦しようとしたようだが、今はもう身体の半分がスライムの粘液に飲み込まれている。
そのまま1時間も経てば消化されるだろう。
「てい!」
もちろん、そんなことはさせない。
紅亜がホウキでぶっ叩くとスライムは飛び散って消滅した。
「はあ、はあ、……紅亜さん、ありがとう……強敵でした」
湯歌が肩で息をしながらそう言った。
スライムはど素人でも倒せるくらいの最弱モンスターである。
「………………まあいいよ…………」
シーコの命が危ないのだ、あまりどうこう言っている時間はない。
ただ、澄見歌が言っていた通り、湯歌は本当に戦闘能力を持っていないことが分かった。
この湯歌を守りながら地下五階を目指す?
徒歩で地下五階まで、どのくらいかかるだろう?
それでも、紅亜と澄見歌だけなら一時間もあれば到着するかもしれない。
だけど戦闘力皆無、おそらく体力も低い湯歌を連れて行くとなると……。
二倍か三倍はかかるかもしれない。
シーコは瀕死だ。
間に合うだろうか?
しかし、他に手段がない。
紅亜はスマホでマップを見ながら言った。
「地下五階、南西エリア! 全速力で行こう! 私が先頭を行くよ! 澄見歌ちゃんは湯歌ちゃんを守りながらついてきて! 後ろからモンスターが来たらすぐに教えて!」
その時。
研ぎ澄まされた紅亜の耳に、何かが聞こえてきた。
カッ、カッ、カッ、カッ。
聞いたことのある蹄鉄の音。
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
どこか弱々しさを感じる蹄の音だった。
でも、紅亜はそれがなんなのかをすぐに理解した。
「ユニーーーーッ! こっち!!」
紅亜は叫ぶ。
カカッ、カカッ、カカッ。
蹄の音が早くなり、こちらへ近づいてくる。
その手があったか、と紅亜は思った。
おそらく、紅亜たちが合流しようとしていたその間に、シーコはどうにかしてユニーをこっちに向かわせてくれたのだ。
現れた真っ白な馬体のミニユニコーン。
だけど。
その姿はあまりに痛々しかった。
身体のあちこちに糸で攻撃されたのだろう、深い傷口ができている。
特に胴体のところの傷などは数センチの深さがあり、真っ赤な血が流れ出ている。
片耳も半分以上ちぎれていて、かろうじて皮でつながっている状態だ。
よほど無理をしてクモのモンスターの糸の中を駆けてきたのだろう。
ユニーは紅亜たちのそばまで来ると、そのまま力尽きたように膝を折って地面に崩れ落ちる。
全身からドクドクと血が流れ出て、地面を赤く濡らした。
「ひどい……」
澄見歌が言う。
でも、この召喚獣は自分のマスターを救うために、ここまでやってきたのだ。
紅亜たちをマスターのところまで案内するために。
しかし、この状態ではどうしようもない。
「よく来てくれたね、ユニー。でも、もう私たちに任せて。今から行くから! ここで休んでいて」
と、そこに澄見歌が言った。
「この子に私たちを運んでもらおう」
それを聞いて、紅亜は眉をひそめる。
「へ? 澄見歌ちゃん、何を言っているの? こんなひどいケガをしているんだよ!? もうこのままでももしかしたら……命を失うかもしれない大ケガだよ?」
「でも、湯歌がいるんだよ」
澄見歌の言葉に湯歌はうなずくと、ユニーのところまで歩み出てその頭を撫でた。
「シーコさんを助けるためなら、もうひと頑張り、できる?」
ユニーは力なく頷く。
湯歌は目を閉じる。
そして、すぅーっと大きく息を吸いこみ、そのまま数秒間止まる。
「湯歌ちゃん……?」
澄見歌は真剣な表情で、
「紅亜ちゃん、湯歌に任せて。言ったでしょ、湯歌のスキル……」
そして、湯歌は叫んだ。
「奇跡の外科手術!!」
瞬間、辺りの空気が青く変化したように感じた。
その空気は湯歌とユニーを包み込む。
湯歌の瞳も青く輝く。
清浄なオーラが湯歌から放出される。
「なにこれ……」
「これが湯歌のスキルなんだよ。湯歌に任せて」
湯歌が叫んだ。
「サウザンドアーム!」
するといっそう大きなオーラが湯歌を包み込み――。
そして、湯歌の手が増えた。
まるで千手観音のように。
もちろん、実際の腕が増えたわけではない。
オーラでできた腕である。
その手の一つ一つには、さまざまな手術道具――メス、鉗子、針、糸、さらには輸血用のバッグ、それに各種薬剤が握られている。
「ユニーちゃん、――今、治してあげる!」
そして、残像が残るほどのスピードで湯歌の手が動き始めた。
ユニーの身体に刻まれた深い裂傷はあっというまに縫われていく。
さらには縫った瞬間に皮膚はくっつき、筋肉は再生し、ものの数秒で傷口がふさがっていく。
ちぎれかけていた耳もとんでもないスピードで縫合される。
ユニーの全身を治療するのに、ものの一分もかからなかった。
治療を終えた後、湯歌を覆っていたオーラが消えていく。
「…………ふう…………」
力尽きたのか、湯歌はそのまま床に倒れた。
「ふぅぅぅ……疲れた~~」
その代わり、ユニーの身体にあった裂傷はすべて治っていた。
ユニーは、
「ヒヒン」
と短く鳴いてすぐに湯歌の顔に自分の顔を近づけてなめ始める。
紅亜は心から驚いていた。
「すごい……あの手の動き……小梅ちゃんが草刈りするのと同じくらいの速さじゃん……」
「でしょ? でも湯歌が次にこのスキルを使えるのは最低十分間のインターバル後だからね。できれば一時間は休ませてあげたいところだけど……あとは私がユニーに治癒魔法をかけてあげれば……。ヒーリング!!」
澄見歌の手から優しいピンク色の光が放出され、ユニーを包み込んだ。
「ヒヒーン!」
ユニーは嬉しそうな声をあげて、その場で元気に飛び跳ね始める。
躍動的なその動きは、ユニーの完全回復を示していた。
すごい、湯歌ちゃんのスキルは本物だ、と紅亜は感心した。
「……ユニー、私たちをシーコさんのところまで運んでくれる!?」
紅亜が言うと、「ヒヒン!」とユニーはその場で乗りやすいように膝を折り畳んで体勢を低くしてくれた。
その背に跨る澄見歌。
「ほら、湯歌も! あんたにもヒーリングかけてあげるから! ヒーリング!」
「うう~……ありがと、でもまだつらい……でも頑張る……」
湯歌もユニーの背によじ登る。
ユニーはミニユニコーンである。
小柄な女性二人ならともかく、三人は乗れそうにない。
澄見歌は困ったように、
「どうしよう?」
「大丈夫! 私なら走れる! ダンジョンの中なら不思議と力が出るんだ!」
紅亜はホウキとチリトリ、それにバケツを持ってそう答えた。
★
その頃。
シーコはだんだんと自分の気が遠くなっていくのを感じていた。
切り落とされた左足と右手首からの出血がひどい。
残った左手で、なんとかムチを振るってアカリを近づけないようにしているが、こんな状態であとどのくらいもつか……。
十分か、十五分か?
それだけ持てばいい方だろう。
――ユニー、頼むぞ……。ホウキ女を連れてきてくれ!
シーコは最後の力を振り絞って、ムチを振るった。




